嘘のアルバム
お掃除、洗濯、夕飯の買い出し。今日もいつもと同じようにメイドとしての仕事をこなしていく。
今日は休日、坊っちゃんは何か用事があるみたいで朝から出掛けてしまった。
それならわたしには好都合。一通り家事を終えたわたしは、部屋の隅のほこりが被った本棚で、唯一出し入れの形跡がある本を取り出す。
窓からは昼下がりの爽やかな風が抜け、部屋の隅々に冬の訪れを感じさせる冷たい空気がわたしの体を包んでいく。
わたしの手には一冊のアルバム。本人はバレていないと思っているみたいだけど、わたしは坊っちゃんが時折このアルバムを眺めながら、物思いにふけっていることを知っている。
わたしはこのアルバムを見るのが大好きだ。坊っちゃんがいないときは大抵このアルバムを眺めながら過ごしている。
坊っちゃんが産まれてから今日まで、色々な表情の坊っちゃんの写真がファイリングされている。
わたしは窓際のテーブルで、洗濯が終わるまでの間、淹れたての紅茶を飲みながらアルバムをめくる。休日の坊っちゃんの留守は久しぶり、このアルバムを見るのも久しぶりだ。
母親に抱かれながらスヤスヤと眠る坊っちゃん。母親の隣で誕生日ケーキのろうそくを吹き消す坊っちゃん。小学校の入学式を終え、親子並んで校門の前ではにかむ坊っちゃん。どれも今の坊っちゃんが見せることのない豊かな表情をしている。
でも、ある時を境に坊っちゃんの顔から光が消える。母親が突然いなくなり、代わりにわたしがやってきてからの坊っちゃんは、それはもう今こうしてみても涙が出そうなくらい変わってしまった。
今でこそ坊っちゃんとわたしの関係は良好だけど、出会った当初は坊っちゃんはわたしのことを寄せ付けようとしなかった。
思春期に訪れた、いきなりの母親との別れは坊っちゃんの性格を内向的なものに変えてしまった。
学校から帰ったらそのまま自分の部屋にこもってしまう生活、わたしはそんな坊っちゃんを見るのが辛かった。
いや、坊っちゃんをそんな性格にした原因の一端はわたしにあるのは間違いないんだ、申し訳ありません、坊っちゃん。
それからは、わたしも過剰にスキンシップを試みたものだ。どんなに坊っちゃんに突き放されても、わたしは諦めなかった。
今だって昔の坊っちゃんに戻ってしまうのが怖くて、つい坊っちゃんに抱きついたりしてしまう。
それはアルバムの中の写真にも度々見られる。最も、坊っちゃんがわたしと出会ってから今日までで、一緒に写った写真なんて数えるほどしかないのだけれど。
でも、違う。わたしはこのアルバムが嘘で塗り固めたものだということを知っている。
それは、元を正せばほんのわずかのボタンの掛け違い。誰が悪いわけでもない、今となってはもう取り戻せない嘘。
それでも、わたしはこのアルバムを眺めるのが好き、大好き。
そして、ようやく、ようやく、今日までつき続けてきた嘘を坊っちゃんに打ち明けることが出来る。
本来はわたしの口から言うべきことではないことは解っているけど、わたしはどうしても自分の口から坊っちゃんに伝えたかった。
わたしは何度も旦那様のところへ通い詰め、この話をわたしの口から話す許可を乞うた。
わたしはメイドアンドロイドだ、本来なら完全にわたしの分を越えた話であることは自分でもよく解っていた。
でも、そんなわたしのわがままな願いに、旦那様は折れてくれた。つい昨日の話だ、旦那様にとっても苦渋の決断だっただろう。
しかし、この話を坊っちゃんに一度したならば、わたしという存在がこれまでとはまったく別のものに変わってしまう。
その反動に坊っちゃんは耐えられるだろうか。いや、坊っちゃんだってもう立派な大人だ。
それに、最近は響さん達ともお友達になれて、あの頃の坊っちゃんの笑顔が戻ってきたと感じている。
坊っちゃんはなにも悪くない、それでも、この真実を伝えないまま過ごす人生は決して本物とは言えないはずだ。
わたしも、坊っちゃんにこの事実を伝えることが出来たなら、長年わたしを縛ってきた呪縛から解き放たれる。
ゴメンなさい、坊っちゃん。本当はわたしがこの真実を自分の口から話すことで、坊っちゃんに本当のわたしを知って欲しいだけなんです。
そして、長年坊っちゃんと過ごして湧いたこの気持ち、その正体をわたしは、知りたい。
自分のことばっかり考えて、わたしはメイド失格だ。それでも、わたしはメイドである以前に……
そんなことはがり考えているうちに、アルバムの最後のページにたどり着いてしまった。
そこには、つい最近響さん達とコンサートに行ったときに撮った写真が並んでいた。
そこには照れ臭そうに笑う坊っちゃんと、響さん達の何の忖度もない、本物の笑顔があった。本当に、よい友人ができてよかったですね、坊っちゃん。
さて、あとはわたしが勇気を出して、坊っちゃんに真実を伝えるだけ。この大役、わたしのメイドとしての全てを賭けて果たして見せます!
そして、もし坊っちゃんがわたしを受け入れてくれたそのときは……
いや! それだけはダメ! 言っちゃダメよ! メリー! それでも、面と向かって坊っちゃんと話したなら、わたしは自分を押さえ込める自信がない。
わたしは、決して言ってはいけない、でも、今一番坊っちゃんに言いたいこの言葉を、どうしたらよいか悩みながら、坊っちゃんの帰りを待つ。
そうだ、そろそろ洗濯物が洗い上がる頃だ。わたしはアルバムを閉じ、冷たい外気で冷めた紅茶を飲み干し、アルバムを本棚へと戻した。
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