高月博士の思惑
ダイクの機能は完全に停止していた。俺が肩を揺すろうが、アミィが大声で問いかけようが反応は無い。いきなりのことに、俺もアミィも困惑する他無かった。
しかし、このままダイクを放っておくわけにはいかない。俺は前に昌也から紹介された武藤刑事に連絡をし、ほどなくして部下を数人連れた武藤刑事がやって来た。
「待たせたな、俺が武藤だ。早速だが、この状況について説明してもらえるかい? 大丈夫、あいつからアミィちゃんのことは聞いてるから、正直に話してくれれば悪いようにはしないから」
武藤刑事は俺とアミィに警察手帳を見せ、事の経緯を尋ねてきた。俺が武藤刑事の質問に対して、アミィがダイクと応戦したことを正直に話すと、武藤刑事は少し難しそうな顔をする。
「しっかし、こんなか弱そうなお嬢ちゃんがなぁ。にわかには信じがたいが、嘘を言っているようにも見えんし、さて、どうしたもんか……」
武藤刑事の反応に、アミィは毅然とした態度で答えた。
「ま、それは置いといて、こっちとしては一応正当防衛ってことにして欲しいもんなんだけどな。見てくれよ、見事に凹んだ俺の腹をよ」
アミィはそう言って、自分の腹をわざとらしく大袈裟にさする。しかし、見るからにアミィのダメージよりもダイクのダメージがひどい。武藤刑事はダイクとアミィをチラチラと見比べている。
「こちとら実際に見たわけじゃないから何とも言えんが、こんな大型のアンドロイドにこれだけの損傷を負わせるとは、お嬢ちゃん、何したんだい?」
改めての武藤刑事からの問いに、アミィは肩をすくめながら答える。
「悪いな、武藤刑事。出来れば実践したいところなんだが、生憎右腕の調子が良くなくてよ。俺自身が認めてるんだからいいじゃねぇか、な、恭平」
「ま、まぁ、確かにそうなんだけどさ……」
アミィは軽い気持ちで答えてはいるけど、実際にはそう軽い話ではないだろう。俺は武藤刑事に話を切り出した。
「それで、武藤刑事、今回の件でアミィはどうなるんでしょうか? やっぱり、何らかの処分があるんでしょうか」
それを聞いた武藤刑事は、俺の肩を叩きながら笑いかける。
「ま、今回はお嬢ちゃんの言う通り、正当防衛ってことで処理しておくよ。この状況についてはこっちで何とかしとく、だから安心しな、兄ちゃん」
いや、この状況を何とか出来るもんなのか? レンガは割れ、自動販売機はほぼ全壊、正直、かなりの被害だ。俺は武藤刑事に尋ねずにはいられなかった。
「武藤刑事、一ついいですか?」
「あん? なんだい兄ちゃん」
「今回の件について、こちらに落ち度はないとはいえ、アミィがこのアンドロイド、いや、ダイクを損傷させたのは事実ですし、何もお咎めなしっていうのはおかしいっていうか……」
俺からの問いに、武藤刑事は目をつぶって少し考え込んでしまった。そして、数秒して武藤刑事は目を開いて俺に言った。
「あんまり大きい声じゃ言えないんだが、近頃アミィちゃんみたいなメイドアンドロイドが襲撃される事例が何件か起こってるんだ…… 実際、破損したメイドアンドロイドも何台か出てるんだわ」
そんな、そんな話聞いたこともない! それに、そんなことが起きているなら大々的なニュースになっている筈だ!
「そ、それが事実だったら、何でそれが報道されていないんですかっ! そんなことあってたまるかっ!」
俺は武藤刑事のスーツを掴み、食って掛かる。そして、武藤刑事は俺の問いに躊躇いながらも答えてくれた。
「なんでも、『未然に野良アンドロイドを排除出来なかったことが露見するから、報道規制を敷いた』ってことらしいんだ。全く、お上も無茶苦茶しやがるぜ」
「それじゃあ、アミィを含めてメイドアンドロイド達は危険に晒されているってことじゃないか! そんなことが許されるわけあるかっ!」
俺は武藤刑事のスーツを掴んだまま声を荒げる。そんな俺の問いに、武藤刑事はハッキリと俺の目を見て答えた。
「ああ、その通りだな。しかし、俺だってこの状況に手をこまねいているわけじゃないんだ。兄ちゃん、前に高月博士に俺の連絡先を渡してくれたよな?」
何だ? 何でここで高月博士の名前が出てくるんだ? そんな俺の疑問をよそに、武藤刑事は話を続ける。
「あのあと俺は高月博士のところに行って、色々話を聞いたんだわ。そのなかで、今回のような事態が起こる可能性って奴を聞かされたんだ。俺としては、『そんな馬鹿な』って思っていたんだが、まさか本当に起きるなんてな……」
「それじゃあ、高月博士はこの事をあらかじめ知っていたってことですか?」
「ああ。あくまでも、可能性の域は出ないとは言っていたんだがな……」
そんな、それじゃあ高月博士は、『私の娘』と言っていたメイドアンドロイド達を危険に晒していたってことなのか!
