苦渋の決断
奥様が亡くなってから月日が経ち、四十九日を終えて、私には少し気持ちに余裕が出来てきた。
でも、旦那様は相も変わらず仕事で忙しい。上に立つ人間にはどうしたって責任が付いて回るものだ。
もともと旦那様が奥様と一緒に過ごす時間はそれほど長かった訳じゃない。それは、身の回りの世話をしていた私がよく知っている。
それでも、そんな旦那様を見ていると、私は、とても辛い。替われるものなら替わってあげたい。
それは今に始まったことじゃない。私はもっと旦那様に奥様と一緒の時間を過ごして欲しかった。
でも、それは到底無理な話。私にはそんなこと出来っこないし、それ以前に私はアンドロイドだ。
主人に与えられた命をこなすのが私の存在意義であり、旦那様から仰せつかった命は、
『妻を、宜しく、頼む』
これだけだった。
奥様はもともと体が弱く、日常生活すら私の補助なしでは難しいほどだった。それでも、奥様は旦那様の子供だけは、お世継ぎだけは生んであげたいと、常々私に笑いながら話してくれた。
もともとの体質なのか、体調が悪いからか解らない、奥様の透き通るような白い肌。私にはそんな奥様を止めることは出来なかった。出きるはずもなかった。
そして、奥様は琢磨坊っちゃんを残して、この世を去ってしまった。幸い、坊っちゃんの体には異常はなく、今は私が付きっきりでお世話をしている。
私はもともと介護用に作られたアンドロイドだ、これくらい出来ないとお話にならない。坊っちゃんの未来は、私が全性能をつぎ込んで幸多いものにして見せる!
それは心配ない、心配ないのだけれど、私が心配しているのはまた別のことだった。
このままでは、旦那様は近い未来に駄目になってしまう。これは長く旦那様に遣えてきた私の直感だ。
これまで旦那様を支えてきたのは、『奥様が家で待っていてくれる』という、当たり前なようで、今ではそうでなくなってしまったことだった。
私に出来ることは所詮は身の回りのお世話だけ。私は、奥様の替わりには、なれない。少なくとも、旦那様の妻としては。
いや、私に出来ることがひとつだけある。それは、アンドロイドである私だから、いや、旦那様と奥様に遣えるアンドロイドである私にしか出来ないことだ。
こんなことをしたって気休めにしかならないことはよく解っている。むしろ、旦那様に苦痛を与えることになるかもしれない。
それでも、今の旦那様は見ていられない。一刻も早く、旦那様を苦しみから救ってあげたい。
私は、いい。どんな姿になろうが私は私。よくも悪くもそれだけは紛れもない事実だ。
よし、そうと決まれば、早速、今日にでも旦那様に相談してみよう。
これは、私自身が、命令される訳でもなく、自ら導きだした答えだ。
これは従者としての分を越えた答えなのは間違いない。私は余りに逼迫した状況に少し変になってしまったのかもしれない。
それでも、私はこうせずにはいられない。
こうして、私は強い決意を胸に旦那様の帰りを待つ。いつものように、暖かい料理を作って、いつものような、笑顔で。
…………
『ただいま、メリー。すまんな、今日も遅くなってしまったよ。琢磨の様子はどうだ?』
『お帰りなさいませ、旦那様。琢磨坊っちゃんはお変わりありません。ぐずらずいいこにしていましたよ。今はぐっすり眠ってます』
『そうか……それならいいんだ。さて、帰ってきて早々だが、私はもう休もうかな……』
『旦那様! お夕食の方は!?』
『いや、悪いが今日はあまり食欲がないんだ……』
そう言って、旦那様は私の横を抜け、自室へと向かおうとする。痩けた頬、増えた白髪、虚ろな目。明らかに危険だ。
『旦那様! 昨日もそう言ってお夕飯を食べなかったじゃないですか! 今日は私からお話もありますので、着替えてキッチンに来てくださいませ!』
『あ、あぁ……解ったよ……メリー……』
旦那様は、呆気にとられた様子で私を見て、フラフラと自室へと戻っていった。そのまま寝てしまわれないか心配だったけど、旦那様は私のいうことをしっかり聞いて、キッチンへと来てくれた。
…………
『さ、こちら、お夕飯のおかゆです。最近旦那様は胃の調子が優れられないようですし、夜も遅いのでこれくらいにしておきましょう』
『あぁ、助かるよ……最近胃が食べ物を受け付けなくってね。やっぱりメリーは私のことをよく見てくれているよ。ありがとうな』
『いえ、それが私の仕事ですので。塩加減はいかがですか?』
『うん、丁度いいよ。具は……レタスと貝柱か……』
『少しでもたんぱく質と食物繊維を取っていただきませんと! おかわりもございますので、どんどん食べて下さいね!』
『あぁ……ありがとう……ありがとう……メリー……』
旦那様がおかゆをすする様子を、私はテーブルの対面で眺める。人は支えを喪うだけでここまで弱々しくなるものなのか。
厳格さと豪快さを併せ持っていたはずの旦那様がここまで憔悴するとは、奥様の存在がいかに旦那様にとって大切だったかを改めて感じた。
『ふぅ。ご馳走さま、メリー。腹に食べ物が入ったらちょっと元気が出てきた。無理してでも食べておいて良かったよ』
『はい、お粗末様でした』
『それで……さっき私に話があるとか言っていなかったかい、メリー?』
よし、今の旦那様なら私の言うことをハッキリと理解してくれそうだ。言ってみるだけ、言ってみるだけでもこれからの生活が好転するかもしれない。
『はい、旦那様。聞いてください……私……私……』
さあ、どう言ったものか。まず何から言おうか。なぜそうしたいのか。そうしてどうなるというのか。そんなことが頭の中でグルグルしてしまう。
うつむく私を、旦那様は黙って待っていてくれる。そうして、やっと私の喉から出た言葉は、それだけでは色々と誤解を受けそうな、自分でも意外な言葉だった。
『私……奥様になります』
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