内緒のお話
ご主人様が寝静まった頃、私は窓際から立ち上がり、カーテンをゆっくり閉め、ご主人様を起こさないように、ソロリ、ソロリと部屋の外へと向かう。
私の手のなかには、ご主人様にカグラさんが渡した呼び出し用のベルが握られている。ご主人様に気付かれないように、前もって手元に隠しておいたものだ。
私は月明かりがカーテンの隙間から差し込む暗がりのなか、部屋の出口の襖をゆっくりと開け、部屋の外へと出た。そして、部屋から十分離れた廊下で、私はベルのボタンを押した。
私の手元で小さな電子音が鳴る。その電子音は、小さいながらも静かな廊下にかすかに響く。そして、程なくして誰かがこちらへと向かってくる足音がしてきた。
その足音は、ゆっくりと、真っ直ぐにこちらへと近づいてくる。そして、非常灯のぼんやりとした明かりに照らされた人影が私の目の前で止まった。
「アミィちゃん……?」
その人影の主は、もちろんカグラさんだ。カグラさんは目を見開いて、少し驚いたような表情で私の方を見る。
「申し訳ありません、カグラさん。こんな夜遅くにお呼び出ししてしまって。もしかして、忙しかったですか?」
カグラさんは、私の顔を見ながら、優しく微笑む。本当に、カグラさんの笑顔は見ていてとても安心する。
「いえいえ、大丈夫ですよ。このくらいの時間になると、やることといえば帳簿をつけたり、明日の予定の確認することくらいしかありませんので」
よかった、これならカグラさんは私のお願いを聞いてくれるかもしれない。私は意を決して、カグラさんにお願いを切り出した。
「あの、カグラさん、もし宜しければ、私の話を聞いて戴けませんか? 先程のカグラさん、何だか悲しそうで、どうしても、私が今感じていることを聞いて欲しくて……どうですか? お願いできませんか?」
私のお願いを聞いたカグラさんは、私に静かに笑いかけながら答える。
「あらあら、そんな顔をされたら、聞かないわけにはいきませんね。解りました、アミィちゃんのお話、聞かせてくださいな。それでは、私の部屋まで行きましょうか、どうせ朝までやることもないですしね」
「ありがとうございます! カグラさん!」
しまった、つい大声になってしまった。私は慌てて口を両手で覆う。そんな私を見ながら、カグラさんはクスクス笑いながら指を立てて口許へ持ってくる。
「シーッ そんな大声を出すと響さんが起きてしまいますよ? それでは、私の後に付いてきてください。暗いですから、足元に気をつけてくださいね? アミィちゃん」
私はカグラさんの後ろにくっついて廊下を歩いていく。その途中で、廊下に面したガラス張りの障子から見えた、月明かりに照らされた庭の景色は、ご主人様にも見せてあげたいほど綺麗だった。
…………
「さて、それでは聞かせてもらいましょうか、アミィちゃん。というか、今日はちょうどやることもなくなって暇をもて余していたので、話し相手ができて嬉しいのですよ、本当は」
私はカグラさんの部屋で、カグラさんに淹れてもらった緑茶の湯気の向こうに見える、かすかに微笑んでいるカグラさんと向き合う。
部屋にはカグラさんと同じ、少し甘い臭いがするお香が焚かれていて、何だか頭がボーッとしてしまう。
「はい! あの! えっと! そのですね、私、カグラさんにどうしても聞きたくって……」
ダメだ、上手く説明が出来ない。せっかくカグラさんに時間を取ってもらったのに、あぁ、私、やっぱり、ご主人様を差し置いてこんな大それたことを言っちゃいけないんじゃないのかな。
「落ち着いて、アミィちゃん、時間はゆっくりあるわ。そうねぇ、それじゃあ、アミィちゃんが何を聞きたいのか、当ててあげましょうか!」
バタバタと慌てる私を見かねたカグラさんは、私に少しイタズラっぽい笑顔を向ける。それでも、その目は私の考えを見透かすように、真っ直ぐに見つめている。
「私と板長の関係について……よね? アミィちゃん」
カグラさんの口調が砕ける。多分、カグラさんは私が話をしやすいようにしてくれているんだ。ここまでしてもらって、私が何も言わないわけにはいかない、私は何とか自分の言葉で、カグラさんに尋ねる。
「はい、そうです。カグラさん、私とご主人様の関係を尋ねるときに、『板長と私と同じように』って言いましたよね? でも、私とご主人様が愛し合っていると聞いたときのカグラさんは何だか様子がおかしくて、私、どうしてもそのときのカグラさんが気になってしまって……」
カグラさんに言いたいことが伝わったかはわからないけど、私にはこれ以上うまく言えない。それでも、カグラさんは真剣に私の言ったことを受け止めてくれているみたいだ。
カグラさんは、しばらくの間目を閉じて、何か考え込んでいるようだった。やがて、カグラさんはゆっくりと目を開けて、私の目を見つめる。
「アミィちゃん、これから話すことは、二人だけの秘密にしてくれる? 響さんにこの話を聞かせるのは、ちょっと気が進まないの、お願いできるかしら」
カグラさんの顔には、これまで絶えず浮かべていた笑みとは違う、何だか遠いところを見るような、寂しげな表情が浮かんでいた。
「解りました、約束します。ご主人様にはここで聞いた話は黙っていますので、聞かせてください、カグラ」
「ありがとう、アミィちゃん。それじゃあ、少しの間、聞いてちょうだい。あまり楽しい話じゃないけど、ゴメンなさいね?」
そう言って、カグラさんはゆっくりと私に向けて話を始めた。カグラさんと板長さんとの間にあった、遠い日の、昔話を。
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