舞台裏15 計略
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ホーク辺境伯家は代々武門の家柄であり、スランタニア王国では軍部を掌握している家である。
ホーク家の当主には三人の息子がおり、長男ヨーゼフは軍務大臣、次男エアハルトは宮廷魔道師団の副師団長、三男アルベルトは第三騎士団の団長と、それぞれが軍部の要職に就いている。
要職に就いているが故に、各々忙しく、また長男は王都の辺境伯邸、次男と三男はそれぞれの隊舎に居を構えていることもあり、三兄弟が顔を合わせることは珍しい。
そのホーク家の三兄弟が王都の辺境伯邸の居間に集まっていた。
折しも、王宮から【聖女】のお披露目を行うと各貴族家に連絡があった翌日だった。
召集を掛けたのはヨーゼフだ。
偶には一緒に夕食を摂らないかという誘いに、エアハルトとアルベルトは頷いた。
軍務大臣であるヨーゼフの呼びかけだったことに、夕食は口実で、何か表沙汰にできない、軍事に関する話があるのかと二人は考えた。
しかし、集められた目的は予想に反したものだった。
「見合いだと……」
「そうだ」
夕食の後、食堂から居間に場所を移したところで、ヨーゼフは今日二人を呼び出した目的を伝えた。
予想外の言葉に、エアハルトは盛大に顔を顰めた。
アルベルトも同様だ。
エアハルトほどではないが、その表情は硬い。
エアハルトもアルベルトも、揃って結婚に対して冷めている。
原因は幼少期からヨーゼフが結婚するまで繰り広げられた、女同士の戦いだ。
家柄、容姿、将来性と三拍子揃ったヨーゼフは有望な結婚相手として人気を博していた。
幼い頃から、婚約者になりたい令嬢に群がられていたのは有名だ。
令嬢達はヨーゼフの前で争うことはなかったものの、ヨーゼフの目が届かないところでは熾烈な争いを繰り広げた。
ただ、ヨーゼフは軍部を掌握する家の嫡男である。
ヨーゼフの代わりに見聞きしてくれる者は多い。
それらの者達はヨーゼフの元に色々な情報を届けてくれる。
もちろん、令嬢達の争いの話も例外ではない。
ヨーゼフの耳に届けられた争いの話は、ヨーゼフの女性に対する幻想を打ち砕くのに十分なものだった。
しかし、ヨーゼフ自身は貴族の嫡男である。
いずれは結婚し、跡継ぎをもうける必要があった。
幼い頃からの教育で、そのことを理解していたヨーゼフは、あっさりと政略結婚をすることを決めた。
そして、王立学園の最終学年に上がった頃に、親の紹介で婚約者を決め、卒業と同時に結婚した。
幸いなことに、ヨーゼフの性格や好みを考慮してくれたのか、両親が紹介してくれた婚約者はヨーゼフが好ましいと思う性格をしていた。
後々、話を聞いたところによると、相手も同様だったようだ。
結果として、政略結婚ではあったが、ヨーゼフと妻との仲は、結婚から何年もたった今も良好だ。
そのように、ヨーゼフの結婚はうまくいった。
しかし、エアハルトとアルベルトはそうではなかった。
ヨーゼフを取り巻く女性同士の争いを第三者として目撃した結果、エアハルトもアルベルトも令嬢を遠ざけるようになった。
特に、当時多感な年齢だったエアハルトが女性嫌いにまでなったのは社交界では有名な話だ。
本来であれば結婚相手を探す年齢となっても、二人は令嬢に付き纏われるのを疎み、社交の場をなるべく避けた。
エアハルトが学園を卒業する頃にはヨーゼフに子供が生まれていたため、両親も二人を無理に夜会等に引っ張り出すこともなかった。
そのため、スランタニア王国では日本よりも結婚適齢期が早いにもかかわらず、二人とも未だに結婚していない。
年齢を重ねるにつれ、エアハルトとアルベルトの女性嫌いはある程度は緩和された。
そうはいっても、仕事に関することであれば会話をする程度で、笑顔を浮かべるなど愛想良く振る舞うことはない。
ましてや、社交の場からは未だに遠ざかっている。
そんな二人だ。
見合い話があると言われて良い顔をする訳がない。
特に、想い人がいるアルベルトは。
「必要ない」
「まぁ、話くらいは聞け。お相手は今話題になっている女性だ」
「話題?」
ヨーゼフの話をにべもなく切り捨てたエアハルトに、ヨーゼフはニヤリと笑う。
話題の女性という言葉に、兄達の遣り取りを聞いていたアルベルトの片眉が上がった。
