従者として、母として、家族として
しばらくして、琢磨坊っちゃんが難しい顔をしたまま目を開けて、私に向き直る。わたしはそんな琢磨坊っちゃんをただしっかりと見据える。
「その、なんだ、取り敢えずは僕の本当の母親はもういなくて、僕が産まれてからしばらくはメリーが母親代わりをしていたってことは解ったよ、うん……」
そう言って、琢磨坊っちゃんはしばらく黙って目を伏せる。わたしはそんな琢磨坊っちゃんを見据え続けた。もう迷いはない、これから坊っちゃんがどんなことを話そうと、わたしはこの気持ちを伝えると決めたんだ。
少しして、琢磨坊っちゃんが再び口を開いた。なんだか困ったような表情をしている琢磨坊っちゃん。それはそうだ、こんな話をされて、平然としていられるはずはない。
「う~ん、まず、僕としては正直本当の母親がもういないことがハッキリしただけで満足なんだよな、実際。さっきは少し動揺もしたけど、薄々それは解っていたんだと思う。でもなぁ……」
琢磨坊っちゃんはわたしの顔をチラリと見て、話を続ける。
「まさかメリーがそんなことを親父に薦めるなんて、よくもまぁ思いきったことをしたもんだと感心するよ。ま、それを容認した親父も親父だけどさ」
話を続ける琢磨坊っちゃんの顔が、少しずついつもの表情へと変わっていく。いや、むしろ、いつも以上に穏やかな感じさえする。
「やっぱり、あの時のわたしは旦那様のことで手一杯で、坊っちゃんの将来について考える余裕がなかったのかもしれません。そして、今日まで坊っちゃんを騙し続けてきたのは事実です。本当に申し訳ありませんでした」
旦那様から止められていたとはいえ、琢磨坊っちゃんを騙し続けてきたことに変わりはない。わたしにはただ頭を下げて、赦しを乞うことしか出来ない。
そんなわたしを見て、琢磨坊っちゃんはいつもと同じような、あっさりとした口調で声をかける。
「まぁ、メリーの言うことも解らないじゃないけど、今となっちゃあそんなこと気にすることもないだろ、それこそ無駄な労力さ」
「いえ! そういう訳にはいきません! わたしは従者としてあるまじきことを坊っちゃんにしてきたんですよ!」
「いや、まずその『従者』ってのがそもそも違うんだよな。まぁ、確かにメリーはあくまでメイドであって、僕達の身の回りの世話をするのが仕事なのは認めるけどさ、僕的にはメリーは……そうだな、それこそ『お節介な保護者』って感じなんだよ」
そう言って、琢磨坊っちゃんは椅子の背もたれに背中を預けて、天井を見上げる。そして、すぐに体を起こして再びわたしに向けて話し出した。
「さっきも言ったろ? 僕はメリーに感謝しているんだよ。こんな僕に飽きもせず世話を焼いてくれるメリーにさ。そこに上下関係もあったもんじゃないよ、少なくとも、僕の感覚としてはな」
「そんな、だって、わたしは……」
「そんな深刻そうな顔するなよ、メリー。親父の言葉を借りるなら、メリーは昔も、今も、今からも僕達の『家族』さ。僕はリアリストだからな、目の前の事実だけが真実なのさ」
「でもぉ……」
「でもも何もあるか! それが現実! それだけの話なんだ! だから、メリーが気に病む必要なんて無いんだよ! 解ったらこれからも僕の傍で世話を焼いてくれ! な!」
私には解る。琢磨坊っちゃんは目の前の現実に何とか折り合いを付けようと無理をしている。そんな琢磨坊っちゃんに、わたしはこれから残酷なお願いをしようとしているんだ。
それでも、一度だけでいい、これだけは。わたしの胸のうちに芽生えてしまった願い。それを琢磨坊っちゃんに伝える、伝えずにはいられない!
「解りました、坊っちゃん。このメリー、これからもより一層坊っちゃんのお世話をさせていただきます。ですが、ひとつだけ、わたしからお願いがあります。聞いていただけますか?」
わたしは、そう言って眼鏡を外して、精一杯の笑顔を琢磨坊っちゃんに向ける、はずだった。あれ、おかしいな、涙が止まらない。解らない、悲しくなんてないのに、涙が、止まらないよ。
「こんなことをお願いするのは間違いだということは解っています。それでも、一度だけ、一度だけでいいです。嘘でもいい、わたしのことを『母さん』と呼んでくれませんか?」
そう、わたしに芽生えた、言いようのない感情。アンドロイドであるわたしが持つはずがない感情。人間の言葉を借りるのであれば、『親心』というものだと、思う。
ああ、やっぱりわたしはあの時からおかしくなっていたんだろうな。こんな馬鹿げたことをご主人様のご子息にお願いするなんて、おかしい、おかしいよ。
でも、琢磨坊っちゃんはわたしの願いを叶えてくれることはなかった。それでも、それは琢磨坊っちゃんなりの優しさからであって、決してわたしを拒絶したわけではなかった。
「いや、それは駄目だ。お前がアンドロイドだからじゃない、お前は『メリー』だからだ。母は母、メリーはメリー、その事実は変わらない、変わらないんだよ」
そうよね、わたしはメリー、紫崎家に仕えるメイドアンドロイド。それ以上でも以下でもない。だけど、だから、わたしはわたしなんだ。
「はいっ……! はいっ……! わたしはメリー……! メリーですっ……!」
「ああ、お前は俺達のために傍にいてくれる、大切な家族の、メリーだ。メリーだよ」
こうして、わたしと琢磨坊っちゃん、そして旦那様との間でこれまで以上の絆を手に入れることが出来た。従者としてではなく、家族として迎え入れてくれた幸せ。これ以上ない幸福をわたしは味わっているに違いない。
後日、旦那様と琢磨坊っちゃん、そしてわたしの三人で奥様のお墓参りへと行った。快晴の空、小高い丘の上の小さな墓地。琢磨坊っちゃんにとっては初めての母親との対面。琢磨坊っちゃんは長く、長く、手を合わせていた。
丘を抜ける風が私達の肌を撫でる。季節はもう冬、木々の賑わいは無く、少し寂しさを感じてしまう。それでも、季節は巡る。わたし達が共に過ごす時間と共に。
奥様、これからもわたしは旦那様と坊っちゃんと共に歩んで行きます。どうか、空の上からわたし達のことを見守っていてくださいませ。
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