渾身の一撃
俺の元からアミィが離れていく。俺はそれをただ黙って見送った。いや、正確には何を言ったら良いか解らなかったんだ。そして、アミィは再びダイクと対峙する。
「何だい、やっぱりお嬢ちゃんも何か秘策があったのか。しっかし、見たところただ髪の色と目の色が変わっただけみたいだけどなぁ~」
そう言って、ダイクは右上の手で顎を擦りながら、まじまじとアミィを睨め付ける。そんななか、アミィはその場で何やら妙な動きをしていた。自分の手をジッと見ながら、何度か握ったり開いたり。
かと思ったら、その場でピョンピョンとジャンプしてみたり、腕と首をグルグル回したり、まるで準備体操でもしているかのようだった。そして、しばらくするとそのアミィの動きは止まり、再びダイクの方に不敵な笑みを浮かべる。
「うん、やっぱりこれだけ出てくると違うな。さ~て、待たせたな。これならさっきよりは俺もお前も楽しめると思うぜ?」
アミィはそう言うと、今までの腕を相手の方に向けた構えではなく、拳を胸の前方で握り、両足を肩幅に開いたファイティングポーズを取った。その瞬間、俺でも解るレベルで周囲の空気がピンと張りつめた。
それを感じ取ったダイクも、無防備な構えからアミィと同様に初めに見せたステップを踏みながら腕を前方に構えるスタイルに切り替える。
「ほう、それがお嬢ちゃんの本来のファイティングスタイルって訳か。これまではお嬢ちゃんも本気じゃなかったんだな、いや、俺も嘗められたもんだ」
「ま、そう言うな。こっちにも事情って奴があるんだ、ここはひとまず、各々のしがらみは置いておいて、お互いこの喧嘩を楽しもうじゃないか」
「ああ! そうだな! 全くもって、その通りだっ!」
そして、どちらからというでもなく、アミィとダイクが同時に動いた! ダイクは再びその場からアミィの射程外から攻撃を仕掛ける。
「まずは小手調べだ! 伸身弾っ!」
ダイクの右上腕が不規則にうねりながら、アミィの方へと飛んでいく。しかし、アミィは先程までとは違い、軽くステップを踏みながらダイクの方に向かっていく。
「そいつはもうさっき見た、今の俺には当たらねぇよ」
そう言うと、アミィは眼前に迫る拳を腕を素早く払うように弾く。そして、弾かれた腕はそのまま明後日の方向に伸びていった。
「やっぱりな。さて、それじゃあ今度はこっちから行くとしようか!」
アミィに払われたダイクの腕は、アミィの遥か後方の自動販売機に当たり、自動販売機のアクリル板が粉々に砕け散る。その刹那、アミィは弾いた腕が戻ってくる前に、ダイクの方に近づいていく。
「何ぃ!? さっきまでは防戦一方だったはず! こんなに早く俺の伸身弾を見切れるはずがねぇっ!」
ダイクは伸びた腕を掃除機のコードのようにシュルシュルと戻して、再び同じ様にアミィを連打する。それでも、さっきと結果は変わらない、アミィは二本の腕で、的確にダイクの四本の腕を、それぞれ別方向に華麗に弾いていく。
「ま、さっきまでの俺とは違うってこった。なかなかのスピードだが、そんな軽いパンチ、今の俺には何発打ったって当たらねぇよ」
「軽い!? 軽いだとっ!? 確かに、腕を伸ばすのにパワーを使う分威力は落ちるが、それでも……!」
「それにそのパンチ、伸びれば伸びるほど命中精度が目に見えて落ちてるよ。しかも、拳がなにかに当たるまでは腕が伸び続けるおまけ付きだ。そんなもん、軽く払ってやれば後は勝手に避けてくれるさ」
「ぐっ……ぬぅっ……!」
アミィはそう言うけど、言うのとやるのでは話が全く違う。アミィは『軽い』と言うけれど、それでもダイクの拳が命中した自動販売機は、見るも無惨な状態だ。
それでも、ダイクの猛攻をしのぐアミィの腕の動き、は最小限かつ精密で力強く、素人目から見てもとても一朝一夕で身に付く代物には見えない。それこそ、体が覚えているといったレベルのものだろう。
「そして、これがその技の最大の弱点だ!」
そして、アミィは四本の腕が戻りきる前に一気にダイクとの距離を詰める。元々スピードはアミィに分があるんだ、腕が戻りきらないうちに距離を詰めてしまえば奴のボディはがら空きだ!
