私はアンドロイドだから
カグラさんが私にしてくれたお話は、そんなに難しい話じゃなかった。カグラさんがこの旅館で働き始めてから今日までのお話。私は黙ってカグラさんのお話に耳を傾けた。
15年ほど前に、板長さんと奥さんが旅館を始めるときに、お手伝いさんとしてカグラさんがアンドロイドの派遣会社から雇われたこと。
カグラさんはお二人のことを慕って、旅館で仲居さんとして身を粉にして働き続けたこと。
カグラさんが旅館で働き始めて5年後に板長さんの奥さんが病に倒れて、一番の古株だったカグラさんが女将の代理として、板長さんに旅館の切り盛りを任されたこと。
それからすぐに、奥さんが帰らぬ人になってから板長さんの様子がおかしくなって、板長さんが他の従業員の人に当たり散らし始めたこと。
そんな板長さんを、カグラさんはただ一人かばって、何をされても、黙って、板長さんのそばで働き続けたこと。
そして、次第に板長さんの元気がなくなって、従業員の人もみんないなくなって、旅館の経営が立ち行かなくなる寸前まで来てしまったこと。
最後に、カグラさんの励ましで板長さんの気力が少しずつ戻って、最終的に板長さんがカグラさんを派遣会社から買い取って、正式な主人になったこと。
そんな話を、私でも解るよう、カグラさんは丁寧に説明してくれた。話をするカグラさんの顔は、話の内容とは裏腹に少しずつ穏やかになっていった。
そして、カグラさんが話を終え、冷めてしまったお茶を淹れ直した。
「さて、こんなところかしらね、私から話せることは話したわ。何か聞きたいことはあるかしら、アミィちゃん?」
カグラさんの話は解ったけど、それでも私が気になっていたことは変わらない。私は思いきって、カグラさんに聞いてみた。
「カグラさん、今のお話を聞いたからというわけでもないのですが、カグラさんは、板長さんのことをどう思っておられるのですか? 15年も一緒に過ごして、板長さんに何か特別な感情はないのでしょうか?」
そうだ、私はカグラさんが板長さんの話をするときの態度が気になっていた。何だか素っ気ないというか、とても長年一緒に過ごした人に向ける態度じゃない気がしていた。
そんな私の質問に、カグラさんは少し答えにくそうに困ったような顔をする。
「どう……と言えばいいでしょうかね。正直なところ、私は旦那様と奥様に雇われた身です。そのご恩に報いようと今までこの旅館で働いてきましたから、旦那様に特別な感情があるかと聞かれたら、少なくともアミィちゃんが思うような意味では、ないとしか答えられないでしょうね」
そんな、そんなことって、カグラさんの気持ちが私には全然理解できない。15年、15年も一緒に過ごして、そんな相手のことを何とも思わないわけがない!
「そんな! そんなの変です! だって、板長さんはわざわざカグラさんを女将さんとして迎えたんですよ!? カグラさんはそんな板長さんのことを何とも思わないのですか!?」
なんでだろう、胸がゾワゾワする。私はカグラさんに更に言葉をぶつける。夜も更けたカグラさんの部屋、私の声が周囲の静寂に吸い込まれていく。
「カグラさんは板長さんのことを主人としてしか見ていないかもしれませんが、板長さんは違います! 板長さんは絶対にカグラさんのことを大切なパートナーとして見てくれているはずです!」
「アミィちゃん、あなた……」
私は、もう自分が何を言っているのかよく解らなくなってしまっていた。ただ、悲しくて、胸の奥が締め付けられて、夢中で声を上げ続けることしか出来ないでいた。
「板長さんは! カグラさんの励ましに! 愛を感じていたはずです! それなのに、こんなのってあんまりです! これじゃあ、板長さんがかわいそうですよぉ……私、お二人はもっと素敵な関係だと思っていました……」
もう訳が解らない。私はなんでこんなに泣いているんだろう。こんなこと言われたってカグラさんにはどうしようもないのに、私、変になっちゃったのかな。
「泣かないで? アミィちゃん。私、アミィちゃんが何を言いたいのかはよく解ったから、ね?」
そう言って、カグラさんは優しく微笑みながら私の肩に手を置いた。そして、カグラさんは私の自分でもよく解らない叫びに答えてくれた。
「アミィちゃん、貴方が言っていることは正しいわ、それは私も解ってる。でも、私には言葉としてしかその正しさが解らないの。私はアンドロイドだから、それが普通なのよ」
解らない、私だってアンドロイドなのに、何でカグラさんがこの気持ちを解ってくれないのかが解らない。うろたえながら困惑する私に、カグラさんが逆に質問をしてきた。
「実は、私もアミィちゃんに聞きたいことがあるの。今日、響さんとアミィちゃんを見ていて、どうしても気になってしまって。聞いてもいいかしら?」
何だろう、胸騒ぎがする。私はつい息を呑んでしまう。でも、私の胸は今からカグラさんがするであろう質問に答えなければいけないという気持ちで一杯になっていた。
「はい、私で答えられることであれば、お答えします」
私の返事を聞いたカグラさんは、真剣な表情で私に問いかけた。
「アミィちゃん、『愛し合う』って、どんな気持ち?」
やっぱり、カグラさんの質問は、私が思っていた通りの質問だった。私はこのカグラさんの質問で、自分がどのような存在なのかを知ることになった。
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