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【旧】アミィ  作者: ゴサク
九章 親心
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君は、君だ

 旦那様が夕食を食べ終え、片付けが全て済んだリビングで、私は自分がおかしくなってしまったことを旦那様に話し始めた。旦那様はただ食後のお茶を飲みつつ私の話を黙って聴いてくれた。


 ああ、やっぱり、どうしたって声が震えてしまう。申し訳なさやこれからの自分の処遇のことを考えながらのお話になってしまって、うまく話が伝わっているかが自分でも解らない。


 なんとか自分なりに話し終え、旦那様にこれから自分がどうするべきなのか指示を仰ぐ。私の意思なんて関係ない、私が正気なうちに旦那様に今の私を終わりにして欲しい。


『申し訳ありません、旦那様。私にはもう旦那様にお仕えすることが出来そうにありません。私は従者としてあるまじき感情が芽生えてしまいました。どうか、旦那様の手で私を処分してください。お願いします……お願いします……』


 私は頭を下げて旦那様に懇願した。目からは自然と涙が出てくる。今私が感じている悲しみさえ歪んだ作り物のはず。だから、こんな不良品の命なんかもう終わりにして欲しい。


 でも、そんな私に旦那様がかけてくれた言葉は意外なものだった。そう、私がまるで想定していなかった、暖かい言葉。私は旦那様の言葉にただ耳を傾ける。


『いや、正直に言うと、いつかはこんな日が来るんじゃないかと思っていたんだ、本当に、君にはこんな私の我が儘に何年も付き合わせてしまって申し訳ないと思っているよ』


 そんな、私は旦那様のもの。従者が主人に謝罪なんてとんでもない。そんな私の想いをよそに、旦那様は話を続ける。


『妻を亡くしたショックで、私もおかしくなっていたんだろうな。自分がここまで脆い人間だということを思い知ったよ。だから、あの時の君の提案に乗ってしまったんだと思う』


『いえ! あれはただ旦那様の悲しむ姿が見ていられなくて……』


『うん、あの提案をしてくれた君に対しては今でも感謝しているよ。でもね、人はいつかは死ぬんだよ、君達と違ってね。君達には『死』という概念が無いから、あまりピンと来ないかもしれないけどね』


 確かに、私達は死ぬことはない。メモリに障害がでない限りは永遠に生き続ける。それでも、ある日自分が消えてしまうかもしれないと考えてみると、体の芯が冷たくなるのを感じる。


『いえ、私にも解ります……多分』


『そうかい、それならいいんだ。さて、話を戻そうか。君達と人間の違いに『肉親の有無』がある。これも君達にはよく解らないかもしれないけど、『大切な人』と言い換えればザックリとは伝わるだろう』


 私にとって大切な人。それは旦那様と奥様、そして琢磨坊っちゃん。私はこの三人のために存在しているといっても決して過言じゃない。


『大切な人を喪う悲しみはね、誰もが確実に味わうものなんだ。それを私は君に甘えて誤魔化そうとしていたんだよ。いや、全くもって恥ずかしい』


『そんな! 私は旦那様達の為ならなんだって……』


『それでも、君は自分を処分して欲しいという。それこそ私には耐え難い。メリー、君は私の大切な『家族』だ。昔も、今も、これからも』


『そんな……私は旦那様達の従者で……』


『いや、君は、君だ。従者でもなく、ましてやアンドロイドとしての括りさえ越えた、大切な、家族のメリーだ。そんな君に妻の身代わりをさせてしまうなんて、全くもって愚かしいことをしたものだよ』


 愚かしい。この言葉に私の気持ちが反応してしまう。私だって一生懸命考えたのに! その気持ちを愚かしいだなんて。


『わ、私だって怖かった! だんだん自分が自分じゃなくなっていくのか怖かった! それなのに、それなのに……』


 しまった、ついに旦那様に向かって言葉を荒げてしまった。もう時間がない、早く、早く!


『もうダメです、旦那様。私こそ旦那様にこんな意見するような愚かしいアンドロイドです。どうか、どうか……』


 必死で懇願する私を、旦那様は悩ましげに見つめて、少し呼吸を置いて再び話し始める。


『メリー、君はそもそもおかしくなってなんかいないよ。むしろそれが当たり前なんじゃないかと思うんだ、私は』


『どういう、ことですか?』


『いや、君達アンドロイドは人工知能とはいえ、私達人間と変わらない判断能力があって、現に君は人間として何も問題なく暮らしていたわけだ。今だって、君は私に思いの丈をぶつけてくれた。君はただ私達と同じように『心』を持っているというだけなんだと私は思う』


『心……ですか』


『ああ、私は門外漢だから人工知能の仕組みなんて解らないけど、少なくとも君には人間と同じ気持ちが宿っているんだ。それは間違いないよ』


『で、でも! 私は自分が歳をとるなんて妙な妄想を!』


『それは君が琢磨を大事に想うばかりに夢見た幻さ。一緒に時を過ごしたいと想う気持ちが君に幻を見せた、ただそれだけだよ』


 確かに、私は琢磨坊っちゃんが大好き。一緒の時間を共に過ごしたいと想っているのも紛れもない事実だ。この気持ちが見せた幻……そう、なのかもしれないな。


『それに、今だから言うけど、実のところ私はこの数年、君のことを妻の換わりとして見ていた訳じゃないよ、メリー。むしろあの頃より君のことが大切になってる、間違いなくね』


『それは、どういう……』


『いくら外見が違っても、妻の真似事をしてみても、君のことを妻として見ることは、出来なかった。君にこんな苦しい想いをさせておいてだが、どうしても、出来なかった……』


『それじゃあ、これまで私がしてきたことは……』


 そんな、これまで私がしてきたことは無駄だったのか。狼狽(ろうばい)する私を見て、旦那様は少し大きめな声でなだめる。


『それは違う! 君のこれまでの献身は間違いなく私を癒してくれた。ただ、年月が私の頭を冷やして、本当に大切にするべきものは何なのかを気付かせてくれただけなんだよ、メリー』


 そう言って、旦那様は両手を私の頬に当て、ジッと私を見つめた。


『メリー、気付かないか? 私がメリーのことを『君』と呼んでいること。私が女性のことを君と呼ぶのは君が二人目、一人目はもちろん妻だ。これがどういうことか、解ってくれるか?』


 これはつまり、旦那様が私のことを奥様と同じくらい大切な存在だということを言いたいのだろう。そんな、私なんかが畏れ多い。


『そんな……私は所詮アンドロイドで、そんな風に想われる資格なんて……』


『関係ない! 私と妻、琢磨にメリー! 一人たりとも欠けることはない、私の家族だ! それは何が起きようがずっと変わらない!』


『旦那様……!』


 ああ、私は幸せ者だ。こんなに想ってくれるご主人様の元に居られるなんて。機械の私を、家族だと言ってくれるなんて。


 …………


 こうして、わたしは自分の過ちを改めて、再び元の素体にメモリを移し、メリーとして旦那様と琢磨坊っちゃんの人生に寄り添うことを心に誓った。


 ちなみに、廃棄する予定だった素体については、旦那様がこうなることを見越して業者から取り戻していたらしい。正直、わたしも少しは前の姿に未練があったから、元通りの体になれてよかったと思う。


 そして、今、わたしは立派に大きくなった琢磨坊っちゃんの目の前にいる。この話を聞いた琢磨坊っちゃんは、ただただ難しい顔をして目を閉じて考え込んでいた。

ここまで読んで頂き有り難うございます!

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