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 結論から言えばあの宿は人身売買を行っているとんでもない所であった。




 宿泊客の中から見繕っては誘拐する。注文した料理に睡眠薬を混ぜて眠らせたり、セレスの時の様に部屋へ押し入って無理矢理連れ出したり。


「狙われるのは女性客がほとんどですが、稀に男性客も対象だった様です」


 この街の警邏隊の隊員からそう説明を受けつつ、セレスは用意してもらった食事に口を付ける。野菜と肉のたっぷり入った温かいスープが空腹に染みていく。閉店間際の近くの酒場兼食堂に頼み込んで用意してもらったらしく、申し訳なさにセレスは何度も礼を言った。


「男女二人組でも、相手が相当の金づ……いえ、その、身分が高そうだったり、見目麗しければ標的にされていました」


 捕獲が容易そうなら二人とも。男の方が屈強そうであれば、暴力が得意な人間達で囲んで殺害、残された女性はそのまま連れ去られてしまう。


「今回もそういった目的でいたんでしょう。どうやってお二人を引き離そうかと考えていた所に、セレス様が部屋にお一人だと知って急いで……」

「襲いに来たんです?」


 言葉を選んで話そうとする隊員に対し、セレスは自らはっきりと口にする。気まずそうな顔で頷くのを見ながらセレスは少し固めのパンを小さくちぎった。スープに軽く浸して食べると口の中にじゅわっと広がり美味しい。

 とてもじゃないが食事中にする話ではない。相手もそれを気遣ってくれ、明日改めて説明するともなりはしたが、セレスが頼み込んだのだ。シークはこの街の警邏隊の隊長やらと話をしておりこの場にはいない。いくら安全が確保された場所であれど、あんな事があった直後に一人は流石に心細い。それに事情も早く知りたかった。


「聖女様である、という事には気付いておらず、その……一緒にいた護衛らしき男が丁寧な態度でいたのでてっきり貴族の令嬢とか、とにかく身分のある相手だと思った様で」


 食事を頼みに来たのでこれ幸いとばかりに睡眠薬を混ぜ込んだ。そうして二人が寝静まった深夜に部屋へ押し入り、女は誘拐、男は殺害する予定を立てていたそうだ。


「でも、先に部屋へ来ましたよ?」

「ええと、それは」

「聖女サマ小さいから、麦袋に入れて連れ去ればバレないと思ったんでしょうよ」


 失礼な言葉と共にシークが姿を見せる。一瞬言い返しそうになったセレスであるが、あまりにもシークが疲れ切った顔をしているのでご温情で見逃す事にした。

 セレスの相手をしてくれていた隊員は軽く会釈をして場を後にする。入れ替わる様にシークはセレスの向かい側に腰を降ろすと、はあああと重い溜め息を吐きながら頭をソファの背もたれに乗せた。


「……お疲れ様でした?」

「ありがとうございます。おかげさまでまあ……一段落は着きました」

「食事は?」

「あー……ちょいちょいつまみはしたんで大丈夫です」


 シークはグッタリとしたまま動かない。これは相当お疲れかと、セレスはせめて茶の一杯くらい淹れてやろうと用意をする。


「聖女サマは? 腹は膨れました?」

「はい、すっごく美味しかったです」


 思いのほか声が弾んでしまった。からかわれるかと内心身構えたが、「そりゃよかったです」と予想外に優しい声が返ってくる。えええ、とセレスは淹れ終えたポットをテーブルに置きながらシークに気遣わしげに声を掛ける。


「かなりお疲れですね?」


 もう横になった方が良いのではなかろうか。セレスはベッドを使うようシークに声を掛けるが、軽く頭だけを起こした彼からなんとも言えない視線を向けられた。

 この隊舎には仮眠室が二つある。その内の一つをセレスが借りている状態だ。もう一部屋は宿直の隊員が使う様になっており、その部屋を使ってくださいと勧められはしたがシークはそれを断った。

 だから、ベッドで横になるにはこの部屋の物を使うしかないのだ。


「疲れてはいますけど大丈夫です」

「大丈夫です、ってそればっかりじゃないですか。全然そんな風には見えませんよ!」

「疲れてるっつーより、腹が立ってるんですよ」


 なぜ、と問いが口を出そうになるが、考えるまでも無く相手は犯罪組織。それも人身売買という非道極まる。

 あれ? とここにきてようやくセレスは気が付いた。


「前の時も……そうじゃなかったですっけ?」


 前の時、とはセレスが暴漢に襲われた二年前の出来事だ。あの時の主犯が目論んでいたのも、同じ人身売買であったはず。


「……この国大丈夫なんですか……?」


 思わずそんな不安が零れる。シークは苦笑と共に背もたれから身を起こすと、一言礼を言ってセレスが淹れた茶に口を付けた。


「二つも三つもそんな組織があるわけじゃないですが……一つでもある時点で大丈夫とは言い切れませんね」


 国家の治安を預かる身としてはセレスの不安は耳に痛すぎる。


「二年前の残党、というか、アレを唆した大元でした」


 アレ、とはセレスを襲った相手であり、それは当時公爵令嬢であり今は隣国イーデンの第二王子妃であるアンネリーセの婚約者だった男の事であり、すなわちこの国の


「あああああああいいです! はい、わかりました大丈夫ですもう結構です!!」


 これ以上はやぶ蛇だ。セレスはブンブンと音を立てて首を横に振る。そんなセレスにシークは殊更優しげな笑みを向けた。


「聖女サマが膝蹴り食らわせたあのクズ、組織の頭の息子らしくて。一緒にぶち込んだ連中からの発言もあるので間違いは無いかと思うんですが」


 シークに容赦なくボコボコにされたのが相当に堪えたらしい。それでなくとも、元から打たれ弱かったのか、とにかく尋問する前からベラベラと情報を喋りまくり、隊員はそれらを書き留め、精査するのに必死になっている。


「雨が小降りになったんで、今王都と他の街の警邏隊に連絡を取っている最中です。朝になって準備が整い次第……片付けます」


 詳しく聞きたくないのに聞かされる。セレスは乾いた笑いを浮かべてなんとか流す。

 片付ける、が組織を片付けるのか、それともそれに類する人間もろとも「片付ける」なのか。言葉の裏に隠された物を察するのは不得手であるのに、シークから漏れ出す殺気がどうしても裏を探ってしまう。


「どこも次代様がクソヤロウで上は大変だよなとか、でもそもそもそんなクソヤロウに育てたのは上の世代なわけじゃないですか」

「……ソウデスネ?」

「そういったクソ共のケツ拭いのせいで、折角の聖女サマとのデートを邪魔されるとかいい加減にしてくれ、ってもなるでしょ」

「デーっ……!」


 なんですか? とシークが片眉だけ跳ねさせてセレスを見る。いえ、とセレスは顔が赤くならない様必死に気持ちを落ち着かせる。

 デートだなんて、そんな考えはちっとも浮かんでいなかった。しかし、よくよく考えてみれば、彼と自分は正式に婚約をしているわけであり、そんな二人が揃って出掛けたのならばそれはデートと言っても何ら問題は無いのではなかろうか。

 少なくともシークはそのつもりでいたのだ。ついには堪えきれずにセレスの顔はぶわわっと一気に赤くなった。


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