そして、アミィは一瞬足に力を溜めた後、一気にダイクの目の前まで滑るように移動する。その様はまさに電光石火、俺にはアミィが瞬間移動したようにしか見えなかった。
「さ~て、取り敢えず、これまでのお返しに、キツいのを一発くれてやるよ!」
そう言うと、アミィは右足を下げ、腰を捻り、右腕をコンパクトに振りかぶる。足からはギリギリとサスペンションが収縮する音がする。これは初めてもう一人のアミィと会ったときに見せた、あの強烈な一撃の前触れだ。
「何のっ! 来ると解っているなら身体を硬質化してやればいいだけのことよっ! 噴ッ!」
ダイクが唸ると、ダイクの腹部周囲の色が褐色から深い黒色へと変色していく。確かに、アミィの体はダイクと比べてなん回りも小さい。サスペンションの伸縮による補助はあれど、アミィの体重では、あの見るからに硬質化した身体にダメージを与えるのは難しいのではないか。
「ほ~う、こりゃあなかなか堅そうだ。それじゃあ、俺もお返しに一つ面白い芸でも見せてやろうか。こいつはなかなか負担がデカイんだ、感謝してくれよ」
そんな俺の心配をよそに、アミィの右足の軋む音が一際大きくなる。いや、足だけじゃない、アミィの全身から何かが軋む音がする。そして、アミィの叫びと共にアミィの上半身が鋭く回転する。
「これがっ! 俺のっ! とっておきの一発だあああ!」
普段のアミィからは到底想像も出来ないような咆哮とともに、ダイクに向けて、アミィの渾身の一撃が放たれる。そして、強烈なインパクト音と共に、アミィの拳がダイクの腹部に文字通り、突き刺さった。そして、その瞬間ダイクが腰を九の字に折って苦悶の表情を浮かべる。
「がっはあっっ! ば、馬鹿なっ! こんな、こんなチビの拳が、俺の自慢の装甲を……!」
「ふうっ、流石に俺みたいなチビじゃこれが精一杯か。それでも、それなりにダメージは通ったみたいで安心したよ。あんな見栄を切ったんだ、こうじゃなきゃあ格好もつきゃあしねぇ」
アミィがおどけたような笑みを浮かべながらダイクの腹部から右腕を抜き、それと同時にダイクが片膝をついた。そして、俺はダイクの腹部を見てギョッとした。
アミィの拳がめり込んだ箇所の骨格が剥き出しになり、その周囲を含めて、砕けた装甲の下の人工筋肉や配線が螺旋状に千切れている。バチバチとショートした回路に手を当てながら、ダイクはアミィに向けて、妙な笑いを浮かべながら言った。
「ハハッ、なんだいこりゃあ、俺の自慢のボディがズタズタじゃないか、やっぱりお嬢ちゃん、腕に何か仕込んでたな? 教えてくれよ、お嬢ちゃん、俺に何したんだ?」
ダイクの問いに、アミィもまたダイクと同じような笑みを浮かべて答える。この空気は、俺にアミィとダイクの喧嘩の終わりを予感させる。
「そんなに難しい話じゃないさ。足首、膝、腰、肩、肘、手首に至るまでの加速力と回転力を加えた、いわゆる『コークスクリューブロー』ってやつだ。お前も知らない訳じゃないだろ?」
「いや、そりゃあ解るが、それだけで、こうは、ならんだろ、お嬢ちゃん。あ~ いや、まあ、そんなこともうどうでもいいわな」
「まあ、事実は事実だ、それ以上でも以下でもないさ。それより、お前、なかなかいい格好になったみたいだが、まだやれるかい?」
アミィはダイクに向けて、ニッと笑みを浮かべ、手を差し伸べながら問いかける。そして、ダイクは首を折ってアミィの問いに答えた。
「ハハッ、本来なら降参するべきなんだろうが、立場上そうもいかないんだよね! まだ俺にもとっておきがある。どうだい、お嬢ちゃん。俺の全力、受け止めてくれるかい?」
そんな、あんなになってまで、ダイクはまだ諦めていないのか。正直、俺達がこのままこの場から離れて、このまま放っておいてもダイクの機能は停止して、駆け付けた警察に保護されるのは目に見えている。
それでも、穏やかな表情でアミィを見つめるダイクからは、一瞬何だか初めて会ったときと同じ様な親しみやすさを感じてしまった。アミィを殺そうとした奴なのに、何でなんだろう。
そして、そんなダイクの願いに、アミィは差し伸べた手を引っ込めながら、ファイティングポーズで答えた。
「解った、お前の気の済むまで相手してやるよ。そうと決まれば仕切り直しだ! さっさと自分の足で立って、俺を倒してみなっ!」
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