「そんなの納得いかない! いや、そんなことあるもんか!」
「しかし、実際にこうしてアミィちゃんが野良アンドロイドに襲われているんだ。事実は事実として受け取るしかあるまいよ。それに、高月博士はこうも言っていた」
武藤刑事は一呼吸置いて、錯乱状態の俺に言った。
「もし、私の娘達が襲われた場合、それを打破するのもまた私の娘達なのだ。その可能性は既に私の手から離れている。今はその可能性が芽吹くのを祈るしかない」
「そんな……まさか……」
「そのまさかさ。高月博士が言う、『可能性』っていうのは恐らくアミィちゃんのことだ。今の俺にはそれくらいしか解らねぇ、兄ちゃんやアミィちゃんには気の毒な話だとは思うがな……」
そんな馬鹿な。いや、良く考えたら心当たりは、ある。アミィは一度高月博士から精密検査を受けている。それに、もしかしたら俺の腕の端末にも仕掛けをしているかもしれない。
これまでの武藤刑事の話と、これまでの高月博士の行動。俺は高月博士が何を考えているのか解らなくなってしまった。更に困惑する俺に武藤刑事は言った。
「だからよ、兄ちゃん。直接高月博士に会って、事の顛末を聞いてきちゃあどうだい? 兄ちゃんには聞く権利があると俺は思う。なに、どうしても話したがらないようなら俺を呼びな、公僕として然るべき処置って奴をしてやるからよ!」
そうだ、警察が動かない以上、アミィのために俺に出来ることはそれしかない。高月博士に、会いに行こう。そして、こんなことになった経緯をハッキリさせるんだ!
「話は済んだかい? お二人さん。それじゃあ、今日のところは俺達は帰っていいんだよな?」
俺と武藤刑事の話が一通り済んだタイミングで、アミィが話に割って入ってきた。アミィの態度は依然として毅然としたものだった。
「ああ、今回の件は、書類上は、『無かったこと』になる。兄ちゃんもお嬢ちゃんも帰ってもらって問題ない。ただし、このことは他言無用だ、俺はちゃんと言ったからな」
この口振り、武藤刑事としては、俺が高月博士と話すことについては立場上ノータッチということだろう。いざとなったらそうはいかないわけだけど。
「そうか、それなら良かった。なあ、武藤刑事、一つ頼みを聞いてくれないか?」
アミィはそう言うと、ダイクの方にゆっくり歩み寄って、もう動くことの無いダイクの肩に触れながらもの悲しげに言った。
「ダイクの奴、そんなに悪い奴じゃなかったんだ。それでも、俺達はこうすることでしかダイクを止められなかった。もっと良い方法はあったかもしれないけど、俺にはこの拳しかなかったんだよ……」
アミィはダイクを見下ろして、やがて武藤刑事の方を向く。その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「だからさ、ダイクのこと、あんまり悪く扱わないでやってくれ。ダイクだって、好きこのんで俺を壊そうとしたわけじゃなかったんだ。こんなこと言ったって仕方ないことは解ってるんだけど、な……」
そんなアミィを見て、さすがに武藤刑事もアミィを無下に扱うわけにはいかなかったようで、アミィからの願いに真剣に答えてくれた。
「ああ。少なくとも、そのままスクラップってことにはならない。メモリが生きていたら情報もサルベージ出来るかもだしな。お嬢ちゃんからの頼みだ、弔いもしっかりしてやるさ」
「頼むよ、武藤刑事」
こうして、武藤刑事とその部下はダイクを回収して引き上げていった。そして、空が夕日に染まった公園には、俺とアミィ二人だけが立っていた。
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