トラブルですか?
俺達は電車から降り、人がまばらな『簓中央駅』の構内を抜け、目的地の温泉街へ足を踏み入れた。その足取りは軽く、俺もアミィも気はそぞろだ。
周囲にはほのかに硫黄の香りが漂い、いかにも温泉街といった雰囲気だ。目の前に広がるのは、都会とは全く異なる古民家調の建物の数々、都会のような高いビルの類いは見られない。
いびつな石が敷き詰められた路地を行き交う浴衣姿の人々、出店からもうもうと沸き上がる湯気、そして所々に植えられた木々を彩る紅葉、その全てが俺達を日常から引き離す。
「どうだい、アミィ。俺達が住んでいる所とは全然違うだろ? まぁ、俺もこんな温泉街に来るのは初めてなんだけどね」
アミィは周囲を見回しながら、興味深そうに感嘆の息を吐く。その目はまばたきすることなく、食い入るように道行く人達に見入っている。
「はい、街の外にはこんな場所があるなんて、私、感激ですよ! 街を歩いている皆さん、とても楽しそうですね、私、ワクワクしてしまいます!」
俺だってそうさ。これからアミィと水入らずで過ごす時間、ワクワクが止まらない。とはいえ、何にしてもまずは旅館へのチェックインを済ませないといけないな。
「それじゃあ、アミィ、付いてきな。まずは旅館に荷物を置いて、それから温泉街を散歩しよう!」
「はい! ご主人様!」
俺達は予約した旅館までの道のりを、早足で歩く。しかし、この旅行の幕開けは意外な展開から始まった。
…………
「え!? 予約がとれてない!? そんな! 何かの間違いじゃないですか!?」
俺達が旅館にチェックインしようとすると、旅館側から予約が通っていないとの説明を受けた。
押し問答の末に旅館側が確認したところ、どうやら旅館側が団体客の予約とニアミスしたらしく、既に部屋の都合がつかないとのことだった。
「参ったな、これじゃあ、泊まるところがない。さて、どうしたもんかな……」
「どうしましょうか、ご主人様。もし都合がつかないようであれば、帰ってお部屋で過ごしてもいいですよ、私」
まさか、こんな形で出鼻をくじかれるとは思わなかったな。アミィは遠慮ぎみに、俺の方を見つめている。
しかし、このままスゴスゴと帰るわけにはいかない、せっかくの温泉旅行、何としてでもアミィと一緒に最高の思い出にしたい。
「とにかく、どこか空いている旅館がないか探してみよう。大丈夫、一軒くらい空いているところもあるさ! 心配しなくてもいいぞ! アミィ!」
「はい! それでは、早速探しにいきましょう! ご主人様!」
俺達は旅館を出て、空いている旅館がないか温泉街中を駆けずり回る。まさかのトラブル、俺は少しこれからの行き先が不安になってきた。
…………
結局のところ、案内所で聞いてみた情報を頼りに探してはみたものの、一軒を除いて、既にどこの旅館も埋まってしまっていた。
これから行くのが最後の一軒、しかも、そこはどうやら曰く付きの旅館で、他の旅行客も寄り付かないとの話だった。
「ここが、最後の一軒らしいけど……」
温泉街の外れに立ったその旅館は、外観はこぢんまりとしていて、お世辞にもきれいとは言えなかった。看板には、『旅館 神楽』と書いてあり、所々色が褪せてしまっている。
「どうしましょうか、ご主人様」
「とにかく、入って部屋が空いていないか聞いてみよう」
この際背に腹は代えられない。それに、この気配だと案内所の情報も含めて、他に旅行客がいるとも思えない。俺達は意を決して、旅館の入り口の引き戸に手を掛けた。
「すみませ~ん! 俺達、泊まらせてもらいたいんですが~!」
俺達は旅館の中に入り、玄関先から誰かいないか呼びかける。すると、その呼びかけに答えて、奥からパタパタと足音がしてきた。
「はいは~い、只今参ります」
程なくして、俺達の前に紫色の着物を着た若い女性がやって来る。その女性は、わずかに垂れ目のおっとりした風貌で、唇の下にほくろがあった。
アップで纏められたほのかに紫がかった髪に、玉虫色のかんざしが似合っている。いや、よく見るとこの女性、人じゃない、アンドロイドだ。
「お待たせして申し訳ありません、私、この旅館の女将をしております、『カグラ』と申します。本日は当旅館にお出でくださいまして、まことにありがとうございます」
そう言って、カグラさんは板張りの床に正座して、三つ指をついて頭を下げ、俺達を出迎えた。その姿はまさに大和撫子、見下ろすと色っぽいうなじが見えて、少しドキっとしてしまう。
「あ、はい、私、響 恭平と申します、宜しくお願いします。その、き、今日はお部屋は空いていますでしょうか?」
慌てる俺を見て、アミィが少しいぶかしげに俺の方を見る。
「どうされたのですか? ご主人様。何だか、顔が赤いですよ? ご気分が優れないのですか?」
「あ、いや、何でもないよ! アミィ!」
いかん、カグラさんのあまりの色気に、俺はどうかしてしまっていた。そんな俺を見て、顔をあげたカグラさんは口を押さえてクスクスと笑っている。
「あぁ、大変失礼致しました。お部屋でしたら、空いておりますよ。お泊まりでよろしかったですか?」
カグラさんは、改めて俺達に確認をしてきた。その声は、聞くだけで毒気を抜かれるような落ち着きに満ちている。
「はい、宜しくお願いします」
「宜しくお願いしますね! カグラさん!」
「はい、宜しくお願い致します。それでは、お部屋にご案内いたしますね」
カグラさんはその場から立ち上がり、俺とアミィにそれぞれニコリと笑いかけ、俺達を部屋へと案内する。
この出会いが、俺とアミィの仲をより深めていくことなることは、まだ俺達には知る由もなかった。
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