変身
『お前が……朝美に……? どういう意味だ、メリー』
『あわわ! 申し訳ありません、旦那様! 言葉足らずでした! つまりはですね……』
それから私は、旦那様に私が画策する計画について話した。
アンドロイドである私のメモリを、奥様とそっくりにオーダーメイドした素体に載せ替える。これが現状を好転させるための私に出来る唯一の手段だ。
奥様の御遺体は既に荼毘に臥せられてはいるものの、今時写真からでも3Dの素体を作成することなど簡単なことだ。
実際、不慮の事故などで肉親を喪った人が生前そっくりのアンドロイドを傍に置くというのは珍しい話ではなかった。
しかし、それはあくまでごまかしに過ぎず、アンドロイドの性格と生前の性格との不一致が原因でむしろアンドロイドの持ち主が精神をますます病んでしまうケースが急増する事態となった。
そのような背景もあり、現在は故人を模したアンドロイドを傍に置くことは法律で制限されており、精神鑑定及びカウンセリングを経て、『リライフ・ライセンス』という特殊な免許を取得することで初めて故人を模したアンドロイドを所持することが出来るのだ。
今回のケースの場合、ライセンスの取得後に私のメモリを新しい素体に載せ替えることになる。それ自体は何ら問題はない、むしろ、素体の更新なんかはよくある話だ。
しかし、問題はその後の生活だ。私に奥様の替わりが務まるだろうか。私は旦那様に遣える身、従者としての心得はあれど人間同士が持つ、『愛』という感情を私は持ち合わせていない。
それでも、上辺だけなら、奥様の真似なら、私にも務まるかもしれない。
私は何年も奥様の世話をしてきた。奥様の癖や仕草を真似することは容易い、そう、私には出来るはずだ。というより、今の旦那様の現状を鑑みると迷っている暇はない。
『私は旦那様に遣える身であり、奥様に遣える身でもある。それは奥様が亡くなられても変わりません。ですから、奥様の御遺志を継ぐためにも、私のこの提案……いえ、お願いを聞いて戴けませんか? 旦那様』
旦那様は私のお願いを聞き、手を組んでテーブルに顔を伏せる。旦那様とて精神的に参っていることは自覚しているはずだ。このまま手を打たなければ旦那様の体、ひいては旦那様が抱える社員の今後に多大な影響が出ることは必死だ。
『メリー、お前はそれでいいのか? お前は私のために自分を捨てるというのか? 正直、私はお前の提案に乗りたいとは思っている。思ってはいるんだが……』
ああ、やはり旦那様は優しい方だ。従者である私にさえ気をかけてくれる。こんな御主人様をもった私は幸せ者だ。
だからこそ、そんな旦那様を救ってあげたい。どんな手を使ってでも、その結果がどうなろうと。
『旦那様、私は従者です、アンドロイドです、所詮は機械です。旦那様はただ一言、私に御命令してくれるだけでよいのです。さあ、お顔を上げてくださいな。そして、私に、命令してください。これはメリーとしての最初で最期のわがままです。お願いします、旦那様』
『済まない……済まない、メリー。私が弱い人間であるばかりに……』
『よいのです、よいのですよ、旦那様。さあ、御命令を……』
そう、これでいいんだ。私は旦那様と奥様、そして琢磨坊っちゃんのためだけにその命を注ぐ。それがメイドとしての務め、そのために私は存在するのだ。
『メリー……お前の未来を、俺達に、くれないか……』
『はい、承りました、御主人様。それでは、明日から諸々の手続きの準備を致しますので、御主人様はそろそろお休みになってください』
『ああ、頼む……』
こうして、旦那様は私の提案に賛成してくれた。さあ、これからが忙しい。奥様そっくりの素体手配、旦那様のライセンスの取得申請、そして、私の素体の廃棄。
これから先、私は奥様の替わりとして生きていく。そのためには、私の素体は今後の邪魔になる。私の元の体への未練が私を縛ることになるのは間違いないだろう。
これで、外面上はメリーというメイドアンドロイドがいなくなるだけ。ただ、それだけ。
あぁ、念のため私が写っている写真なんかも全て処分してしまおう。やるなら徹底的に、完全にメリーという存在を抹消してしてしまわなくては。
それでも、やっぱり、寂しいものは寂しい。だから、今夜だけ、今夜だけは、メリーとして最期の想い出を作らせてください。
…………
私は琢磨坊っちゃんが眠るベッドの傍までやってきた。小さな体、柔らかそうなほっぺ、握れば折れてしまいそうなか細い手。まだ私の顔も覚えていないであろう、可愛い、琢磨坊っちゃん。
『琢磨坊っちゃん……これからは本当のお母さんがあなたの傍にいますからね……大丈夫ですからね……』
嘘だ。本当のお母さんはもういない。これから先、私は琢磨坊っちゃんを騙し続けていくのだ。
それでも、それが旦那様と奥様、琢磨坊っちゃんの幸せのためであれば何の苦でもない、これは仕方ないことなんだ。
それでも、私という存在がいたことを、琢磨坊っちゃんにも覚えておいて欲しい。知って欲しい、そして、愛して欲しい。
馬鹿な、私はアンドロイド、愛なんて持ち合わせていないんだ。それでも、この気持ちは多分、嘘じゃない。
『それじゃあ、短い間でしたけど、お別れです。さようなら、琢磨坊っちゃん』
私は琢磨坊っちゃんを起こさないように、ゆっくりと、軽く、琢磨坊っちゃんのほっぺにキスをした。
こんなことをしたって琢磨坊っちゃんに今の私の気持ちが伝わるはずもない。でも、こうせずにはいられなかった。
これが、私が奥様の替わりのなった経緯の全て。そして、数年経ったある日、とある出来事により、再び私のメリーとしての時間が動き出すことになった。
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