帰ろう
公園に一人取り残された俺は、物思いにふけっていた。夏樹ちゃんと過ごした日々は、俺の心を少しずつ変えていった。トップアイドルとの密会。それは俺の理性を蝕むのには十分なものだった。
楽しかった。それは愛するパートナーのことを一時の間忘れさせるほどに。でも、それも今日で終わり。俺は長い夢から覚めた心地で現実を見る。
俺の手元に残ったのは、最悪の形で夏樹ちゃんを袖にしたという現実。この現実は、俺の心と夏樹ちゃんの心に特大の傷を刻み込んだ。
それでも得るものもあった。俺は最後の最後でアミィを選ぶことができたんだ。
そうだ、帰ろう。アミィが待つ、俺の部屋に。俺は立ち上がり、夢の一時に名残を惜しみながら、ゆっくりと家路につく。
やがて、俺は駅前に辿り着く。そういえば、今日はまだ夕食を食べていなかったんだった。
今日はいつもの弁当屋で特製幕の内弁当でも買って帰ろう。色とりどりのおかずの数々、アミィも喜ぶぞ。俺は弁当を二つ手に、家路に戻った。
そこで、俺はふと気付いてしまった。ここのところアミィと一緒に食事をしていないことに。もう何日も一緒に食事をしていない。俺が夏樹ちゃんと会っている間、ずっとだ。
毎日夏樹ちゃんと会っていた訳じゃないけど、習慣で外食で済ませてしまっていた。その間、アミィは俺の部屋で一人、俺の帰りを待っていたんだ。
背筋が凍った。俺は最愛のパートナーをほったらかしにして、一人夢の中に身を沈めていたんだ。夢から覚めてしまえば、その現実は津波のように俺の意識を丸呑みにする。
俺はとんでもないことをしてしまった。『俺は君を愛している』? 『最愛のパートナー』? 笑わせるなよ。俺は自分の欲望のまま、アミィをないがしろにしていたんだ。
気づいた頃にはもう遅い。俺は今日までアミィを裏切り続けてきたんだ! 俺はどこまで大馬鹿野郎なんだ! 屑が! 消えてしまえ!
それでも、俺にはもうアミィしかいないんだ。謝るんだ。床に頭を擦り付けてアミィに謝るんだ!
俺は走った。普段運動なんかしないもんだからすぐに息が上がる。それでも俺は走り続けた。体が軋みをあげても、血反吐を吐きながら走り続けた。
そして、俺は部屋の前まで辿り着く。そして鍵を明け、部屋の中へと入っていく。そこには、いつものようにアミィが出迎えてくれていた。
「ど、どうされたのですか!? ご主人様! 汗びっしょりじゃないですか! お待ちください、今、タオルを……」
アミィが俺の姿を見てオロオロとしている。そんな姿もとても可愛い、俺の愛する、アミィ。俺の目から涙が溢れてくる。
あぁ、アミィだ。俺の帰りをいつも待っていてくれる、最高のメイドさん。気づけば俺は、靴を脱ぎ、部屋に上がり、アミィを抱きしめていた。
「ゴメン!! アミィ!! 俺……!! 俺……!!」
「え!? ご主人様!?」
俺は、狼狽するアミィに今まで自分が犯してきた罪を洗いざらい吐いた。本当は残業なんて嘘だったこと、その間、内緒で夏樹ちゃんと会っていたこと、そして、夏樹ちゃんを最悪の形で傷つけてしまったこと。
みっともなく、許しを乞うように、泣きじゃくりながら。その間、アミィは黙って俺の話を聞いてくれた。
これでいい、もう終わりだ。俺にはアミィを愛する資格なんて無いんだ。
すると、アミィが俺の体から離れ、アミィの顔が目の前に向けられる。そして、アミィは穏やかな表情で俺に言った。
「ご主人様、泣かないでください。私、気付いてましたよ? ご主人様が夏樹さんと会っていたこと。ご主人様、最近ちょっと様子が変だったので、何でかなって考えたら、それしかないなって思ってたんです」
気付いてた? 嘘だ、嘘だ! 嘘だろ!? アミィ!!
