赤羽家にお泊まり
「雪姫ちゃん、いらっしゃい!」
「は、はい。今日はお世話になります、日花さん。それに日花さんのお父さん、お母さん」
「とんでもない。来てもらえて嬉しいよ」
「急に誘ってしまってごめんなさいね。ええと、そちらの方は」
「榊水鏡といいます。雪姫様の送迎をさせていただいています」
ヒバナ――現実では日花だが、わかりにくいのでヒバナと呼ぶことにする――の両親に挨拶する。水鏡さんは最低限のやり取りを済ませると、俺に視線を向けた。
「では、私はこれで。雪姫様、楽しんでくださいね」
「はい。……ありがとうございます」
水鏡さんは赤羽家の人たちに会釈をすると、そのまま去っていった。
須々木崎邸に戻ったのではなく、一時的にこの場から離れただけだ。今日一日、水鏡さんは俺たちのいる場所の近くで護衛についてくれることになっている。
「えへへー。上がって上がって」
「お邪魔します」
「今日ずっと楽しみだったんだ~。雪姫ちゃんが泊まりにきてくれるんだもん」
「あ、あはは……」
ガーディアンボス戦の配信をした翌日、俺はヒバナの家に泊まりに来ていた。
ヒバナは楽しそうだが、俺はかなりプレッシャーを感じている。
長時間俺のTSを知らない人と一緒にいるのは、これが初めてだ。何かの拍子にバレれば大変なことになる。しかし俺にはやらねばならないことがある……!
俺はこの状況になった経緯を思い出していた。
▽
さかのぼること半日前。
ガーディアンボスを倒した日の夜、俺は須々木崎邸のリビングにいた。
「月音、そろそろ膝から下りてもいいか?」
「いいけど下りたら今度は茜さんを膝に乗せるよ! いいの!?」
「茜、交代だってさ」
「そんなことをしたら月音君が人間の言葉を失ってしまうよ。いいから雪姫君は大人しくそこにいたまえ」
人間の言葉を失うって何? 俺がいない間に二人の間に一体何があったんだ。
「月音君は屋敷に軟禁されているようなものだからね。ストレスも溜まるだろう。受け入れてあげたほうがいいと思うよ」
「……一理ある」
俺を抱きしめることでストレス発散になるなら、大人しくしておいたほうがいいのかもしれない。
「茜さんありがとー! でっへへへこれでワールドクラスの銀髪美少女の首筋をまだ味わえるぅ~!」
「ひどい照れ隠しだね、本当に……」
ところで最近、茜が月音に甘い気がするんだよなあ。この二人、意外と気が合うんだろうか。
……と。
「雪姫様、着信が」
茜のそばに控えている水鏡さんがそんなことを言う。確かにテーブルに置いた俺のスマホが振動している。電話か? 月音に解放してもらい、スマホを取る。
ヒバナからの電話だ。
ちなみにヒバナとはメッセージアプリの連絡先は交換せず、端末の電話番号だけ教えている。何せメッセージアプリの登録名は“白川雪人”のままだからな。基本はTwisterのDМで事足りるし。
みんなに着信画面を見せてから通話に出る。
「もしもし、雪姫です」
『あ、雪姫ちゃん! ヒバナだけど、今ちょっといいかな?』
「はい、いいですよ」
『あのさ、急にこんなこと言うのもなんだけど……明日、うちに泊まりに来ない?』
「え? 泊まり、ですか?」
『うん。雪姫ちゃんに色々お話したいことがあって……でも、あたし、あんまり外で長話とかはちょっと難しくて』
外で長居をしたくない、というのは例のスカイフォックスのことを気にしているんだろう。今更だが、ヒバナのお父さんは事情を俺に明かしたってヒバナに伝えたんだろうか?
『せっかく遊びに来てもらうなら、泊まってもらったらどうかってお父さんとお母さんが言ってて……もし雪姫ちゃんが迷惑じゃなければなんだけど』
「ええと、ちょっと家族と相談してもいいですか?」
『もちろんだよ! 返事は明日の朝とかでいいから!』
「わかりました」
電話が終わる。
「それで、どんな用件だったんだい?」
「えっとだな――」
俺はみんなにヒバナに泊まりがけで遊びに誘われたことを伝えた。
「ばなちゃん、そんなにお兄ちゃんのことを……!? お泊まりなんて好感度が相当高くないと発生しないイベントだよ!? お兄ちゃん、このままだと大変なことになるよ!」
月音が焦った様子で言ってくる。
「大変なことって?」
「私が毎日お兄ちゃんと一緒にお風呂に入らないといけなくなる!」
「一旦会話のステップを戻してくれ月音。俺はついていけてない」
「妹は私なんだよ! 私が一番お兄ちゃんのことを知り尽くしてないといけないのに!」
聞き直しても理解できなかった。こいつの中で余の中の兄妹はお互いの体を知り尽くしていてしかるべきなんだろうか。
「というか一緒に風呂に入ったら恥ずかしいのはそっちだろ。俺の体は仮のものだけど、そっちは自前なんだから。見られる恥ずかしさは月音のほうが上なんじゃないか?」
「?」
「おい待て、なんで不思議そうな顔をする」
「女の子同士なんだから一緒にお風呂に入るのは普通だよ?」
「俺を本物の女の子のように扱うのはやめろ! その悪ふざけは本当に洒落になってないんだからな!?」
そのうち月音は俺の本当の名前を忘れてしまうんじゃないか。微妙にあり得そうで怖い。
