インファイト!
互いの距離はおおよそ10メートル、遠巻きに二人を見守る俺はただただアミィが無事に帰ってきてくれることだけを願っていた。しかし、ダイクはステップを刻んだままアミィに近づこうとはしない。
「どうした、お嬢ちゃん。俺と遊んでくれるんだろ? どっからでもかかってきなよ、なあ?」
「まあ、そう焦るな。俺だって久しぶりに手応えのありそうな相手に出会えて嬉しいんだからさ。お前、強いなあ、見ただけで解るよ。さ~て、これはどうしたもんかな……」
そう言って、アミィはニヤリと笑いながらダイクの方を向いたまま動かない。いや、動かないんじゃない、動けないんだ。二人の間では俺が考えもつかないような駆け引きが交わされているのだろう。
しばらくの膠着状態の末、ダイクのステップが止まり、ファイティングポーズを解いてアミィに呼び掛ける。
「あ~ 駄目だなこりゃ。こんなんじゃやる気にもならねぇよ。いや~ 参った参った」
その様子に、アミィの表情に僅かに警戒の色が浮かんだ。
「どうした、怖じ気付いて帰る気にでもなったか? 俺達としてはそれが一番助かるんだけどな」
アミィからの問いに、ダイクは余裕綽々でおどけたようなポーズを取りながら答えた。
「馬鹿言っちゃあいかんよお嬢ちゃん。そうじゃない、あんな挑発するもんだから、お嬢ちゃんがどれだけ強いもんかと期待したんだが、あまりに期待はずれでどうしたもんかと思ってさ」
「なるほど、期待はずれ、ねぇ……」
アミィの顔に笑みが浮かぶ。俺はアミィの笑みから今まで見たことがない、ある種怒気じみたものを感じ、ゴクリと唾を飲む。
「嘗めてくれるじゃないか。解ったよ、それじゃあ、遠慮無くこっちから行かせてもらうぜ!」
アミィの腰が更に沈み、その直後にその場からアミィが消えた。サスペンションの伸縮による高速移動。石畳にヒビが入るほどの踏み込みと共に、アミィの体がダイクに向かって一直線に跳んでいく。
「おっ! 速いなあ! お嬢ちゃん。でも、真っ直ぐすぎるぜ。それじゃあ返り討ちにしてくれって言ってるようなもんだ!」
そう言って、ダイクは余裕の体勢のまま、迫り来るアミィが到達するタイミングを見計らい、右足を蹴り上げる。マズイ、奴はアミィのスピードを全く苦にしていない!
このまま行けば、アミィはサッカーボールよろしく、速度エネルギーを加算した蹴りを食らうのは必定。しかし、そんな俺の予想は当たることはなかった。
蹴り上げられた右足がアミィを捉えることはなく、足がかするかかすらないかといった距離で、石畳が砕ける音と共にアミィの体がビタリと止まった。
「あらら、そう来ちゃう?」
ダイクはそう言いながら右足を盛大に空振りし、片足立ちになる。アミィはその場で深く前のめりになっている。
「ま、これくらいは看破してくるだろうとは思ったよ。やっぱりお前、強いな。いいなあ、お前! こうでなくっちゃあ俺も楽しめないからなあ!」
ギリギリとサスペンションが軋むアミィの右足。そして、そのエネルギーはそのままダイクへと向けられる。
「まずは一発。ひとまずこんなのはどうだい? デカブツ」
アミィが砕けた石畳を舞い上げながら斜めに跳んでいき、目の前のダイクの顎めがけて右腕を振り抜いた。しかし、ダイクはそのアミィの拳を仰け反ってギリギリで避けた。
「あっぶねぇっ! いやあ~ これはもう数センチずれてたらヤバかったな。いかん、ちょっと油断しすぎたわ」
片足立ちのまま仰け反ったダイクは、左足で後ろに跳躍し、アミィとの距離を取る。異様な体勢のままの後ろへと跳ねていくダイクからは、まだまだ余裕を感じられた。
