菊の花への贈り物
週末の夕食を終え、いつものように食器の片付けをしていると、ご主人の部屋から何やらドタバタと音がしてきた。全く、こんな夜分に何を騒いでいるのやら。
お隣様にも御迷惑でしょうから、ここはさっさと片付けを済ませて、久しぶりにご主人にお小言のひとつでも言って差し上げましょうか。ふふっ、腕がなりますね。
そんなことを考えながら食器を洗い終え、食器棚に戻したタイミングで、ご主人が部屋からドタバタとキッチンに駆け込んできた。その顔にはうっすらと汗が浮かび、息も少々荒くなっていた。
「あったあった! ゴメン、キッカさん、ちょっといいかな?」
「何ですご主人、そんなに慌てて。もう夜も遅いのですからあまり騒がしくしないで下さいませ」
「あ、いけね! ゴメンよキッカさん。でも、これは忘れないうちにやっておきたかったんだ。ほら、俺ってばやらなきゃいけないことに限ってすぐ忘れちゃうからさ」
「? ご主人のスケジュールにつきましては、私の方で管理しておりますが、特にそのような火急の用事は無かったかと」
「いやいや! 実はこれについてはキッカさんに内緒で準備したかったんだ。だって、こんなことは事前に言うことじゃないからさ!」
あら、珍しい。普段は『俺じゃすぐに忘れてしまうから、キッカさん覚えといて!』と言って、スケジュール管理は私に一任しているというのに。
「私に内緒にしないといけないような、何かやましいことでも画策しておられたのですか? ご主人」
「いやっ! そんなんじゃないんだけどさ! その、何て言うか……」
「ゴニョゴニョと歯切れが悪いですね、キリキリ白状してはいかがですか? ご主人。それとも、ご所望であれば私、締め上げて吐かせてもよいのですよ?」
これはもちろん冗談だけれど、ご主人は私からいじめられるのがお好みのような節もあるのも事実。さて、どんな反応が帰ってくるやら。
「えっと……それじゃあ、取り敢えず、これを受け取ってくれないかな? キッカさん」
そう言って、ご主人は細くて白い箱のようなものを私に差し出した。私はそれをご主人から受け取り、ふたを開けてみた。すると、中にはトップにダイヤモンドをあしらったネックレスが入っていた。
「これは、何ですか? ご主人。いえ、ネックレスであることは解るのですが、これを私に渡した訳についてお聞きしましょうか」
私からの問いかけに、ご主人はモジモジとしながら、これまた歯切れの悪い口調で答える。
「えっとさ、前に紫崎がメリーさんにプレゼントを渡したいって言ってたときに、キッカさんにも協力してもらったじゃん? そのときに、俺だってキッカさんに感謝してるって言ったよね? だから、さ、俺も……」
察するに、つまりこれは、ご主人から私へのプレゼントということなのだろう。しかも、私の審美眼によればこのダイヤモンドは正真正銘本物だ。全く、ご主人は今我が家の財政状況が解っているのだろうかと呆れてしまう。
「ご主人、理由が私にあるとはいえ、正直、家計は火の車と言っても差し支えないということはご主人も御存じですよね? このようなものを買うお金はどこから捻出したのか、私に聞かせて下さいませ」
「ちょい待ち! 詳しくは言えないけど、誓って生活費を使い込んだりはしてないから! 第一、通帳だってキッカさんに任せてるから、うちのお金の流れは俺より詳しいだろ?」
「それは解ってますっ! そうなると、これを買うお金はご主人の食費や交際費から出てるということになるではないですかっ! ご主人が身を削ってまでこんなものを私に渡すなど、あってはならないことでしてよ!」
そう、何に置いても最優先なのはご主人の健康だ。それを侵害してまでこんなプレゼントなんか欲しくない! 私は心を鬼にしてご主人に食って掛かる。
しかし、ご主人から帰ってきた答えは想像していたものとは大分異なるものだった。その顔はあくまで真剣、私の目から見ても嘘を言っているようには見えなかった。
「大丈夫、そんなことしてないから。今は言えないけど、そのネックレスはキッカさんに受け取って欲しいんだ。いつか話すときが来るだろうけど、今はまだそのときじゃないんだ。だから、何も言わずに受け取ってよ、頼むよ、キッカさん」
こんなに真面目な表情をしたご主人は初めて見た。そしてご主人からは何だか少し後ろめたさのような影が出ているようにも見えた。これ以上の追求はしてはいけないと、私の勘が言っている。
「そうですか……それでは、ご主人からの好意を無下にするの如何なものかと思いますので、こちらのプレゼントにつきましては、謹んでお受け取り致します」
「そんなに畏まられるの何だか悪い気がするんだけどさ。そうだ! どうせだから、今付けて見せてよ、キッカさん!」
「全く……解りました、ご主人が仰るなら、そのように」
私はご主人に言われるまま、ネックレスのチェーンを外して、首に巻いて留め金を首の後ろで留めた。
「はい、付け終わりました。しかし、このような装飾品を身に付けるのは初めてで、何だかソワソワしてしまいますね……」
目を下にやると、私の胸元に電灯の明かりを受けてキラキラと輝くダイヤモンドが見える。正直なところ、美しさを感じずにはいられない。
ふと顔を上げると、目の前にはご主人の顔が見える。その目からは、少し涙のようなものが見えた気がした。何も泣くことなんかないのに、変なご主人。
「さ、もういいでしょう。それと、先に申しておきますが、もし今後家計が傾くようなことがあれば、こちらは問答無用で質に流しますので、そのつもりで」
「そんなあ~ そりゃないよキッカさ~ん!」
「ふふっ。そうならないようにご主人はせいぜいキリキリ働いて稼いできてくださいな」
「り、了解いたしました!」
「さて、それではそろそろご主人は休まれてはいかがですか? こちらを探すのに存外苦労をされていたようですし、ね」
「そうだな! それじゃあ、お休み! キッカさん!」
「はい、お休みなさいませ、ご主人」
もちろん、せっかくのプレゼントを質に流したりなんかしませんが。それにしても、プレゼントをもらうというのは存外嬉しいものなのですね。私、考えを改めなくてはいけません。
このご恩に報いることが出来るよう、今後もより一層努めて参りますので、これからもビシバシいきますからね、ご主人様。
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