「まあ漫才はそのくらいにして、ヒバナ君の家に泊まりに行くかどうかという話だったね。私は賛成させてもらう」
茜がそんなことを言った。
「茜は賛成なのか? てっきり『TSのことがバレるとまずいからやめておきたまえ』とか言うと思ってたぞ」
「そのリスクは日頃の雪姫君を見ていてどんどん私の中で低くなっている。おそらく一日泊まったくらいでバレることはないだろう」
「茜、具体的にどのあたりを見てそう思ったのか教えてくれ。全部直すから」
「思った以上にヒバナ君は戦力として優秀だ。人格的にも問題はなさそうに見える。雪姫君が固定パーティを組むうえでかなり好条件な人物だが、行動に不可解な点がある。裏がないか探りたい」
「いや、話を続ける前に一旦俺の質問に答えてくれ茜。一体どのあたりが――」
「よーしよしお兄ちゃん、後でね。後で聞いてあげるからね」
俺を膝に抱えた月音がなだめるように頭を撫でてきた。俺は聞き分けのない子どもか。
……まあいい。俺のどのあたりが本当は男だとバレなさそうなのかは後でじっくり聞くとして、今はヒバナに関する話を進めよう。
「行動に不可解な点?」
「花火大会の素材を自分ひとりで集めようとしていた理由だよ。エルテックという大企業がバックについているのなら、素材くらい簡単に集まるだろう。たまたま雪姫君が豪運で何とかしたが、<灼火水晶>や<白銀魔鉱>はヒバナ君一人ではまだ手に入っていなかったはずだ。仮に花火を作るのにそれらが必要だとしたら、下手をすればヒバナ君のワガママで花火大会そのものが企画倒れになっていた可能性だってある」
「……確かに」
月音が手を挙げる。
「期限を決めておいて、ばなちゃんが集めきれなかったらエルテックが企業パワーで何とかする予定だったんじゃないの?」
「それなら最初からエルテック所属の探索者に集めさせておけばよかった、という話さ」
ふーむ。
「それがどんな“裏”につながるんだ?」
「ヒバナ君が何者かに操られ、雪姫君と組むよう仕向けられている可能性」
「――」
「長期的に同じダンジョンで活動すれば、境遇が近い君たちはいずれ接点を持っただろう。雪姫君がヒバナ君を信頼したところで、何か起こるかもしれない。たとえばヒバナ君と遠方のダンジョンに向かった際、水鏡の護衛の隙間を縫って何者かが襲って来たりといった危険が――」
「……あると思ってるのか?」
「いや、あまり思ってないね」
俺はずっこけそうになった。
この話なんだったんだよ。
「本当に疑っていたら泊まりに賛成なんてしないさ。ヒバナ君に雪姫君を陥れようとする意志はここまでまったく見えない。だが、引っかかるところがあるのは事実だ。今後のことも考えてヒバナ君の事情は知っておいたほうがいい。赤羽家周辺に水鏡を待機させておけば、最悪の場合にも対応できる」
「かしこまりました」
即答で頷く水鏡さん。
「……水鏡さん。泊まりってことだと、護衛の水鏡さんは徹夜ってことに」
「一日程度は問題ありません。ダンジョンではもっと長い間寝ずに行動したこともありますから」
「そ、そうですか」
本当に何てことなさそうだ。
Sランク探索者ってここまでできなきゃなれないんだろうか。
「もちろん雪姫君が嫌なら話はこれまでだ。雪姫君自身はどう思っている?」
そうだなあ……
「俺は……ヒバナに何か裏があるとは思えない。でも、話があるなら聞いておきたい。もしかしたら何かしんどいことがあるのかもしれないし……俺に話すことで楽になるならそれくらいはしたい」
電話をかけてきた時のヒバナは少しだけ不安そうだった。それが気にかかっている。
茜が呆れたように言った。
「どこまでお人よしなんだ、君は。すっかり情が移ってるじゃないか」
「ここにいるみんなに危険が及ぶならこんなことは言わないって。でもここまでヒバナと関わってきて、そのリスクは低そうだと思ったからな」
「……一応最低限の冷静さはある、と。まあ、そういうことなら行ってきていいんじゃないかな? 月音君はどう思う?」
茜が聞くと、月音は真剣な声色で行った。
「絶対にパジャマ姿でばなちゃんと一緒に写真撮ってきてね。後でTwisterに上げるから。十万ハートは固いと思う。これができないなら私は断固反対するよ」
どうしてこいつの緊張感は長続きしないんだろう。
「パジャマ姿で写真……まあそのくらいはいいか。シャツとジャージの短パンでいいか?」
「あ、お兄ちゃんのパジャマは私が選ぶから。ヒントは“茜さんの私物”」
「待て! 茜の私物なんてひらひらしたネグリジェ確定じゃないか! そんなものを着て写真を撮ったら、本当に俺はいいところのお嬢様だと思われるぞ!?」
ただでさえコメント欄で“王族”とか“姫殿下”とか呼ばれ始めているのだ。お淑やかなイメージなんかついたら、俺が目指している“かっこいい配信者”像からまた遠ざかってしまう!
「じゃあ断ったらいいじゃん。ばなちゃんの大事な話なんてどうでもいいって言えるならね!」
「お、お前……!」
その後俺はあの手この手で月音に考え直すよう頼んだが、残念ながら聞いてはもらえなかった。仕方なく月音が選んだ寝間着を持ち、俺はヒバナの家に泊まりに行くことが決まったのだった。




