花火大会狂騒曲
水鏡さんと一緒にヒバナについていき湖のそばに向かう。
「助かりました。ヒバナさん、ありがとうございます」
「いいよいいよ、あのくらい。雪姫ちゃん、大人気だったね!」
「今まであまりああいうことがなかったので驚きました……というかヒバナさん、今日はユニーク装備なんですね」
ヒバナの服装は以前見たユニーク装備だ。相変わらずよく似合っている。
「実は昨日所有者指定加工が終わって、効果も教えてもらって……今日の休憩時間にちょこちょこ試してたんだよね。あとで雪姫ちゃんにもどんなことができるか見せるよ。楽しいから期待してて!」
「楽しい……ですか?」
どんな効果なんだろう。
気になるな。
湖の近くにたどり着く。
「じゃーん! これが打ち上げ装置! これに花火を入れて打ち上げるの!」
ヒバナに案内された先には花火を打ち上げるためのものだろう、見慣れないマジックアイテムがあった。
でっか! これ持ち歩けるサイズじゃないだろ!
「大きいですね……どうやって持ってきたんですか?」
「えっと、それはね――」
「――収納系のマジックアイテムを使って部品を持ち込み、ダンジョン内で組み立てたのです」
「あ、辻さん!」
ヒバナが辻さん、と呼んだのは三十代くらいの若い男性だった。
なんとなくエリートサラリーマンっぽい雰囲気の人だ。
「ヒバナさん、この人は……」
「エルテックの社員さん! 今日は打ち上げ装置の操作とか、警備とかの指揮をしてくれるんだって!」
「エルテック資材調達部の辻と申します。ダンジョン配信者の雪姫様と、Sランク探索者の榊水鏡様ですね。本日はよろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします!」
「ご丁寧にありがとうございます。榊です、よろしくお願いいたします」
エルテックの人か。
資材調達部ってことは、実際にダンジョンに入って素材アイテムを集めてくる部署の人なんだろう。確かに強そうな雰囲気がある。
辻さんはこんなことを言った。
「雪姫様には一度お会いしてお礼を言いたいと思っておりました。前回のガーディアンボス戦の配信……あのおかげで今回のイベントに大変な注目を集めることができましたから。本当にありがとうございます」
「い、いえいえ。私は普通に配信をしてただけですからっ」
あんまり丁寧に接されても緊張する。
水鏡さんが手を挙げて辻さんに尋ねた。
「警備の指揮を執っていらっしゃるとのことですが……警備体制がどのようなものかうかがっても構いませんか?」
辻さんは頷いた。
「エルテックの資材調達部――ダンジョンから素材を集めてくる探索者のチームだとお考え下さい――三十名で湖の周辺を囲っております。全員ランクC以上、私をはじめAランクの者もおります。また、モンスターを遠ざけるマジックアイテムも設置しております」
湖の周りを眺めてみる。
確かにエルテックの社員らしい人が等間隔に並んで立っている。
その近くには三角コーンくらいの光る塊がある。あれがモンスターを遠ざけるマジックアイテムなんだろう。
確かにこの近くにはモンスターがまったくいないな。
水鏡さんは重ねて尋ねる。
「湖の中はどう対処しますか?」
協会の資料によれば、この湖の底には厄介なモンスターが潜んでいる。水鏡さんはそのモンスターに花火大会を荒らされることを警戒しているのだ。
「《《あれ》》は湖の中で眠っているところを、先制攻撃しない限りは目覚めません。あえて先に倒す方法もありますが……今回は手を出さないことにしました」
「理由をうかがっても?」
「先に倒した場合、あのモンスターが再出現してから再び眠りに着くまでのわずかな間に、花火大会の参加者に気付いて襲ってくる可能性がありますから。もちろん、いざとなればその場で倒すことも可能です」
「なるほど。承知しました。ぶしつけな質問をしてしまい申し訳ありません」
まあ、エルテックの探索者がこれだけにらみを利かせている状態なら、誰かが湖にダイブ→モンスターを攻撃して起こすなんてこともないだろう。
……と。
遠くからこっちに向かってドローンが飛んできた。
「配信用ドローン……? ヒバナさんのですか?」
「ううん、エルテックのだよ」
「エルテックの?」
「今日の様子を配信するんだって! 花火型マジックアイテムの宣伝になるからって」
「ああ、そういうことですか」
スマホで確認すると、Мチューブの人気急上昇ランキングに“エルテック”公式チャンネルの配信が表示されていた。
世界初のダンジョン内花火大会。
その宣伝のためには配信するのがいいということなんだろう。
そもそもダンジョン適性がない人が花火大会を楽しもうと思ったら、配信を見るしかない。需要が相当あるようで、視聴者の人数はなんとすでに五十万人近かった。
花火が始まる頃にはもっと増えるだろうな。
ドローンが虚空に表示するコメント欄を眺めると……
〔雪姫ちゃんですか?〕
〔ばちなゃんと一緒だ!〕
〔こんにちは~!〕
「こんにちは、ダンジョン配信者の雪姫です。今日は一緒に楽しみましょうね」
〔はーい!〕
〔ばなちゃんと仲いいんだな~ほっこりする〕
なんてまともなコメント欄!