「お前達、二人とも面識がある御方だ。セイ・タカナシ様。知っているだろう?」
悪い笑みを浮かべたまま相手の名を告げた兄に、エアハルトは溜息を吐き、アルベルトは目を瞠った。
二人の反応に満足したヨーゼフは話を続けた。
ヨーゼフは、ヴァルデック家でローラントがヨハンに説明したことと同じような話を二人に聞かせた。
地方でのセイの評判、それに伴って上がった彼女の価値、そしてセイと縁続きになりたい家が次々と結婚相手に名乗りを上げようとしているという話だ。
ヨハンと同じように、実際にセイと面識がある二人は、その話を黙って聞いていたが、結婚相手の件になるとアルベルトの表情が険しいものに変わった。
「それで結婚相手についてだが、我が家でも候補を出そうと思っていてな。幸いなことに、我が家には二人も独身男性がいる。しかも二人揃って、相手とは知己の仲だ」
説明をする間は普段の無表情に近かったヨーゼフが、再び笑みを浮かべる。
対する二人の表情は、最初のうんざりとしたものから、真面目なものへと変わっていた。
「相手は一人だ。いくら我が家でも二人同時に立候補させるのは、他の家の手前、憚られる。さて、どちらが名乗りを上げる?」
「私はどちらでもいい」
「「!!」」
ホーク辺境伯家はスランタニア王国の中では上から数えた方が早いほど、高い地位と権力を持っている。
だからといって、それを笠に着て二人の候補を擁立すれば、他の家も追従し、一つの家から何人もの候補が擁立されることになることが予想された。
不用意に混乱を助長することはヨーゼフの本意ではない。
そこで、エアハルトとアルベルトのどちらか一人だけを候補とするつもりだと話した。
もちろん、ヨーゼフの耳にもアルベルトの噂は入っているため、実際にはアルベルトを擁立するつもりだ。
しかし、そこでエアハルトが自身が立候補してもいいと取れる発言をした。
まさかの事態に、ヨーゼフとアルベルトは驚きのあまり目を見開き、揃ってエアハルトを凝視する。
エアハルトは二人の態度には気付いていないというように、言葉を続けた。
「彼女とは何度か仕事をしたことがある。勤勉で教養もある。驕ったところも、媚びたところもない。彼女が相手なら、私が立ってもいい」
エアハルトがこれほど一人の女性について言及するのは珍しい。
しかも、褒めている。
最近は緩和されたとはいえ、あのエアハルトが女性に対して好意的な発言をするのは非常に稀なことだ。
日本でいうならば、「明日は槍が降るのではないか」といったところだ。
しかも、今回は間違いなく立候補してもいいという発言付きだ。
あまりのことに、ヨーゼフとアルベルトが呆然としたままエアハルトを見詰めていると、エアハルトはアルベルトに横目で視線を投げかけた。
「とはいえ、私もアルベルトの話は聞いている。うちから立候補するのはアルベルトの方がいいだろう」
「……わかった。一応聞くが、アルベルトもそれでいいな?」
「はい。お願いします」
二人にとって青天の霹靂だったエアハルトの発言は半分冗談だったらしい。
エアハルトが片方の口の端を上げたことで、そう解釈したヨーゼフは疲れたようにソファーの背もたれに体を預けた。
アルベルトはほっとした表情を一瞬浮かべたものの、すぐにエアハルトに恨めしそうな視線を投げる。
エアハルトが冗談を言うことは滅多にないこともあり、アルベルトはまさかという思いで肝が冷えたからだ。
アルベルトとしても、兄弟で争うようなことはしたくなかった。
「色々話も聞いているし、アルベルトが優位なのは間違いないと思っている。だが、本当に決まるまで何があるか分からん」
「はい」
背もたれにもたれかかったままのヨーゼフが、表情だけを厳しいものに変えると、アルベルトも居住まいを正した。
競争が激化するにつれて起こるだろうと予想されることの詳細について、ヨーゼフは口にしなかったが、アルベルトは兄の言いたいことを理解したらしく、表情を引き締めて頷いた。
かつては自分達が対象となって起きていたことだ。
どういうことが起こるのかは想像に容易い。
アルベルトに厳しい視線を向けながら話していたヨーゼフは、次いでエアハルトに視線を向けた。
「そういえば、ドレヴェス師団長は舞踏会に参加されるのか?」
