101 お土産
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「殿下、そろそろお時間です」
「分かりました。では、今日はこの辺で。ありがとうございます、セイ」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
テンユウ殿下と顔を突き合わせて話していると、お供の人から声を掛けられた。
今日はこの後の予定があるようで、時間切れのようだ。
互いに挨拶をして、今日の打ち合わせはここまでとした。
見送りは不要だというテンユウ殿下の言葉に甘え、その後姿を見送ると、入れ違いに団長さんが入ってきた。
何だか久しぶりに会った気がする。
いつもこんな表情だったかしら?
何だかいつもよりも表情が硬いような気がする。
「やぁ、セイ」
「こんにちは、ホーク様」
「テンユウ殿下がいらしていたみたいだな。よくいらっしゃるとか?」
「はい。薬草にご興味がおありなようで、話をしにいらっしゃるんです」
「そうか」
「あ、もしお時間あるようでしたら、お茶でもいかがですか?」
「時間は大丈夫だが……。仕事はいいのかな?」
「仕事は大丈夫ですよ! ちょうど一区切りついたところなので、休憩しようと思ってたんです」
「なら、いただこう」
お茶を勧めると、団長さんの表情が緩んだ。
そのことに胸を撫で下ろしつつ、お茶の準備をしに厨房へと足を向けた。
「こうして、二人でお茶をするのも久しぶりだな」
「そうですね。お会いするのも久しぶりな気がします」
「そうだな。私は暫く王都にいなかったしな」
「どこかに行かれてたんですか?」
「あぁ、父に会いに領地へ行っていたんだ」
団長さんの前にお茶を置き、その隣の椅子へと腰掛ける。
互いに一口飲んで、ティーカップをソーサーへ戻したところで、団長さんが口を開いた。
団長さんの顔を見た際に感じたことは正しかったようだ。
最近は状態異常回復用のポーションと万能薬の調査に勤しんでいたため、第三騎士団へのポーションの納品も他の人に行ってもらうことが多かった。
偶に行くときも団長さんは留守にしていて、会えず仕舞いだったのよね。
そうか、領地に行っていたのか。
団長さんの実家がある領地は王都からは結構離れているから、割と長い間、留守にしていたようだ。
「そうだ。これを」
「蜂蜜ですか?」
団長さんが、傍らに置いていた陶器の瓶を私の前へと置いた。
何だろうかと蓋を開けてみると、中には黄金色の蜜が詰まっていた。
「あぁ、領地の土産だ」
「よろしいんですか?」
「もちろん。セイのために持って帰った物だからな」
「ありがとうございます!」
この世界では砂糖や蜂蜜といった甘味は貴重だ。
研究所でお菓子を作ることもあり、砂糖は比較的よく目にする。
けれども、蜂蜜はあまり目にすることがない。
団長さんに続いて、これまた久しぶりに手に取れた蜂蜜にテンションが上がる。
せっかくだから、お茶に入れてみよう。
そう思い立ったので、少しお行儀が悪いけど、一度席を立ち、蜂蜜のためのスプーンを取りに厨房へと行った。
もちろん、団長さんに一言断るのは忘れない。
「あれ? この香り……。林檎ですか?」
「よく分かったな」
お茶に入れる前に少しだけ味見をすると、蜂蜜の甘さと共に、どこかで嗅いだことのあるような香りがした。
団長さんに聞いたところによると、林檎の花から採れた蜂蜜らしい。
昨年採れた物を持って来てくれたらしいのだけど、林檎の蜂蜜と言えば日本でも珍しい物ではなかったかしら?
ましてや、この国では言うまでもない。
「これ、かなり貴重な物では? いただいてしまってもいいのでしょうか?」
「そう多く採れる物ではないが、そこまでではないから安心してくれ。それに、甘い物は好きだろう?」
「えぇ。好きですけど」
「なら、遠慮しないで受け取って欲しい。セイに喜んでもらえた方が嬉しいからな」
「あ、ありがとうございます」
たった一瓶、それも小さな物といえ、こんなに貴重な物を貰ってしまってもいいのだろうか?
