俺達のヒーロー
目の前にいるアミィは、動揺する俺に向けて、あくまで冷静な語り口で、俺が心配している自分といつものアミィとの入れ替りについて話し始めた。なんでも、今のアミィが表に出て来るためには、条件があるという話だ。
「まず、俺がこうして表に出て来る為には、いつものアミィと、『感情の一致』が必要なんだ。例えば、初めて俺が表に出て来たときなんかは、アミィは、『恭平を助けたい』と強く願った。そして、アミィの中の俺もアミィと同じ気持ちだったから、俺が表に出て来れたって訳だ」
つまり、今のアミィは自分だけの意志では自由に出て来れるわけじゃないってことだな。そして、アミィの口から、今、俺が一番心配している事柄についてが語られる。
「正直、俺も今日初めて自分の意志でこうして長い間恭平と話せているってことが証明されて、ちょっと怖いんだよ。『やろうと思えば、俺はアミィに成り代われる』っていうことが解っちまったからな。でも、俺はそんなことするつもりはないんだ」
アミィは、手のひらで転がしていたココアのペットボトルをギュッと握りしめ、俺の方に顔を向けて、少し恥ずかしそうにはにかみながら、言った。
「だってよ、そんなことしたら、恭平とアミィが離ればなれになっちまうじゃないか。俺は今まで恭平とアミィのことをずっと見てきたからな、そんなこと、出来る訳ねぇよ」
アミィの中に、確かに居るもう一人の誰か。その誰かにも、アミィとは違う意志がある。そして、その誰かは、自分を省みず、ただ俺とアミィのことを見守り、ときにはこうして俺達を助けてくれる。
そして、今、こうして話していて解った。俺の目の前で、自分の気持ちを圧し殺しながら笑っている俺達のヒーローは、自分が何者なのかを知りたがっている。俺は、そんな自己犠牲心の塊のような女の子に、思わず、言ってしまった。
「なあ、アミィ、君は本当に、自分が誰なのかを知りたいとは思わないのかに? なにか、君に対して、俺やアミィがしてやれることはないのかな?」
そんな俺の言葉に、目の前で無理して笑う誰かは、表情をわずかに強ばらせながら、こう答えた。
「正直、俺だって自分が誰なのかは知りたいし、やろうと思えば、その答えは自分の意志ひとつですぐにでも解ることも今日ハッキリ解った。でも、そんなことの為に恭平とアミィを犠牲にしようなんて微塵も思わないよ。だって、今時珍しいじゃないか、こんなバカップルはよ。応援しないほうが嘘ってもんだ」
本当に、君はお人好しすぎるよ。俺もアミィも、君には与えてもらってばかりだ。君の意志は、俺がどんな言葉を並べ立てても変わらないだろう。そんな俺に、ふと、疑問が浮かぶ。
「そういえば、君が出て来ている間、アミィの意識はどうなってるのかな? 君はアミィが表にいる間に起きていることはだいたい知ってるって言ってたけど」
そんな俺の質問を聞いた瞬間、アミィの姿をした誰かの表情がわずかに曇る。そして、ほんの数秒の沈黙の後、こう言った。
「それ、なんだけどな? 少しだけ俺が出て来たときには、俺も朧気にアミィの意識を感じ取れるんだが、どうやら、今日みたいに俺がこうして強く表に出て来ると、アミィの意識をあまり感じ取ることが出来なくなっちまうみたいなんだ」
その言葉を聞いた俺の背筋に、なにか冷たいものが走った。そんな俺に、目の前のアミィの姿をした誰かは、本当に、本当に、言いにくそうに、こう告げた。
「ハッキリ言って、こんなことを繰り返していたら、いずれアミィは戻ってこれなくなるだろうな。今日はまだアミィの意識を感じられるから大丈夫だろうが、今後の保証は俺には出来ない」
もちろん、俺も彼女も、そんなことは望んではいない。それでも、これから先、こんなことがまた起きないとは限らない。なにか、なにか、アミィと彼女が、二人とも救われる道はないのだろうか。