「家からは参加するように言われているようだが、本人は面倒がっている」
ドレヴェス家は歴代の宮廷魔道師団の師団長を輩出してきた名門で、名家にしては権力欲が薄いと言われてきた家でもある。
しかし、現当主は権力欲が強かった。
自身の子息が宮廷魔道師団の師団長となれるほどの才がないと見るや否や、才能のある平民を養子に迎え、ドレヴェス家の駒として師団長の座に据えるほどには権力に固執していた。
そんな当主が、【聖女】と関わりのある駒、ユーリをこの機会に利用しないはずがなかった。
「そうか。私としてもドレヴェス師団長には舞踏会に参加してほしいところなんだが」
「何?」
「今度の舞踏会では色々な家がセイ様と接触を図るはずだ。できるなら、彼女の周りを身内で固めたい」
「アレが身内に入るのか?」
「軍閥としてみれば身内だろう。それに、エアハルトが手綱を握れば問題はあるまい」
「はぁ……。面倒だが、仕方ないな」
ヨーゼフの言葉に、エアハルトは嫌そうな顔を隠さなかった。
アルベルトが候補に立つ以上、エアハルトまで舞踏会に参加する必要はない。
けれども、ヨーゼフはエアハルトとユーリの参加を望んでいた。
「別にドレヴェス師団長に頼らなくても、第三騎士団の者に頼むこともできますが?」
「それだと少し問題がある。身内で固めたいと言っても、完全に固める訳にはいかないのだ」
不満そうな表情でアルベルトが進言したが、ヨーゼフは苦笑しつつも首を横に振った。
ヨーゼフ曰く、ホーク家が制御できる範囲で別の家にも関与してもらうことが大事だという話だった。
第三騎士団の人間で固めてしまうと、明らかにホーク家のみで固めているように見える。
そうすると、【聖女】をホーク家が占有しているように見え、他の家から不満が出るだろう。
その点、ユーリであればドレヴェス家も参戦しているように見えるので、まだ不満が出難い。
「ドレヴェス家もそれなりに力がある家だ。うちの対抗馬として出ているように多少は見えるんじゃないか?」
「それは、そうでしょうが……」
「そう嫌そうな顔をするな。ドレヴェス師団長もセイ様に興味があるようだが、あくまで彼女が使う魔法に興味があるだけだろう?」
ヨーゼフの言葉は、大半の人間が考えていることだ。
ユーリが興味を覚えているのは、セイの魔力や【聖女】の術だと。
アルベルトもその通りだと思う。
しかし、ユーリのセイへの態度を見ていると、少しだけ引っ掛かるものも感じていた。
それが果たして、嫉妬からくる引っ掛かりなのか、何かの報せなのか。
結局、アルベルトには判断がつかず、仕方なくヨーゼフの言葉に頷いた。
「これで、うちとドレヴェス家、後はヨハンも来そうだからヴァルデック家の三家か。欲を言えば、後二、三家から人が欲しいところだ」
「そうですね。しかし、制御できそうな都合の良い家となると、難しいですね」
「しかもアルベルトが嫌がらない相手となると、かなりな」
「兄上……。そこは考えていただかなくても結構です」
「ははっ、悪かった。そう怒るな。そうだな、第二騎士団の副団長辺りはどうだ?」
「彼はセイが嫌がると思います」
「だから、いいんだろう?」
「第二騎士団の副団長というと、あの男か。あれは確か既婚者じゃなかったか?」
「そうだったか?」
第二騎士団の副団長がセイを崇拝していることは、軍部に属する者達の間では有名になっていた。
いつの間にか、ヨーゼフの耳にも届いていたらしい。
副団長は身分、家柄共に問題はなく、ヨーゼフ達で制御できる者という条件にも当て嵌まる。
しかし、折角候補に上げられたものの、エアハルトの一言によって彼が輪の中に加えられることはなかった。
基本的に、舞踏会は未婚の男女が出会う場とされているため、セイの相手は未婚の男性であることが望ましいと周囲は考えていたからだ。
ちなみに、副団長は独身である。
既婚者かもしれないというエアハルトの記憶は間違いだった。
もちろん、エアハルトに悪気はなく、何となくそんな気がしたから念のためと発言をしただけだ。
ただ、ヨーゼフもふとした思い付きで挙げただけで、特に固執はしていなかった。
そのため、副団長にとっては甚だ残念なことに、彼を輪に加えるという案はあっさりと流されたのだった。
その後も作戦ともいえない話を続けながら、ホーク家の夜は更けていった。