不安になって問えば、問題ないと返ってくる。
はっきりと嬉しいとまで言われてしまえば、もう受け取るしかない。
団長さんが言うように、甘い物は好きだけど、この甘い雰囲気は何だかムズムズしてしまって落ち着かない。
嬉しさと気恥ずかしさで頬が緩んでしまうのを何とか堪えようとしているけど、多分無駄な努力だ。
そっと視線を逸らしながら、小さな声で再度お礼を言うと、ふっと噴き出す音が聞こえた。
「美味しいです」
「よかった」
お茶に蜂蜜を一匙入れて飲むと、ほんのりとした甘さが感じられた。
蜂蜜から香るリンゴの匂いに気を取られ、伝え忘れていた味の感想を口にすれば、団長さんの笑みが深くなる。
「ごめんなさい。林檎の香りに驚いてしまって、お伝えするのが遅くなってしまいました」
「構わないよ。口に合ったなら良かった」
「そう仰っていただけると助かります。お茶に入れたのは久しぶりですけど、やっぱり美味しいですね」
「そうなのか? 私は入れたことがないから分からないんだが。今度試してみようか」
「甘い物が苦手なら、無理して入れなくてもいいと思いますよ? 試してみたいなら、喉の調子が悪いときなんかに入れて飲まれるといいかもしれません。あと、寝付けないときに温かいミルクに入れても良いらしいですよ」
「喉が痛いときや寝付けないときに? 色々な効能があるんだな」
「はい。蜂蜜って万病に効くとも言われてましたし」
そこまで口にして、何かが引っかかった。
テーブルの上に載せられた蜂蜜の瓶に視線を落とす。
今、何て言った?
万病に効く?
「どうした?」
「あっ。いえ……。すみません、急に思い付いたことがあって」
「何を思い付いたんだ?」
「蜂蜜でポーションって作れるのかなって……」
ポーションの材料といえば、薬草と水に魔力だ。
薬草の種類が異なれば、出来上がるポーションの効能も異なる。
それが基本だ。
これは、薬草の効能にポーションの効能が紐付けられているとも考えられる。
それならば、薬草の代わりに何かしらの効能がある物を使えば、同じようにポーションが作れるんじゃないだろうか?
そして、それが万病に効くと言われている物であれば……。
「君は本当に研究が好きなんだな」
「あっ、すみません……」
「謝らなくていい。君の役に立てたなら、何よりだ」
押し殺した笑い声が聞こえ、ハッと意識が浮上する。
唐突な思い付きに気を取られ、つい蜂蜜の瓶を凝視したまま考え込んでいたらしい。
笑い声がした方を向くと、団長さんが口元に拳を当てて、顔を逸らせていた。
団長さんが目の前にいるのに、無視してしまったような形になったのを謝ると、いい笑顔を返された。
うぅ……、恥ずかしい……。
ほんのりと、頬が熱くなった。
「蜂蜜でポーションができたとしたら、どんな効能があるんだろうな?」
「故郷では万病に効くと言われていたので、病気全般にでしょうか?」
「全般か……。もし本当に作れたとしたら、すごいことだ」
「そうですね。もしかしたら、蜂蜜の種類によっても効能が変わるかも」
「蜂蜜の種類?」
「今日いただいたのは林檎の花から採れた蜂蜜ですよね? これがレンゲや他の花から採れた蜂蜜だとまた違った効能になるのかなって。薬草を使う場合も、そうなので」
「その可能性はありそうだな。林檎だとどういう効能になりそうなんだ?」
「林檎だと……」
林檎だとどういう効能になるかしら?
そういえば、林檎も一日一個食べると医者いらずだって言葉があったから、やっぱり病気に効くのかな?
「って、研究の話ばかりしてますね」
「別に、楽しいから問題ないだろう?」
「楽しいですか?」
「あぁ」
そうやって、林檎の効能について考えていた途中で、再びハッとした。
ついつい研究の話ばかりしてしまったわ。
団長さんが水を向けてくれたとはいえ、興味のない話ばかり続けてしまうのは良くないだろう。
そう思ったんだけど、当の団長さんは全然気にしていなかった。
相変わらず、団長さんはいい人だな。
研究の話ばかりだというのに、嫌な顔一つせず話を聞いてくれた団長さんを見て、そう思った。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
コミック5巻が10月5日に刊行されることになりました。
コミックもいよいよ第一の佳境と申しますか、セイさんが本領を発揮し始める巻となります。
しかも、今回はエビテン様にて通販限定で香水付き限定パックが発売されます!
このように限定版をお届けできることになったのも、皆様の応援のお陰だと感謝しております。
本当にありがとうございます!
ご興味のある方は是非、お手に取っていただけると幸いです。
(エビテン様のホームページですが、検索サイトにて「エビテン」で検索すると出てくると思います。)