一般的な配信者のコメント欄ってこういう感じなんだろうな。
ああ、癒されるな……
〔Twisterで雪姫ちゃんがばなちゃんにもらわれたって見たけど、入籍したんですか?〕
〔雪姫ちゃんとばなちゃんの結婚SS、めっちゃよかったです!【URL】〕
〔従魔の卵には二人から一文字ずつ取って“ゆきな”という名前をつけるのはどうでしょう?〕
「……」
見てない。俺はすでにうちの視聴者に侵略されかけているコメント欄なんて見てない。
「ちなみにですが、今回は配信のコメント欄を用いた試みもあります」
「試み?」
「空中に映像を映し出す“転写用ドローン”を用い、配信画面のコメント欄を大きく空に出現させようというものです。これにより配信に参加した方と現地の方がコミュニケーションを取ることができ、より一体感を持って楽しめる――というアイデアです」
「……なるほ、ど?」
要するに空中を巨大スクリーンにして、配信のコメントを現地の人間全員が見えるくらいの大きさで映すということらしい。
これはダンジョン適性のない人が、より臨場感をもって楽しむための工夫だろう。
色々考えるなあ。
「コメント欄の転写は開会式から行う予定です。配信用ドローンに雪姫様が映れば、きっとコメント欄も盛り上がるでしょう。その際は、話しかけるなどしていただけると助かります」
「わかりました。私なんかでよければ」
配信用ドローンが飛び去ったあと、ヒバナはエルテックの社員と本番のための打ち合わせを始める。
俺はまた視聴者に囲まれても困るので、その場にいさせてもらうことに。
「打ち上げの前の挨拶なんですけど、タイミングが――」
「それではこちらの合図で――」
ヒバナはぎりぎりまで辻さんたちと打ち合わせをしていた。
それだけ本気ってことだろう。
「……うまくいってほしいですね」
「そうですね」
水鏡さんと呟き合う。まあ俺たちは見守ることしかできないんだが。
▽
『グルル……ガァアアアアアアアアアアア!』
ボルカザウルス。
ダッシュイーターなどには劣るが、横浜中華街ダンジョンに出現する中で屈指の能力値を持つ大型恐竜モンスターだ。中央火山にしか出現せず、鱗は灼熱の炎を発する。
しかしその強者は次の瞬間――ドバッッ! と大砲でも受けたように爆散した。
『――――!?』
「……」
倒したのはナイトバナードの青年だ。
ボルカザウルスは彼の構えたライフル型マジックアイテムによって放たれた弾丸を受けた途端、その威力に耐えきれずに消し飛んだのだ。
彼がいるのは横浜中華街ダンジョンの中央火山、その頂上付近。
邪魔なモンスターを排除した彼はふとスマホに着信があることに気付いた。
『もしもし、ジョーかい? すまない、表の仕事が長引いてなかなか連絡できなかった』
「ボスか」
『報告メール、読ませてもらった。なんだかややこしいことになっているようだね。詳しい経緯を聞いても構わないかい?』
「承知した」
青年――ナイトバナードの狙撃手、ジョー・バーニアはボスに詳細な報告をした。
内容は主に吹場座虎也の計画について。
「――ということだ」
『なるほどねぇ……青いというかなんというか……一応言っておくけど、今回のことは座虎也氏の暴走だ。スイバ組の利益になることじゃない。ジョー、君が日本にいるのは何のためかな?』
「吹場組に恩を売り、関係を強固にするため」
『そう、決して座虎也氏のためじゃない。飛宗氏が『座虎也に従え』と言った以上、僕の指示の範疇だけどね。確か君の貸し出し期限は今日までだったろう。もう切り上げても構わないよ』
