碓井さんです!
楽屋に入ってきた女性が、俺達に向けて話しかけてきた。その口調は女性のパリッとした見た目よりも柔らかく、とても親しみ易い感じだった。
「皆様、本日はお出でくださいまして、ありがとうございます。私、二人のマネージャーをしております、『碓井 玲』と申します」
碓井さんは俺達に名刺を配って回った。その姿はまさに『敏腕マネージャー』といった手際だった。
「先日は、うちの夏樹の病院の付き添いをして戴いて、誠にご迷惑をお掛けしました。本来なら私どもが対応しなければいけないところだったのですが、あの状況は予測できず……不徳の致すところです」
あの時は、まさかあんな状況になるとは予想できないだろうからな。むしろ、勝手に救急車を呼んだのは俺達だったから責めることはできない。
「いえ、こちらこそ出すぎた真似をして申し訳ありませんでした。夏樹ちゃんの無事を思うばかりに、あのようなことを……」
俺は碓井さんに頭を下げた。こうでもしないと俺の気が済まない。
「頭を上げてくださいな、響様。こちらとしましては感謝こそすれ、そのように頭を下げていただくなんてとんでもございません」
あれ? 俺、まだ自己紹介していないよな?
「碓井さん、どうして俺の名前を?」
「あぁ、響様のことはうちの夏樹より伺っております。話に聞いてた通り、大変思慮深い方ですね、響様は」
夏樹ちゃん、俺のことをどんな風に話したんだ? 俺としてはあたりまえのことなんだけどな……まぁ、細かいことはいいか。
「あぁ、そういえば、皆様にお茶をお出ししなければいけませんね、少々お待ちください、準備して参ります」
そう言うと、碓井さんは楽屋から出ていった。そこまで気をつかってもらうと申し訳ない気がしてくる。
「あの~ 夏樹さん、マリンさん、お願いがあるんですが」
紫崎が何やら夏樹ちゃんとマリンちゃんに言いたいことがあるようだ。大体予想はつくけど、俺が口出しすることでもないか。
「どうされました? 私達で出来ることであれば、お聞きしますよ?」
「その、も、もしよかったら、サ、サインを戴きたいのですが、か、可能でしょうか!」
紫崎は頭を下げながら前もって用意していたであろうサイン色紙を差し出す。すると、昌也もそれに反応してサイン色紙を取り出した。
「あっ! ズルいぞ紫崎! 俺も欲しいんだけど、ダメかな?」
このアイドルオタクどもめ。でもまぁ、普通に考えたらこのチャンスを逃す手はないだろうな。
「もちろん、サインくらいでしたらいくらでも」
夏樹ちゃんは二人から色紙を受け取り、紫崎が準備していたサインペンでサラサラと色紙にサインする。
「ほら、マリンちゃんも」
「オーケー! それじゃあ……」
夏樹ちゃんから色紙とサインペンを受け取り、夏樹ちゃんのサインの下にサインペンを走らせる。
「あ、そうだ。響さんのお友達ってことで、どうせだから、大サービスしちゃおうかな! 夏樹ちゃん、耳貸して!」
「何? マリンちゃん」
マリンちゃんが何やら夏樹ちゃんに耳打ちをしている。
それに対して、夏樹ちゃんはウンウンとうなずいている。
「そうだね……よし! 特別に、今日だけのプレミアムサイン、プレゼントしちゃいましょうか! それじゃあ……チュッ!」
「私も……チュッ!」
何と、二人はサインの横にそれぞれキスマークをつけて紫崎と昌也に色紙を返したではないか。アイドルに疎い俺でもこのサインの希少性は解るぞ。
「他のファンの皆さんには、内緒ですよ?」
「うわぁ……これはヤベぇな……」
「堪りませんね……家宝にします」
二人は天にも昇りかねない表情でサインを眺めている。
これは後で聞いた話だけど、紫崎によると、このサインが仮にオークションに出品されたら三桁は軽く超える代物らしい。
そこで俺は気づいてしまった。昌也と紫崎をみるメイドアンドロイド陣の冷やかな表情に。
「そんなに嬉しいものなのでしょうか……私にはちょっと解りません」
「全く、ご主人のメイドとして恥ずかしいばかりです」
「うげぇ……進はあんな軟弱な男になっちゃダメだからな」
「わたしは坊っちゃんが嬉しいならそれでよいのですが……はぁ」
なるほど、過度のオタクは女性から見たらこう映るのか。俺も何かしら趣味を持つときにはああはならないよう肝に命じておこう。
その後も、俺達は碓井さんが持ってきてくれたお茶を飲みながらアイドルである夏樹ちゃんとマリンちゃんとの会話を楽しんだ。
それは今日のコンサートの感想だったり、アイドル業界のちょっとした裏話だったり、とりとめもない世間話だったり。
そんな楽しい時間は早々と過ぎ、宴もたけなわ、そろそろ帰らないといけない時間になった。
「さて、それじゃあ、そろそろ俺達は帰ろうかな。今日は本当に楽しかったよ、またね、夏樹ちゃん、マリンちゃん」
「えぇ……それでは、また」
「これからも『ツインマーメイド』応援してね! 皆!」
俺達はそれぞれ帰りの挨拶をし、コンサート会場の外へ出ようとした。すると、碓井さんが俺を呼び止める。
「あぁ、響様、ちょっとお話したいことが……」
何だろうか? 俺は皆に先に外で待っていてもらうようお願いし、碓井さんの話を聞く。
「何ですか? 碓井さん」
「響様、この話は、ここだけの話にしていただきたいのですが、宜しいですか?」
「は、はぁ……解りました、何でしょうか?」
ただならぬ雰囲気に思わず背筋が伸びる。この碓井さんからの話は、これから俺を大いに悩ませることになる。
そんなこと、全く考えていなかった俺は、ただ碓井さんの話を聞くことしかできなかった。
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