嫌いになりましたか?
「それにしても災難だったな、恭平。まあ、そこで転がっている連中もこれで少しは懲りただろ。大丈夫、しばらくしたら全員歩けるくらいには手加減してある。尤も、最後の一発はやり過ぎだったかもな」
そんなことを言いながら、アミィは膝をついて呆然としている俺に手を差しのべる。いつもは危なっかしいアミィの手助けする機会ばかりだったから、なんだか妙な気持ちになってしまう。
そして、俺は差しのべられたアミィの手を握る。そして、アミィによって力強く、俺の体が引き起こされた。アミィの体格からは想像しがたい膂力に、俺は驚きを隠せなかった。
「おっと悪い、少し力が入っちまった。ま、恭平も取り敢えずは大丈夫そうだな。本当に、恭平が無事でよかったよ」
「あ、ああ、ありがとう、アミィ」
俺は反射的に、アミィに助けてもらったお礼を言った。とはいえ、俺の脳は目の前の情報を処理しきれていないようで、気の抜けた生返事しか出来なかった。
それはそうだ、いつもはドジで可愛らしいアミィが、あんな大立ち回りをしたんだ。実は俺はまだ眠っていて、変な夢を見ているんじゃないかとさえ思えてくる。
でも、すぐにそんなことも言っていられない状況になる。ついさっきまで俺の無事を喜んでくれていたアミィが、突然グラリとふらついて、逆に俺の体に力なくもたれかかってきたんだ。
「ああ、もう時間か。本当は最後まで俺が処理しなきゃなんだだけど、ちょっとそれは難しそうだ。悪いけど、あとはうまく処理しておいてくれ」
アミィがそう言い終わった直後、アミィの体から力が抜けたのを体越しに感じた。そして、そのほんの数秒後に、アミィが俺の胸から勢いよく跳ねとんだ。
俺から少し離れた位置で、アミィは俺の方をまじまじと見つめる。すると、アミィの目から、じわり、じわりと涙がにじみ出る。そして、アミィの涙腺が決壊するのと同時に、アミィが再び俺の胸に飛び込んでくる。
「ご主人様ああああっ!」
俺の胸に顔を擦り付けながら泣きじゃくるアミィ。さっきまでのアミィはなんだったのか、本当に狐につままれたような気分だ。でも、それよりも、俺の胸の中からは、俺の無事を喜んでくれているアミィへの愛しさが溢れてきていた。
「本当に、本当に、ご主人様がご無事でよかったですよおっ……!」
「うん、うん、ありがとう、アミィ」
そんなアミィの頭をなでながら、俺はふと、我に返った。そして、俺が慌てて周囲を見回すと、アミィがコテンパンにしてしまったチンピラ連中の一人が、なにやら起き上がりそうなことに気づいた。
これは非常にマズイ! さっきアミィは、『あとはうまく処理しておいてくれ』と言ってたけど、今回の件は、冷静に考えたらそんな簡単な話じゃないんだ。
もちろん喧嘩そのものもだけど、そんなことより重大な事象がある。こんなことはまったくの想定外で、俺は気が動転していたんだ。このままではアミィの身が危ない!
「ゴメンっ! アミィ!」
俺はアミィを少し強引に引き離し、お姫様だっこで抱えて走り出す。いち早くこの場から離れたい一心で、俺はついこんなことをしてしまけど、今は一刻も早くこの場を離れなくては!
「ふええっ!? ご主人様!?」
「説明してる時間は無いんだ! 早くここから離れないと!」
アミィは俺のいきなりの行動に、体をバタバタと動かしながら驚いている。それでも、アミィは俺の慌てぶりを見て、次第に体を縮こまらせて、俺に身を任せてくれた。
かわいい女の子にお姫様だっこをしてあげる、これは誰しも一度は憧れる男の夢だろう。本当に、こんな状況じゃなかったら至福の時間なんだけどな。いや、今はそんなのんきなことを考えている場合じゃない!