俺が頭を抱えていると、突然、フラりと、俺の肩にアミィの頭がもたれ掛かる。その髪は、根本に仄かな桜色の光を灯し、ほぼいつものアミィの青髪に戻っていた。
「ああ、ダメだな、もう時間切れだ。これ以上、アミィの体を借りると、アミィが戻って来れなくなっちまう。まだまだ話し足りないだろうが、我慢してくれ」
彼女がそう言った瞬間、アミィの髪の色が完全に元通りになり、アミィの体が激しく痙攣して、やがて、アミィは目を閉じて動かなくなった。今までにない反応に、俺は動揺してしまっていた。
「アミィ? なあ、アミィ、どうしたんだい? いつもみたいに、戻ってきてくれよ。起きて、笑顔で、『ご主人様』って、呼んでくれよ、なあ、アミィ!!」
あんな話を聞いた後だったから、俺は、もうこのままアミィが帰って来ないんじゃないか、不安で、不安で、仕方なかった。でも、そんな心配は、アミィの体から電子音に掻き消される。
『バッテリー消耗ニトモナイ、強制スリープモードに移行シマス。スミヤカニ、バッテリーノ充電ヲシテクダサイ』
「……ああ、そうか」
そうだ、そうだよ。あれだけ体に負担をかけたんだ、こんなにボロボロになって、こんなことになったってなにも不思議じゃないよな。本当に、バカだな、俺。それでも、彼女が急にこんな風になったら、驚くに決まってるよな。
こうして、俺とアミィ、そして、名前も知らない、俺とアミィのヒーローの、長い一日が終わった。これからやらないといけないことは山積みだけど、今は、早く部屋に帰って、アミィの体を綺麗にしてあげなきゃ。
そして、アミィが落ち着いたら、俺は高月博士に会いに行こう。武藤刑事に話したことについて、もう一人のアミィの話について、そして、ダイクの口から出た、「禍津」という名前について。
正直な話、情報が多すぎて何もかもが手探りだけど、もう俺には高月博士しか頼る宛がないのも事実だ。そんなことを考えながら、俺はバッテリーが切れてピクリとも動かなったアミィを背中におぶって、自分の部屋へと戻った。
…………
部屋に戻った俺は、早速、ボロボロになったアミィのメイド服を脱がして、痛々しく凹んだ体を、湿らせた柔らかいタオルで綺麗にする。やっぱりまだアミィの裸を直視するのは緊張するけど、今日ばかりはそうも言っていられない。
そういえば、アミィにはまだパジャマを買ってあげていなかったな。いつもは充電器の上だけど、たまには一緒に寝ようと約束したからには、そこのところもしっかりしないと。
アミィの体を綺麗にし終えて、替えのメイド服を着せ終え、見た目はいつもの元気なアミィに戻った。それでも、人工皮膚やボディの凹みはまだそのままだ、ああ、メンテナンスを依頼するときになんて言おう。
場合によっては、虐待の疑いをかけられかねない。今のうちに、うまく説明できるように、対策をたてておかないと。そんなことを考えながら、俺はアミィを充電器にまたがらせる。
そして、30分ほど過ぎた頃、強制スリープから目覚めたアミィが、ゆっくりと、目を開く。その目は、さっきまでの炎のような光はなく、いつものサファイアブルーに戻っていた。
アミィはうつむき気味の首をゆっくりと起こし、目をパチパチとさせて俺の方を、少し眠そうな仕草をしながら見ている。ああ、よかった! いつものアミィが戻ってきた!
「ああ、よかった! 俺が解る? アミィ」
俺は心底安堵した。こんなに不安になったことは、生きていて一度もなかった。それでも、アミィが戻ってきたのならそれでよかった。でも、目覚めたアミィが、俺に向けて口にしたは、俺が待ち望んだものでは、なかった。
「恭……平……?」