「いやいや、正直驚いたよ。お嬢ちゃん、見た目の割には結構やるじゃないの。でも、そんなんじゃ俺は倒せないよ」
「そうかい、それじゃあ、改めてこっちから行かせてもらうぜ!」
そう言って、今度は小刻みに幅の広いアトランダムなステップを踏みながら、アミィはダイクに詰め寄った。そして、お互いの距離がほぼゼロになったところで足を止めての打ち合いが始まった。
やや大振りなダイクの攻撃とは対照的に、アミィはダイクの攻撃の間隙を縫って、小刻みに、確実に拳を当てていく。お互い打ちつ打たれつの攻撃の応酬、そのスピードは素人の俺には目で追うのがやっとだった。
「お嬢ちゃん、何者だい? こんなに切れたパンチ、あっちでもそうそうお目にかかれないよ。それに、なんか腕に仕込みもありそうだね。いいねぇ、俺も楽しくなってきたよ」
「そいつはどうも。お前もなかなかやるじゃないか、誉めてやるぜ。でも、いつまでそんな余裕をこいていられるかな?」
この体格差での打ち合い、どう見てもアミィが重量的に不利なのは明らかにだ。しかし、しばらく経って俺は違和感に気づいた。
ダイクの攻撃がアミィに当たらない。いや、当たらなくなってきている。そのことにはダイクも気付いているらしく、少しずつダイクに焦りの表情が浮かぶ。
「クソッ! やりにくいぜ。何でこんなチビに俺が押されなきゃならねぇんだ! チクショウめ!」
苛立つダイクから攻撃を、アミィは最小限の動きで回避し、弾き、いなしていく。ダイクの攻撃は、焦りから段々荒くなっていることが俺の目からでも解った。
「お前、俺みたいなチビと殴りあったことないだろ、動きで解るよ。どうだい、的が小さいと存外やりにくいもんだろ? リーチの差もここまで近づけばむしろメリットさ」
「フン! 小賢しい! それならこうするまでさ!」
ダイクはアミィから距離を取って初めのようにステップを踏み始めた。その動きからは僅かな焦りを感じこそすれ、疲れやダメージは感じられなかった。
「ま、所詮チビのパンチだわな。当たってもどうってことはない、これじゃあいつまで殴られてもダメージは無ぇ。それはお嬢ちゃんだって解るだろ? だから、諦めて降参してくれよ。そうしたら、今日のところは見逃してやらんでもないぜ?」
ダイクからのこの提案、本来なら承諾して俺とアミィの安全を確保するのが正解だろう。でも、俺はその選択をすることが出来ないでいる。そして、それはアミィも同じだった。
「アホか、お前。このままお前を逃がしたらなにするか解ったもんじゃないだろうが。お前はここで俺がキッチリ潰してやる。だからよ、お前も本気で来な。お前、まだなんか隠してるだろ」
アミィからの指摘に、ダイクはビクリとする。そして、ダイクは高笑いをしながら話し始めた。
「ブラボー! 最高だよ、お嬢ちゃん! お嬢ちゃんこそ、俺が今日まで探し続けてきた好敵手だ! オーケー、本当は使いたくなかったんだが、俺の本当の姿をお前らに見せてやるよ!」
アミィの言う通り、ここで俺達が逃げたら更なる被害を産むことになる。それでも、俺はアミィを危険に晒すだけはしたくなかったんだ。
俺は迷い迷って、アミィにこの場から立ち去るよう言おうとした。でも、それより先に、アミィが俺に向かって声を張り上げた。
「大丈夫! 今の俺は恭平と同じ気持ちだ! 待ってな、俺は負けない、絶対にお前の元に帰ってくる! 約束だ!」
やっぱり、アミィには俺の考えていることなんてお見通しか。アミィは目の前で上着を脱ぎ捨て、背中を丸めて唸っているダイクをただジッと腕を組んで見据えていた。
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