俺は邪念を振り払い、全力で部屋へと駆けていく。この先のことを考えると不安しかないけど、今はとにかくアミィを無事に俺の部屋に送り届けることだけを考えないと!
…………
「落ち着いた? アミィ」
「はい、大丈夫です。だいぶ落ち着きました。お気遣いありがとうございます、ご主人様」
何とか何事もなく部屋にたどり着いた俺達は、お茶を飲みながら顔を見合わせていた。アミィの顔はやっぱり何だか不安そうだけど、俺は意を決してアミィに尋ねた。
「アミィ、色々あった後で悪いんだけどさ、さっき公園で起きた事、覚えてる?」
アミィは恐る恐る口を開く。その表情は、相変わらず暗いままだった。多分、俺も険しい顔をしているんだろう。それが更にアミィの不安を煽っているんだろうな。
「その、ハッキリとは覚えていないんですけど、ご主人様がひどいことをされているのを見て、私のなかで何かが弾けて、気付いたら、あんなことを……」
このアミィの口振り、少なくとも、アミィは自分が何をしたのかをある程度は覚えているわけだ。人間で言うところの、『我を忘れる』ってやつなのかな。
でも、アンドロイドがそんな状態に陥ることなんてあるのだろうか? 少なくとも、俺は今日まで生きてきて、そんな話は聞いたこともない。
俺がアミィからの話に困惑しつつ、目を閉じて今後のことについて頭を悩ませていると、震える声で、アミィが、つぶやいた。
「あんな乱暴な私、嫌いに、なりましたよね?」
そんなアミィの声に少し驚いた俺は、慌てて目を開けてアミィの方を見る。アミィは、体をプルプルと小刻みに震わせている。
正座し、膝の上で両手を握りしめながら、今にも泣き出しそうなアミィ。俺はそんなアミィに言った。
「そんなことないって、本当に今日は助かったよ。俺だけじゃ、たぶんなにも出来なかった。危ないところを助けてくれてありがとう、アミィ」
実際、あのときはアミィに先に帰って助けを呼ぶように言ったけど、喧嘩にはものの弾みってものがある。死にはしないにしろ、大怪我を負う恐れは十分にあった。
だから、俺がアミィに助けられたのは紛れもない事実だ。それでも、アミィはそんな俺の言葉を声を荒げながら否定する。
「嘘ですっ! あんな乱暴でっ! 汚ならしい言葉遣いでっ! それに、それにっ……!」
ああ、やっぱり、アミィにも解っているんだ。それなら、今のアミィは、不安で押し潰されそうなはずだ。俺は、思わずアミィを抱き締めた。これから起こるであろう未来への不安を必死で抑えこもうとアミィの姿に、抱きしめずにはいられなかった。
「大丈夫、安心していいから。なにがあったって、俺はアミィを見捨てない。約束するから、ね?」
「ご主人様、怖い、怖いよおっ……!」
アミィは俺の胸のなかで、しばらく泣き続けた。俺はそんなアミィを、泣き止むまで抱きしめ続けた。アミィがここまで怖がっている理由は、火を見るより明らかだ。
それは、『人を傷つけたアンドロイド及び、その所有者には相応の責が課される』という現実。今回の場合、チンピラ連中が出るところに出れば、俺とアミィに何かしらの処罰が下る恐れがある。
そもそも、アンドロイドが人間に危害を加えるということ自体が、システム上ほぼ有り得ない。偶発的な過失は起こり得るにせよ、今回のようなケースは稀も稀だろう。
ともかく、今、俺に出来ることは、今回アミィの身に何が起きたのかをハッキリさせることだけだ。もちろん、処罰が下ったなら責は全うするつもりだ。
ただ、アミィへの処罰だけは出来るだけ軽くしてあげなきゃ。そのためなら、俺はどうなってもいい、元をたどれば、アミィは全く悪くないんだから。
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