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4(終)




「聖女サマ」

「ナンデモナイデス」

「デートだって浮かれてたのは俺だけってことですか、残念だなあ寂しいなあ」

「だってそんな男の人と出掛けたことなんてなかったし! だからこういうのもデートだって言うと思わなかったんですもん! でもあなたと一緒に出掛けられるんだなってのは嬉しかったし楽しみだったし実際楽しかったですよ!!」

「あーもうほんとすみませんこの状況で直球くらうのわりと我慢の限界」

「なにがですか!」

「ナンデモアリマセン」


 視線を反らしたままシークはセレスが淹れた茶に口を付ける。その姿を睨み付けつつ、ふと今のやり取りと反芻しかけた、が、セレスは即座に思考を遮断した。

 シークの耳の縁が赤い。と言うことは、彼が照れてしまう様な事を自分が口にしてしまったという事だろう。

 改めて自分が口走った中身を理解すると間違いなく羞恥で死ぬ。


「うん、なんですかほら、もう時間も遅いですし、寝ましょう」

「唐突な提案ですね。まあ同意しかないですけど」


 それじゃあ、とシークはティーカップの中身を全部飲み干すとソファから立ち上がる。


「明日も朝からバタバタしてますんで、聖女サマはゆっくり休んでいてください。天気にもよりますが、昼にはここを出られる様にしますんで」

「ええ……はい、わかりました」


 それじゃあ、とシークは部屋から出て行こうとする。その背を、セレスは思わず掴んでしまった。


「……聖女サマ?」

「あっ……と、その、あなたはどこで寝るんですか? もう一つの仮眠室?」

「いや、あそこはここの詰め所の人間が使うんで……俺は別にどこでも寝られますから」

「じゃあここで寝たらいいんじゃないですか!? ベッドもありますし!」

「ベッドは聖女サマが使うでしょう」

「わたしはソファで充分です。あなたの方が身体が大きいんだから、ベッドで」

「好きな女をソファで寝かせる趣味はないですよ」


 しれっと吐かれる甘い言葉に動揺するが、セレスは負けじと言い返す。


「じゃあ一緒に寝ましょうよ!」


 それがどんな意味を持つかまでは、考える余裕など無かったが。

 アンタなあ、という無言の突っ込みが聞こえそうな程にシークの目付きが不穏だ。言葉選びが不味かったかと思いはするが、セレスだって必死なのだからそこは勘弁して欲しい。


「襲われたいんですか?」

「護身術の練習になりますね!? あ、そういえば結果的に膝蹴りになっちゃいましたけど、ちゃんと教えてもらった通りにやったらわたしでもあの体格差でいけましたよ!」

「あー……ですね、そこに関しては、よくできました」


 セレスが男に両肩を掴まれた時にとった行動は、シークから指導された護身術の一つだ。本来は相手を引き倒して、その隙に逃げろというものであったが、運が良いのか悪いのか、引き下げた時に相手の鼻っ柱がセレスの膝頭にぶつかってしまった。


「あれはでも一歩間違えたら聖女サマの膝が割れる可能性もありましたからね? 次からはもっと脚を引いて、腰から落としてください」

「はい!」


 会話が逸れた。それに気付いたのは二人同時だが、シークが口を開くよりもセレスの方が早い。


「寝ながらでいいのでもっと解説お願いします」

「なんですか、添い寝でもして欲しいんですか?」

「ぶっちゃけるとそうです!!」


 ギョッとなったのはシークである。てっきり真っ赤になって反論してくるとばかり思っていたのにまさかの答え。そんなシークに構う余裕の無いセレスは、シークの背中の服を両手で握り締めたまま勢いに乗って話を続ける。


「あの、自分でも甘えすぎだという自覚はあるんですけど! さすがにあの後でちょっとまだこうなんていうか一人になるのが怖くて! なので、ええと、今晩一緒にいてもらえたらとても嬉しい、な……って、ですね……」


 じわじわと羞恥心がセレスを襲う。とてもじゃないが顔を見て頼むなどできず、掴んだままの背中に額を押し付けて俯いた。

 まさかそうやって懇願した相手が、自分と同じかそれ以上に顔中を赤く染め、しかし腹の奥底から沸き上がるドス黒い欲を抑えるべく猛烈に眉間に皺を寄せているなど思いもしない。しばらく沈黙が続いた後、シークは長い息を吐き出した。背中に押し付けられたセレスの頭を優しく撫で、ゆっくりと振り返って壊れ物でも扱う様に抱き締める。


「すみません、貴女を不安にさせました」

「ちゃんとばっちり助けてくれたので謝られることはないですよ?」

「駄目です。不安にさせた時点で俺の力が足りなかったって事です」


 そうしてシークはセレスの身体を軽々と抱き上げた。いつもならば、それこそ麦袋の様に肩に担ぐか脇に抱えるか、であるというのに、まるで花嫁でも相手にしているかの様に横抱きだ。これにはセレスが驚いた。ひえっ、と悲鳴を上げてついシークの首に両腕を回してしがみつくが、そうすると彼との距離があまりにも近くなって顔どころか首の下まで真っ赤になってしまう。


「ベッドには平気で誘うくせにこれくらいでそんなになるんですか?」

「ベッドは別に寝るだけじゃないですか!」

「あー……うん、はい、ソウデスネ」


 ベッドはあくまで寝るためだけのものだ。そこに他意は無い。

 以前にも襲われた時に女性を侮辱する言葉を受け、それに対しセレスは猛然と言い返していた。だからシークはセレスにそういった知識はあるものだと思っていた。しかしながら、このあまりにも無防備さに段々と心配になってくる。その辺りの事を確認したい衝動に一瞬駆られはするものの、その答えがどちらであっても少なくとも今晩は耐え忍ぶしかないのは変わらないので口を噤む。


「なんですか?」


 ベッドに横になった事で安心したのか、セレスはいそいそと端に寄るとシークが寝られるだけの場所を空ける。


「……お邪魔します」

「あなたも疲れてるんですから、一緒に寝て大丈夫ですからね?」

「これっぽっちも大丈夫じゃないですけどねー」

「あ、寝相でしょ? わたしこれでも寝相は大人しいんで心配しないでください」

「聖女サマはもう少し俺に心配してもいいですよ?」

「そこも大丈夫ですよ。少なくともあなたはわたしが嫌がるようなことはしないし。怒らせるようなことはしますけど!」

「はいはいですねそうですねこれ以上余計な事を言わない様にお互い寝ましょう!」


 眠気と、今更ながらに現状に狼狽えたセレスの隙だらけの発言をシークは強制的に切り上げる。これ以上聞くと自制が効かなくなるのは明白だ。

 寝付くまで、と腹を括ってセレスの身体をポンポンと叩いてやれば、まさかの嬉しそうな笑顔と共に、セレス自ら囲われる様に頭を胸元に擦り寄せてくる。

 ぎゃあ、と内心叫びを上げるが、シークの身体は欲望に抗えなかった様でセレスをそのまま抱き締めた。

 やがて穏やかな寝息が室内に満ち始めるが、欲望と睡眠が拮抗したままのシークはその寝息に加わる事は出来なかった。





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