曰く付きの旅館
料理を残さず存分に堪能した俺達は、しらばくその余韻に浸っていた。それと共に、俺の頭の中にずっと引っ掛かっていた疑念が臨界点に達した。
俺は、カグラさんを呼ぶためにベルを押し、程なくしてカグラさんが小さなお盆にデザートを乗せて部屋までやって来た。
「いかがでしたでしょうか? 手前味噌ではございますが、当旅館でご用意できる最高の料理にておもてなしさせていただきましたので、何卒ご容赦願います」
カグラさんはそう言いながら、テーブルの上の食器を脇に寄せ、新たにテーブルの上に涼しげなガラスの器に入ったバニラアイスと葛餅を置いた。
「いや、最高でしたよ。冗談抜きで今まで食べた料理のなかで一番でした。アミィもそう思うだろう?」
「はい、すっごく美味しかったです! 私、お料理が苦手なので、少しでも勉強になればいいなと思っていたのですが、レベルが違い過ぎて参考になりませんでした……」
料理の感想を述べる俺とアミィの表情を見て、カグラさんは満足そうに微笑んだ。
「それはよろしゅうございました。それでは、締めにこちらをお召し上がりくださいな。それまで私はこちらでお待ち致しますので」
そう言って、カグラさんは部屋のすみに移動して、ニコニコしながら俺達がデザートを食べるのを眺めている。
もちろん、デザートのバニラアイスも葛餅も、市販のものとは一味も二味も違うスッキリとした味わいで、いつまでも食べていられそうだった。
そして、俺達はデザートを食べ終え、カグラさんが淹れてくれたお茶をすする。お茶の味も香りも、その辺のものとは比べ物にならないほど芳醇だ。
俺はお茶を飲み終え、カグラさんに向き直る。やっぱりおかしい、俺はどうしてもカグラさんに聞きたかった。
「あら、どうなされましたか? 響さん、何か至らない点がございましたでしょうか?」
カグラさんは俺の方を見ながら、不思議そうに口に手を当てる。無理もない、多分今の俺の顔は妙に険しいものになっているだろうからな。
「カグラさん、失礼を承知で聞きたいんですけど、なぜこの旅館には他に宿泊している人がいないんですか? お部屋も綺麗で料理も最高、露天風呂だってその辺の旅館と比べても全くひけをとらない、俺、やっぱり解りませんよ」
そうだ、これだけのもてなしを受けられるなら、もっと宿泊客がいたって何もおかしくない。むしろ、俺達しか宿泊客がいないという事態が明らかに変だ。
そんな俺の質問に、カグラさんはわずかに表情を曇らせ、目をそらす。そして、カグラさんは声のトーンを少し落として、俺の質問に答える。
「当旅館には私と板長の二人しかおりませんので、どうしてもおもてなしできる人数に限りがございます。昔はもう少し仲居も板前もいたのですが……」
いや、それでも他に宿泊客がいない理由にはなっていない。やっぱり、案内所で聞いた『曰く付き』ってところに引っ掛かってくるのかな。
「そうですね、お二人になら聞いて戴いてもいいかもしれません。響さん、アミィちゃん、あまり楽しい話ではありませんが、私の話を聞いていただけますか?」
カグラさんは俺達の方を見据え、少し曇った表情のままニコリと微笑む。そんなカグラさんの雰囲気に、俺もアミィも背筋が伸びる。
「はい、お願いします、聞かせてください」
「私も気になります、カグラさん、聞かせてくれませんか?」
俺達の答えを聞いたカグラさんは、軽く頷きながら目を細めて窓の外に目をやった。月明かりに照らされたその横顔は、何だか儚げで、少し悲しげでもあった。
「10年、になりますかね……旅館が今のようになってしまったのは。昔はこの旅館も小さいながらも『縁結びの宿』などと呼ばれ、贔屓にしてくださるお客様もいらっしゃったのですよ? しかし、ある日を境にそんな日々は終わりを告げました」
カグラさんは目を伏せて、ポツリ、ポツリと吐き出すように話を続ける。
「先代の女将が倒れ、そのまま帰らぬ人になってからこの旅館は変わってしまいました。癌、だったそうです。女将を亡くされた板長の落ち込みっぷりは、見ている私達も息が詰まるような気持ちでした」
「え!? それってつまり……」
カグラさんは俺の反応を見て、薄く微笑み、頷いた。
「はい、板長の奥様です。元々この旅館は夫婦で切り盛りをされていたのですよ。それからの板長は荒れに荒れ、やがては気力を失ってしまいました。そして、一人、また一人とこの旅館を離れていきました。そして、最後に私だけが残り、女将として収まって、今に至るというわけです」
「そんな……でも! それは他にお客さんが来ない理由にはならないじゃないですか! 私、やっぱり解りません!」
アミィはそう言うけど、俺には薄々他に宿泊客がいない理由が解ってしまった。とても辛くて、理不尽で、それでいてどうにもならない理由だ。
「私と板長の二人きりの旅館。人間とアンドロイド、二人だけの旅館。そんな旅館を周囲の人達は奇異の目で見るようになりました。『あそこの旅館の二人は連れ合っているのではないか』という目で。それからはもう私の手ではどうすることもできませんでした。所詮、私はアンドロイド、先代の女将の代わりにはなれませんでした」
カグラさんの表情はもう見ていられないほど悲しげで、俺はカグラさんに質問したことを後悔していた。
俺とアミィの関係は、世間から見たら極めて特殊な関係だということを改めて思い知らされた。
「カグラさん……」
アミィもそんなカグラさんを悲しげな目で見つめながら、目を泳がせる。沈痛な空気のなか、俺達の温泉旅行初日の夜は更けていった。
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