「……」
ボスに言われてジョーは「いいや」と否定する。
「俺はこの仕事に魅力を感じている」
『なぜ? 座虎也氏の計画は穴だらけで、後先考えない愚策でしかないと思うけど』
「それでも叶えたい願望がある、ということだろう。それは人間らしさだ」
『あー……』
察したようにボスは唸った。
『君がナイトバナードに入った理由と同じというわけかい。我の強い人間に接することで、人間の欲を学びたいと。天才たる君に唯一欠けているものを』
ギフテッド、というものがある。
一般からかけ離れたスペックの脳を持つ者。
ジョーはその一人だ。
ジョーの脳は数字にかかわる分野において天才的に働く。彼にとっては経済学の専門書の内容も、すべて小学生の扱う文房具レベルでしかない。
計算ができる。
それをもとに市場の動きを未来予知レベルで予測することもできる。
その気になれば一年以内に一ドルを一億ドルに増やすことすら可能だ。
狙撃も同じ。
諸条件を完璧に計算すれば弾は外れない。
だが、ジョーにはそれらの能力の使い道が思いつかない。
「俺には人の感情がわからない。叶えたい欲望もない。吹場座虎也の計画がうまくいくのを間近で見れば、何か掴めるかもしれない」
そう言うジョーの言葉には、ほんの少しの期待が滲んでいた。
『そういう理由なら帰ってこいとは言えないね。わかった、健闘を祈るよ』
ボスとの連絡はそれで終わった。
ジョーは空を見上げる。
「……そろそろか」
ダンジョンに夜が訪れようとしていた。
▽
やがてその時間はやってきた。
ダンジョンの中の時間は基本的に外と同期している。
夕方を過ぎた頃、ダンジョンの空は薄暗い闇に覆われ始める。
ヒバナが拡声効果のあるマジックアイテムを手に、湖周辺に集まった探索者たちに挨拶を始めた。
『みなさん、お集まりいただきありがとうございます! ダンジョン配信者のヒバナです!』
いつものように元気のいいヒバナの声が響いていく。
〔はじまった――!〕
〔こん……こん……!?〕
〔こん爆破キャンセルだと!?〕
〔まあまあ、後でたくさんこん爆破(打ち上げ式)できるから〕
巨大なコメント欄が虚空に浮かび上がる。
辻さんが言っていた、転写用ドローンによるコメントの映し出しだ。
虚空のスクリーンに流れるコメントは、どれも花火大会が始まるのを心待ちにしているようだ。
『もともとこの花火大会は、あたしの個人的な事情で思いつきました。でも、あたしの力だけじゃ全然だめで……エルテックの方々や、お父さんや、お母さんや――同じ配信者で友達の、雪姫ちゃんにもたくさん助けてもらいました。っていうか、あたしがやったことのほうが少ないかも……あはは、ちょっとかっこ悪いですね。だから、協力してくれた人たち全員に感謝してます』
ヒバナの言葉は続く。
端々から感じられる熱が、今日のためにどれだけヒバナが頑張ってきたかを物語っている。
『あたしのおじいさんは花火職人でした。でも、病気でやめてしまいました。代わりにあたしが、おじいさんみたいに花火で人をたくさん楽しませたいと思ったんです。ここに来た人も、配信を見ている人も、楽しんでくれたら嬉しいです!』
マイク状の拡声マジックアイテムを持ったままヒバナはいよいよ宣言する。
『というわけで、お待たせいたしました! それでは横浜中華街ダンジョン花火大会を――』
ドパッッ!
