紫崎の心の内
「僕も響先輩に相談してから自分なりに考えたんです。『メリーを喜ばせるためには何をすればいいか』って。そこで僕は『自分がされて嬉しいこと』をすればいいんじゃないかと思ったんです」
紫崎の語り口はいつもらしからぬ真剣さで、俺を含め皆紫崎に視線を送っていた。
そのなかでも一際真剣に紫崎を見つめるキッカさん。その顔には一切冗談みは見られなかった。
「それで? それがなぜ『形のないもの』に繋がるのですか?」
キッカさんの問いかけに、紫崎は淡々と答える。
「簡単です、僕が今まで物を貰って嬉しかったことがないからですよ。僕に寄り付くのは打算的な連中ばかりで、渡してくるのは心付けや袖の下みたいな意味合いばかりのものでしたから。ま、金持ちのボンボンなんてそんなもんですよ」
その言葉に、泡を食ったような声で昌也が反応し、紫崎に尋ねる。
実は、昌也が何も言わなかったら俺が聞いてみるつもりだったんだけどな。
「いや! お前この前夏樹ちゃんとマリンちゃんからサイン貰ってめっちゃ喜んでたじゃねぇか! それはどういうこった!」
そう、俺も全く同じことを思っていたんだ。すると、紫崎は昌也の方に目線を向けて質問に答えた。
「関先輩、貴方は二人のサインをモノだと思っているんですか? 甘いですよ、先輩。そんなんじゃ二人のファン失格ですよ?」
「ど、どういうこったそりゃあ!?」
「これは僕の持論ですが、あのとき僕と先輩は二人から『厚意』を貰ったんです。わざわざ僕達二人だけのためにあそこまでしてくれる。だから、僕も先輩も心から嬉しい。二人の心が通った、世界に二つとない贈り物。決してモノとして扱っていいものじゃないんですよ」
「それは……確かに……」
紫崎に言いくるめられて昌也がわずかにばつの悪そうな顔をする。
正直、俺は紫崎がそこまで真剣な気持ちでサインを貰っていたなんて考えてもいなかったな。
「まぁ、僕はその辺の転売ヤーとは性根が違いますから。それはさておき、話を戻しましょうか」
そう言って、紫崎は改めて俺達を見回してから話を続けた。
「それじゃあ、僕が今日まで生きてきて一番嬉しかったことについて話さないといけないわけですが……皆さん、笑わないでくださいよ……」
その言葉に、俺達全員食い入るように紫崎を注視する。
「ハンバーグ……」
「ハン……バーグ?」
紫崎がボソリとつぶやいた言葉に、俺は思わず聞き返してしまった。
「遠い昔……母が一度だけ作ってくれたハンバーグ……なぜかは解りませんが、母がハンバーグを作ってくれたことが僕には忘れられなくて……あれほど何かを心待ちにしたことなんて今までありませんでした……」
ポツリポツリと、まるで虚空に向かってつぶやくように、紫崎は俺達に思い出話を語った。
「でも、母のハンバーグを食べたのはその一度きり。だから、もう僕もハッキリとは当時の味を覚えているか自信はないんですけどね……それでも、今日に至るまであれほど嬉しかったことはありません……」
ここまで語り、紫崎はハッとして声を荒げて俺達に弁明する。
「いや! とにかく! 要は僕が一番嬉しかったことをメリーにもしてやろうかなって意味で! ですから『形のないもの』をメリーに贈ろうって話で! 今の話はあんまり深く追求しないでくださいね! 恥ずかしいので!」
いやいや、紫崎にも案外俗人的な思い出もあったもんだな。
しかし、この話が意味するところは、紫崎のお母さんはもうこの世にいないか、あるいは……
「はい! これで僕から話せることはありませんよ! さあ、キッカさん、聞かせてください! 貴方のお考えについて!」
紫崎からの言葉を受けて、キッカさんがクスクスと笑う。それに合わせて、ジュリさんが紫崎とキッカさんに割って入った。
「何だ、それじゃあもうお前が何をするかは決まったようなもんじゃねぇか! これじゃあオレと進の出番ないじゃねぇか、アホらしい!」
「どういうこと? ジュリお姉ちゃん」
進君は、今のジュリさんの発現について尋ねた。
しかし、俺にはジュリさんが何を言おうとしているか解ってしまった。全くもって単純な話で、解りやすいったらありゃしない。
「つ・く・る・ん・だ・よ! お前が! あのおっぱいお化けに! ハンバーグをよ!」
「へ? 僕が?」
「あったり前だ! お前以外にだれがいるよ! それで万事OKだろ?」
ジュリさんの提案に、俺達は呆気にとられる。
いや、一人だけ今もクスクスと笑っているキッカさん以外だけど。
「失礼しました。しかし、業腹ですが私も彼女と同意見でございます。紫崎様が一番嬉しかったことを相手方に行うのが一番理にかなっているかと」
「でも、僕は生まれてこのかた料理なんて……」
まさか、キッカさんがジュリさんに同意するとは思わなかったけど、確かに言われてみればそれが一番ダイレクトに気持ちが伝わるかもしれないな。
すると、それを聞いたジュリさんが指をパチンと弾き、紫崎の方に上半身を乗り出す。
「よっしゃ! それじゃあオレがお前にハンバーグの作り方をレクチャーしてやるよ! なに、遠慮すんな! 恭平のダチはオレのダチ! 任せとけって!」
ジュリさんの提案に、狙いすましたかのようにキッカさんが食らいつく。
「貴方、本当にハンバーグが作れるのですか? 紫崎様、私にお任せください。私なら一日で誰もが唸るハンバーグを作れるようにして差し上げますよ?」
「ああ!? オレがハンバーグを作れねぇだと!? ハンバーグは進の好物だ、目をつぶってたって作れらあ! な! 進!」
「う、うん。ジュリお姉ちゃんのハンバーグ、ぼく大好きだよ!」
荒ぶるジュリさんを尻目に、キッカさんが進君に優しく微笑みながら語りかける。
「進君、恐らく、私のハンバーグを食べたら世界が変わりますよ?」
「あ゛~っ! 何だと! 言ったなコラ! それじゃあ勝負しようじゃねぇか! ここにいる皆に二人のハンバーグを食べてもらおうぜ! な! お前ら!」
そう言って、ジュリさんが俺達を少し興奮気味に見回す。
「いや、今回は紫崎君に料理を教えるって話じゃ……」
ジュリさんの発現に、キッカさんは鋭い視線をジュリさんに向ける。
「私は構いませんよ? 紫崎様に教えながらでも貴方程度ならどうとでもなりますから」
「よ~し、よく言った! 覚悟しとけよ! キッカァ!!」
「キッカさん、そんな勝手な……俺の意見は……」
「何か言いましたか? ご主人」
「いえ、何でもありません……はい……」
「お二人とも、そんなに興奮せずに……進くんが……進くんが……」
「お姉ちゃんたち、ちょっと怖いよぉ……」
参った、キッカさんもジュリさんも悪い方向に乗り気だ。二人の視線がバチバチと火花を散らしている。
こうして、なしくずし的に紫崎への料理教室兼キッカさん対ジュリさんの料理勝負が決まってしまった。
まぁ、アミィの料理修行のいい機会だと思って参加しようじゃないか。実際俺も二人のハンバーグ、食べてみたいし。
俺達は詳細な日程をその場で詰め、各々が頼んだ飲み物を飲み干し、ファミレスをあとにした。
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