非情な宣告
俺は仕事を終え、高天崎駅前へと急ぐ。待ち合わせ場所に到着すると、既に夏樹ちゃんが待っていた。
「ゴメン、遅くなっちゃって」
「いえ、私も今来たところですから」
これまでの夏樹ちゃんとは雰囲気が全然違う。その顔は、俺が知らない夏樹ちゃんの本当の素顔のように感じた。
「それじゃあ、今日もどこかで食事でも……」
「いえ、今日はお食事は結構です。響さん、私と一緒に来てくれませんか?」
夏樹ちゃんが俺の言葉を遮り、真剣な表情でお願いしてきた。ここは何も言わず、大人しく付いていった方が良さそうだ。
俺は、早足で歩く夏樹ちゃんの後に付いていった。その間、俺と夏樹ちゃんが会話を交わすことはなかった。
…………
「ここ、私のお気に入りの場所なんです。たまに一人になりたくなったら、ここでずっと星を眺めたり、歌の練習をしたりするんです。この場所は、マリンちゃんにだって教えてないんですよ? 連れて来るのは、響さんが初めてです」
高天崎駅前から30分ほど歩いて、俺達は小高い丘の上の寂れた公園に辿り着いた。
手入れをされていない、荒れ果てた草原に、晩夏の少しひんやりした風が通り抜ける。
俺達は、二人並んでベンチに腰かけた。そのベンチは所々が腐っていて、頼り無さげにギシギシと音を立てる。
ベンチの横に据え付けられた電灯が俺達を照らす。その光は、時々点滅しながら、周囲の闇を儚げに照らしていた。
「それで、夏樹ちゃん、大事な話って……」
俺は、早速話を切り出す。すると、夏樹ちゃんは、ぽつり、ぽつりと俺に話し始めた。
「響さん、私、今日まで響さんと過ごすことができて、とても楽しかったです。本当に、ずっとこうしていたいくらい。私、欲張りな女なんです。ファンのみんなだって、マリンちゃんだって、碓井さんだって、みんな私に愛を注いでくれる。それでも私、まだ誰かの愛が欲しいみたいなんです」
夏樹ちゃんの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「気付いてましたか? 響さん、私と初めて会ったときから今日まで、一度も私をアイドル扱いしなかったことに。私を、一人の女として見てくれていたことに。私、それがとても嬉しかった……」
確かに、無意識に夏樹ちゃんをアイドル扱いしないようにしていたかもしれない。
でも、それはあくまで気を使わせない為であって、決して夏樹ちゃんを異性としてみていた訳じゃない。
「さもしい女ですよね、私。今日まで響さんと過ごして、気付いちゃったんです。私、響さんからの愛が欲しくて、欲しくて、もうおかしくなっちゃったんだって。ごめんなさい、響さん。もう私、自分でもこの気持ちを抑えることが出来ないんです!」
夏樹ちゃんが涙を目にためてこちらを見つめる。そして、夏樹ちゃんは、俺に言った。
「好きです、響さん。私、響さんが好きです! 好き! 好き!! 好き!!!」
夏樹ちゃんの感情が爆発した。その叫びは、公園を包む闇の中に吸い込まれていった。
とうとう、言わせてしまった。本当は俺から、夏樹ちゃんに言わなければいけなかったのに。
夏樹ちゃんに告白されてから、俺はふと気づいてしまった。俺は今日まで、夏樹ちゃんを独り占め出来る快感に支配されてしまっていたことに。
俺はこんな性格だから、今まで異性と付き合ったことなんか無かった。それがいきなりアイドルに思いを寄せられて、舞い上がってしまっていたんだ。
何が『俺は君を愛している』だ。それまで異性を愛したことなんて無かったくせに。
「響さん……私のこと、嫌いですか? ねぇ……響さぁん……」
夏樹ちゃんの声が震えている。そして、いよいよ、俺は決断の時を迎えた。
「響さん……来て……私のファーストキス……貰って……ください……」
夏樹ちゃんは目を閉じて、唇を俺の方へと向けた。俺の目の前には、男なら誰もが羨む光景が広がっている。
今を輝く、トップアイドルの無垢な唇。俺がちょっと唇に触れれば、夏樹ちゃんの全てを俺だけのものにできる。
でも、違う。夏樹ちゃんが感じている気持ち、それは違うんだ。俺はただ、夏樹ちゃんのことを振りきれず、ただダラダラと今日まで過ごしていただけなんだ。
ここで夏樹ちゃんの気持ちを受け入れることは、出来ない、出来るわけがない!
こんなことになってしまったのは今日までハッキリしなかった俺のせいだ!
俺は、馬鹿だ、大馬鹿だ、最低の、大馬鹿野郎だ! もうこうなってしまったら言うしかない、今、すぐにだ!
さぁ、恭平、言うんだ! 夏樹ちゃんに! 早く! 時間がないぞ!
俺の頭の中に、いくつかの言葉が浮かぶ。それは、どう言えば夏樹ちゃんを傷つけずに振ることができるかの選択肢。
『君はアイドルだ。一時の感情でこんなことしちゃいけない、考え直すんだ』
『俺は君が好きだったんじゃない、ただ、碓井さんに言われて協力していただけなんだ』
『君はまだ子供だ。大人になってからも好きでいてくれるなら、もう一度告白してほしい』
そんな最もらしい断り文句が頭のなかを駆け巡る。でも、俺の口から出た言葉は、そのどれでも、なかった。
「ゴメン、夏樹ちゃん……俺には……アミィが……いるから……」
ここまで読んで頂き有り難うございます!
もし気に入って頂けたら、感想、評価、ブックマーク等宜しくお願い致します!





