優しすぎるよ
ジュリさんは俺の横で、手すりに腰掛けながら話し始めた。俺もその横で同じように腰掛け、ジュリさんの話を聞く。
「なぁ、恭平。くどいようだけど、今日は進の為に来てくれて、ありがとうな。本当に、感謝するよ。進も喜んでるみたいだから、来てよかったよ」
ジュリさんはいつもと違う、しおらしい態度で俺にお礼を言った。その姿は、進君の家で見せた痛々しさを増幅させたような、見るのも辛いものだった。
「悪ぃ! 本当にそれだけなんだ! 何か、こんなことのために身構えさせちまったな、すまねぇ。よし、それじゃあオレ達も行くか!」
ジュリさんはその場から早足で離れようとする。そんなジュリさんを、俺は呼び止めずにはいられなかった。
「どうしたの? ジュリさん、さっきから何だか変だ。やっぱり、進君のこと、諦めきれてないんじゃないか? だって、あんなに仲がよかったんだ。急に離ればなれになるなんて、辛いにきまってる。そうなんだろ? ジュリさん」
俺の言葉にジュリさんは少し間をおいて答える。諦めと、やるせなさと、僅かな憤りを湛えた表情で。
「そりゃあ、オレだって進と離ればなれになるのは辛いさ。それでも、オレは片瀬家のメイド、主人に意見するなんて、もっての他だ。こうするしかないんだ。オレにできることなんて、もう無ぇよ」
「でも……」
「そんな顔すんなよ、恭平。大丈夫さ、何も一生離ればなれって訳じゃねぇんだし、今のご時世、離れていてもホログラフィーで進と面と向かって話すことだってできるんだ。寂しくなんかねぇさ」
ジュリさんは、自分を抑えるように、理性的に俺に話しかける。それでも、ジュリさんの表情は曇る一方だった。
「ジュリさん、俺、やっぱり納得出来ないよ。こんなの嫌だ、何とかならないの? ジュリさん。このままだと、ジュリさんがどうにかなりそうで、俺、見てられないよ……!」
俺の頬に、何故か涙が伝う。こんなところで泣くなんて、どうかしてる。そんな俺を見たジュリさんは、少し呆れたような口調で、俺に言った。
「恭平、お前、何でこんなにオレ達によくしてくれるんだ? 遊園地のときだってそうだ。迷子は迷子センターにでも預けちまえばよかったじゃねぇか。それからも、オレ達を遊びに誘ってくれたり、コンサートにまで誘ってくれたり、今日、水族館に来てくれたり。正直、俺には解らねぇよ」
俺はそんなこと、深く考えたことはなかった。ただ、助けてあげたい、一緒に遊びたい、何かしてあげたい。それだけなんだ、それだけのことなんだ。何も考えることなんて無い。
「俺はただ……ジュリさんと進君に何かしてあげたくて……」
俺の涙は止まらない。何でこんなにも涙が出てくるんだ。楽しいはずの水族館なのに、周りには他の客だっているのに、みっともない。するとジュリさんは、俺を慰めるような口調で言った。
「何だ、恭平。泣くことないだろ? でも、泣いてまでオレ達のことを考えてくれることは、凄ぇ嬉しいよ。本当にいい奴だな、恭平。今時いないぜ? お前みたいな奴」
「そんなこと……」
「でもな? 恭平、お前、優しすぎるよ。そんなに優しくされたら、オレの決心がにぶっちまう。だから……もう……いいんだ……これで」
ジュリさんの口調は、もう全てを諦めたかのように穏やかだった。それでも、ジュリさんの目は涙で潤んでいた。
『優し過ぎる』、か。前にアミィも同じようなことを言ってた気がするな。俺はそれが悪いことだとは思わない。これは俺の性分だ、これからも変わらない。
それでも、ときに優しさは逆に相手を傷つけてしまうことだってある。多分、今がその時なんだろうな。これ以上は何も言わないでおこう。
「ダメだダメだ! こんな湿っぽい空気は! せっかく水族館に来たんだ、オレ達も、何か見て回ろうぜ! 恭平!」
ジュリさんは目尻の涙を拭い、過剰に明るく振る舞う。そんなジュリさんの気丈な振る舞いに、俺はもう何も言えなかった。俺も何とか涙をこらえ、ジュリさんの後を付いていった。
…………
俺達は、アミィと進君に合流するために、ホール正面の大水槽へと向かった。しかし、大水槽の周りにはアミィと進君の姿はなかった。
「あれ? おかしいな。二人とも、どこに行ったんだろう?」
「多分、別の展示コーナーにでも行ったんじゃねぇか? ここ以外にも見るもんは色々あるみたいだしな。ほら、見てみろよ、恭平」
ジュリさんは懐からパンフレットを取り出した。
どうやら、この水族館の構造は、ホールを中心として両サイドにそれぞれ通路があり、通路がホール周りをぐるっと一周していて、最終的には合流するように出来ているようだ。
これなら、左右どちらから行こうが二人に合流することができる。
「仕方ないな、それじゃあ、俺達はこっちから行ってみようか」
「そうだな、恭平。そうだ! どうせだから、オレ達も腕でも組んでいくか? 何だかデートみてぇじゃねぇか!」
「か、からかわないでよジュリさん……」
「ハッハッ! 冗談だよ。何顔赤くしてやがる、恭平! 後でアミィに言っちまうぞ!」
「ジュリさん……」
そんなやり取りをしながら、俺達は右側の通路へと向かった。この選択が、これから起こる出来事を文字通り左右することになった。
最近は穏やかな日々が続いたもんだから、油断していた。
俺の隣には、アミィはいない。進君の隣には、ジュリさんはいない。
この事が意味することを、俺達はこの後、最悪の形で知ることになった。
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