「じゃあ何で!! 何も言わず待っていてくれたんだ!? 憎くないのか!? 俺はアミィを裏切ったんだぞ!? 何で……何でだよ……アミィ……!!」
俺はどうかしてしまった。アミィにあたるなんで。それでもアミィは俺に優しい口調で話を続ける。
「お忘れですか? 私はご主人様のメイドですよ? ご主人様を待つのはメイドのお仕事、それだけです。それに、ご主人様は夏樹さんを傷つけたくなかっただけなんですよね? 私はそんな優しいご主人様が大好きですよ!」
「違う! 俺は優しくなんかない! 俺は夏樹ちゃんの好意を利用して、夏樹ちゃんとアミィの両方にいい格好をしようとしていただけなんだ! だから、俺にはもうアミィを愛する資格なんてないんだよ!」
そんな俺の言葉を聞いたアミィは、予想もしないことを言った。
「ご主人様、メイドである私がこんなことを言うのは本当はいけないことだということは解っているのですが、聞いて戴けますか?」
「何だい? アミィ」
「ご主人様、なぜご主人様は自分のことを傷付けてばかりいるのですか? 私はそんなご主人様を見ているのが、辛いです」
「それって……どういう……」
「ご主人様は、私に対しても、夏樹さんに対しても、『自分だけが悪かった』と思ってますよね? 私、違うと思います。現に、私はご主人様のことを全く悪いとは思っていませんし、夏樹さんだって、ご主人様のことを好きだと伝えることが出来ただけでもよかったと思っているかもしれないじゃないですか」
「そんな……そんなこと……」
「もちろん、夏樹さんはご主人様への想いを叶えられなくて傷ついているとは思います。それでも、それはしょうがないじゃないですか。ご主人様の気持ちは、ご主人様だけのものですから」
「アミィ……」
「ご主人様、もっと、甘えましょう? ご主人様だって、誰かを傷つけてもいいじゃないですか。そうじゃないと、ご主人様、いつか壊れちゃいますよ? 私は、そうなってしまうのが一番辛いです。だから……ご主人様……一人で何でも抱え込むのは……止めましょう……? 私からの……お願いです……ご主人様……お願いします……」
アミィが泣いている。
何がアミィを泣かせたんだ。
俺は、今日まで、こんな生き方しかしてこなかった。
それしか、出来なかった。
そんな俺の生き方が、アミィを泣かせているんだ。
それじゃあ、俺に出来ることは何だ。
一つしかない。
変わるんだ、俺が。
「解った……解ったよ……アミィ……だから、もう、泣かないでくれ……」
「ご主人様……!」
「俺……変われるかな……」
「私が、これからずっとお手伝いしますから、大丈夫ですよ、ご主人様」
「ありがとう……ありがとう……アミィ……!!」
俺は救われた。俺がアミィを裏切ったことに対してだけじゃない。俺の今までの人生、全てをひっくるめて、救われた。
心が軽い。思えば俺は自分を責めてばかりだった。そんな俺を、アミィが暗いもやの中から救いだしてくれた。
俺は弱い。俺は自分の弱さのせいで、夏樹ちゃんに無用な期待をさせて、結果的に最悪の形で夏樹ちゃんのことを傷つけてしまった。
あまつさえ、俺はアミィまで傷つけようとしてしまったんだ。アミィがどう思っていようが関係ない、少なくとも、俺のなかではそう思っている。
でも、もう大丈夫、俺の隣にはアミィがいてくれる。俺はこれからも自分の弱さと向き合って生きていく、それが俺にできる唯一の贖罪だ。
やっぱり、アミィは俺の最高のパートナーだ。俺はもうアミィと離れて生きることはできない、そんな確信めいた気持ちが俺の胸を満たしていく。
「ご主人様、私、お腹が減ってきちゃいました、一緒にご飯、食べましょう?」
「あぁ、一緒に食べよう、アミィ」
お腹が減った、か。アミィも人間らしいことをいうもんだ。そんなちょっとした冗談も、何だか心地いい。
俺とアミィは、特製幕の内弁当を二人で食べた。その味は、言葉ではいい表せられないほど旨かった。
「やっぱり、ご飯は一緒に食べるのが一番! ですね!」
「あぁ、これからは、毎日一緒だよ、アミィ」
俺はこれからも、アミィと一緒に生きていく。今日はそんな当たり前の幸せを再確認できる一日になった。
今回のお話は難産でした。
このお話が最初の山場だと思っていますので、楽しんで戴けたなら幸いです。
これまでの夏樹に対する煮え切らない恭平の態度に不快感を持つ方もいたかとは思いますが、そこは恭平の弱さだということでご容赦願います。
ここまで読んで頂き有り難うございます!
もし気に入って頂けたら、感想、評価、ブックマーク等宜しくお願い致します!





