決心
今日も私は疲労困憊で家路についた。レコーディング、歌番組への出演、握手会、歌やダンスのレッスン。毎日あらゆる用事で忙殺される日々が続く。
もちろん、アイドルとして毎日を過ごすのは好きだし、楽しい。ファンのみんなだって、マリンちゃんだって、碓井さんだって、傍に居てくれる。
それでも、私は今の自分に疑問を持ちながら日々を過ごしていた。仕事に追われて、どこかに置いてきてしまった、女としての在り方。
そんなとき、私は響さんと、出逢った。私が今まで知らなかった、恋という感情を教えてくれた男性。今思えば、これが『一目惚れ』というものだったのかもしれない。
初めて病院で会ったときの響さんは、何だか優しそうで、それでいてその立ち振舞いは大人っぽくて、私がこれまで理想としてきた男性像とぴったりだったから、あの日はついつい余計なことまで話してしまった。
そのときの私の気持ちは、ただの年上の男性に対する憧れだったんだと思う。でも、ただの憧れだった感情は、日を追うごとに形を変えて膨らんでいった。
これが、異性を好きになるということなのか、私には解らなかった。でも、初めてのデートの時、私は確信した。私は、響さんに恋をしていると。
そして、響さんとの食事を重ねるごとにその感情はとどまることなく膨張していった。もう自分でも止められない。ブレーキなんてもう完全にすり減ってしまった。
だから私は、毎晩こんなことを繰り返すようになってしまった。今日もお風呂から上がると、私はそのための準備を始める。
今日も隣の部屋ではマリンちゃんがまだ作詞をしている。大丈夫だよね、バレてないよね、もしバレてたら、私、恥ずかしくて、死んじゃう。
私の手には一枚のハンドタオル。響さんが、何度目かの食事の後、ポケットから落としたものだ。
私はベッドに入ると、横になって、そのハンドタオルを左手に持ち、口許に持ってくる。
石鹸の香りに混ざって、響さんの香りがする。ちょっと時間が経って汗の匂いが強くなった、響さんの香りが。
この香りにあてられて、私の頭の中は甘く蕩けてしまう。もうこうなってしまったら止められない。私は自分の下腹部に右手を伸ばした。
「んっ……ふーっ……ふーっ……」
私は目一杯息を吸い込む。息を吸い込む度に私の頭の中は響さんのことで一杯になってしまう。
こんなこと間違ってる。私だってそれは解っている。それでも私の手は止まらない。ただただ赴くまま、私は手を動かし続ける。
「んっ……ふぅ……んんっ……はぁっ……」
もしこの手が響さんのものだったら。そんな妄想に、私の頭はスパークしてしまう。底がない深い穴に落ちていくような感覚。私はおかしくなってしまった。それもこれも、響さんのせいだ。
もうダメ! 我慢出来ない! 我慢したくない!! 好き! 好き!! 好き!!! 響さん! 響さんっ!! 響さぁんっ!!!
「~~~~~~~っ!!!………っ!…………っ…………」
…………
私は毎晩、こうして自分で自分を慰めていた。だって私は、アイドルだから。私はみんなのもの、恋愛なんて、しちゃダメだって。そう思ってた。自分で、勝手に。
今日、私のことを見かねた碓井さんから、私の今までの考えを粉々にする言葉を告げられた。
『恋をすることを我慢しなくていい、自分の好きなようにやりなさい』
その言葉は、私を崖に蹴り落とすような無慈悲なものであると同時に、私を檻から解放する、慈愛に満ちたものでもあった。
もう、私は何も我慢しなくていいんだ。それだけのことが、私の人生のレールを明るく照らしている。
大丈夫、響さんなら私の気持ちに答えてくれる。だって、私、こんなに響さんのこと、好きなんだから。
響さんだって、碓井さんから私が響さんのことが好きだって聞いてるんだから。これでダメなんて、そんなの、嘘だよ。
よし、次会うときに、私の気持ちを全てぶつけよう。それがファンのみんなや、マリンちゃんを裏切ることになっても。
初めて、自分だけで考えて、自分だけで決めたこと。マリンちゃんにおんぶにだっこな暮らしはもう終わりにしないと。
私は、いつものように響さんにメールを送った。メールが送信される。これでもう後戻りは出来ない。私は響さんの返事を待ちながら、眠気と疲れに意識を奪われていった。
…………
夏樹ちゃんとの食事も、両手で数えても足りなくなってくる頃。今日も夏樹ちゃんからのメールを受信する。そのメールの文面は、いつもと違って、短く、簡潔だった。
『大事なお話があります。明日、19時に、駅前で待ってます』
メールから伝わるただならぬ雰囲気。俺の全身から汗が吹き出す。それは暑さのせいじゃない、むしろ体は凍りつくほどの冷たさを感じている。
「どうされたんですか? ご主人様、顔色が優れないようですが……」
「あ、いや、何でもないよ、アミィ、何も心配いらないよ」
「そうですか……ご主人様、今日は大事をとって、早めに休まれてはいかがですか?」
「そうだね、そうしようかな。それじゃあ、お休み、アミィ」
「……お休みなさいませ、ご主人様」
そんなに解りやすく顔に出てしまうほど俺は狼狽していた。俺の予感が正しければ、明日、全てに決着がつく。
ついにこのときが来てしまった。俺は結局今日まで夏樹ちゃんに話を切り出せなかった。
それでも明日は確実にやってくる。俺は夏樹ちゃんのメールに返信した。
『解ったよ。それじゃあ、また、明日』
夏樹が恭平を好きになった理由については、実はあまり明確には存在しません。これが生まれて初めての恋ゆえの、一種の暴走状態です。
いわゆる、「恋に恋する女の子」といったところでしょうか。
これから夏樹がどういった行動に出るのかは次回以降に。
それと、今回は少しエッチなシーンを使わせていただきました。
表現上の都合とはいえ、不快に思われたかたがいらっしゃるかと思いますが、何卒ご容赦願います。
ここまで読んで頂き有り難うございます!
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