湖のほうから音が聞こえた。
強烈な水しぶきを上げて何かが湖の中に飛び込んだのだ。
そして――湖の中で場違いなほど強い光が生まれる。
『な、何? 湖が光った……!?』
ヒバナが戸惑ったような声を出す。
湖の中心からさざ波が広がり、それは徐々に大きくなっていく。
「………………この波は」
水鏡さんは表情を険しくして湖を見る。
そして。
『――――――ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
湖の中央から水しぶきが上がり、巨大な影が飛び出した。
「馬鹿な、渦亀だと!? 私の部下は何をしていた!?」
ヒバナのそばで待機していた辻さんが舌打ちをする。
〔え?〕
〔放送事故?〕
〔おいおいおいおいおいおい何で今だよ!?〕
〔誰だこんな時にあの亀起こした馬鹿野郎は!?〕
転写用ドローンが動揺したようなコメントを映し出す。
湖から現れたのは巨大な亀のモンスターだ。
体高、体長ともに十メートルを軽く超す。
ボルテクスアーケロン。
その強さは他の通常モンスターと一線を画している。
ダッシュイーター、タワーサウルスと並んでこのダンジョンにおける“三大要注意モンスター”の一体に数えられ、普通このダンジョンの攻略適正レベルの探索者が戦いを挑むことはない。
だがおかしい。
あのモンスターは湖の底で眠ってるはずだ。
起こさない限りは起きない。
起きない限り襲ってこない。
……まあ、襲ってきた場合はとんでもない被害が出るらしいが……そもそも湖の水深は三十メートル近くもあるらしいのだ。偶然目覚めるなんてことがあるわけがない。
「直前に響いた水音が気になります。何かが湖の中に飛び込むような……いや、撃ち込まれるような」
水鏡さんが呟くように言う。
「音は私も聞きましたけど……じゃあ誰が何を!?」
「わかりません。誰かがうっかり石ころを蹴落としたくらいではあのモンスターは起きませんし」
「誰かが狙って何かをしたってことですか?」
「何とも言えませんが……」
水鏡さんは「【コンバート】」と唱えた。服装がメイド服からくのいちの装束に変わる。いざとなればあの亀を倒すためだろう。
『ァアアアアアアアアアアアア……!』
渦亀は呻くような声を発し、湖の中央で頭をしきりに振っている。
……何だ? 様子がおかしいな。
「一班は避難誘導! 二班は私に続け! どれだけ今日のイベントのために準備をしてきたことか……! 早急に倒すぞ!」
無線で仲間たちに指示を出し、自らも剣を構えて湖に向かう辻さん。
指示が速い。この状況も想定済みということだろう。
まあAランクと言っていたし大丈夫か。
トラブルではあるが、まだ花火大会が始まる前でよかったのかもしれない。
「攻撃――がっ!?」
辻さんの頭が吹き飛んだ。
……は?
「づっ……!?」
遅れてすさまじい衝撃波が周囲に吹き荒れる。地面が抉れ、近くにいた探索者はよろめき後退する。
異常なまでの威力。
辻さんは魔力体に致命的なダメージを負い、魔力ガスとなって霧散した。
ズドッ! バシュッッ!
「ぐぁっ!?」
「うわああ!?」
エルテックの他の探索者たちも次々と倒れ、魔力ガスとなって消えていく。
渦亀はまだ湖の中央から動いていない。
別の敵がいる?
だが、どこから攻撃が来ているのかがわからない。
というか何だよこの威力! Aランクの辻さんが一撃でやられたぞ!?
「な、何これ……何が起こってるの……!?」
ヒバナが混乱したままその場に立ち尽くす。
「……まずいですね」
水鏡さんの姿が掻き消える。
ヒュガッ!
「わわっ!?」
「大丈夫ですか、ヒバナ様」
「は、はい! ありがとうございます、水鏡さん……!」
ヒバナに飛んできた何らかの攻撃を、割り込んだ水鏡さんが小太刀で切り捨てた。
地面に転がったのは二つに割れた銃弾。
それは魔力体と同じく魔力ガスとなって消えた。
マジックアイテムの銃弾のようだ。
「……狙撃ですか」
水鏡さんはそう言い、銃弾が飛んできたほう――中央火山がある方向をにらんだ。




