ラブコメのエピローグは未来への希望を込めて
目に光が入る。
朝がやってきた。
それがすぐに理解出来る、気持ちの良い朝だった。
目を開けて、眩しさに目を細める。
昨日はハグしながら寝たはずなのに。いつの間にか元に戻っていたようだ。
私は上半身を起こして、心音のことをじっくりと観察する。
綺麗な体勢ですやすやと眠っていた。
無意味に心音の茶髪を持ち上げる。
指で梳くように髪に手を通してみる。
凄く綺麗な髪の毛だ。まぁいつものことだけどさ。
昨日結構、ドタバタやっていたけど。髪は整っているって凄いな。心音って。
対する私は、ピンピンに跳ねている。触ってみてそれが分かった。
「おはよう。心音」
これ。凄い恋人っぽいな。
っぽい? じゃなくて、これは紛うことなく恋人だ。
一緒に住んだりしたら、こういうのが当たり前になるのかな。
……恋人同士の初めての朝。
とても。胸の内が温かくなるものがある。
「…………」
挨拶したはいいが、心音は起きる気配を見せない。
まぁ。学校行く時間になるまでは、もうちょっとゆっくりさせておこう。
私はベッドから完全に起き上がり、空いているカーテンへと向かう。
これは心音ママが気をつかって開けてくれていたんだろうな。
窓の外から私の目に刺す太陽は、とても眩しかった。
家が違うからか、その太陽はいつもよりも高く感じる。
心音ママが起こしに来てくれるまで、二度寝でもいいかな。
心音の手を繋ぎながら一緒に肩を並べて寝るのも良さそうだよね。
思いながら、そうしようと決意して。
なんとなく、今は何時かと時計に目を向ける。
時計の針は。ちょうど九時を回るとこ──。
「えっ……?」
私の背筋に、冷たいものが伝う。
あれは分針? いや。どう見ても時針だ。
あれ。今。九時?
一時間目の真っ最中?
いやでも。心音ママが。
この時計。時間がずれているだけ?
私は焦り、部屋を飛び出し階段を駆け下りた。
リビングに到着。ガランとそこは空いている。
そこにある机の上には、ラップにかけられた食パンが二つ。
それと。心音ママが書いたであろう書き置き。
迷わずそれに、目を通す。
『ごめんね。二人とも! あまりにも幸せそうに寝ていたから、ちょっと起こすの躊躇ってしまいました! カーテン開けたから許してね! あ、電車賃はちゃんと用意してるからそれで学校に行ってね!』
その薄い紙の下には、千円札が四枚。
かけられた時計の指す時間は、さっきみた時間と完全一致。
これは。
幸せな時間を邪魔しないでくれてありがとうなのか。
それか、なぜ起こしてくれなかったんだこの野郎なのか。
どっちの反応が正しいのか。
「くぅ。……遅刻ぐらい。心音との幸せを引き裂かれるのに比べたら……!」
しかも。昨日二時まで起きてたもん。
そりゃ。うん。自業自得となるわけで。
ともかく。まずは心音を起こさないと。
駆け足で私は心音の部屋へと戻る。
相変わらず気持ちようさそうに眠っている心音だった。
そんな心音の元まで近付き、肩をポンポンと叩く。
「心音! 遅刻!」
少し動く。
けど起きる素振りは見せない。
「こーこーねー! ちーこーくー!」
肩を掴んでゆっさゆっさと揺らす。
心音の肩がビクリと跳ねて、目を驚いたように見開く。
ガバッと跳ね起き、キョロキョロして、その視線は漸く一点に向く。
その視線を追って、心音の見る方向を見れば、そこにあったのは時計。
私の視線を心音に戻す。
口をポカンと開けて、固まっていた。
「あの、心音ママはもういなかった」
その声掛けに、心音はベッドから猛スピードで飛び出し、私に構うことなく、部屋を飛び出し階段をドタドタとかけ降りていった。
「かなり焦ってる……」
思いながら、私もベッドから降りて大きなカバンから制服を取り出した。
時計を確認した時は、かなり私も焦ったが。けれど私は、割と遅刻する方なので、そんなに急がなくてもいいと思ってしまう。
遅刻は。もう、やってしまったらしょうがないし。
けど、心音は優等生なので遅刻はちょっと嫌なのかな。
パジャマを脱ぐ。
制服に上半身を通す。
スカートを装着して着替え完了。
カバンを通学カバン、お泊まり用カバン両方を持つ。
中身は確認せずに、私はそのまま下に降りた。
先のリビングに足を向ければ、心音がいそいそとパンを口にしていた。
一口食べて水を流し込み、一口食べて水を流し込み。
それを繰り返している。
「大食いかっ!」
思わず突っ込む。
が、心音の反応は皆無だった。
心音はパンをすぐに食べ終えて、また上へと駆けて行った。
着替えだろうと思い、私は椅子に腰をかける。
一つ残されている食パンを手にとって、ちぎって食べる。
ちなみに。パンの上には何も乗っていない。味は食パンの味だった。
そのパンの味に虚しくなりながらも、私は食べ終えた。
カバンから歯ブラシを取り出し、洗面所へ。
ゴシゴシと歯を磨く。一分くらいで終了した。
短いけど。……昼休みに磨くし、まぁいいかと思った。
「ここね〜!」
完全に出発の準備を整えた私は、階段から二階へ呼びかける。
すぐにバタバタとうるさい足音が聞こえてきた。
その音がこちらに近付いて、心音が階段から駆け下りてくる。
「お。じゃ、行こ──うわっ!」
すれ違いざまに、腕を引っ張られる。
こけそうになりながら体勢を整えて、私は前を向いた。
「ちょ。心音。そんな急がなくてもいいんじゃない?」
問うと、心音はこっちをキッと睨む。
怒っているのだろうか。ただ、可愛さしか感じられないけど。
と思えば、すぐに顔を逸らして。耳を赤くした。
「い、伊奈。……遅刻は、いけないことなんですよ」
明後日に向けて。ぼそりと。
心音は、私と話せるよう頑張ってくれてるのかな。
遅刻はいけないって言われたことよりも、そっちの方が気になってしまった。
「……うん。遅刻はいけない!」
けど。
心音の言葉にそう返す。
「うん……」
心音は満足したように頷くと、また私の腕を引く。
カバンから、色あせたピンクのスリッパを取り出して、それを履く。
玄関のドアが開かれる。
「せっかくだし、手、繋がない?」
外に出て、明るい日差しに照らされて。
私はそういう提案をしてみる。
登校時に恋人と手を繋ぐって、何気に憧れていたんだよね。
「……走るならいいですよ」
見たら嫌がると思ったので、心音の顔を見らずに。
その声を、ちゃんと回収する。
心音は、私の腕から手を離して、私の手にそれを持ってくる。
私も手を差し出して、心音はそれを受け取る。
遅刻を嫌がっていた心音は、ゆっくりと。私の指と自身の指を絡めた。
「じゃあ。行こっか!」
「うん……」
頷き合い。
私たちは、学校へと足を向けた。
心音との初登校。
今日は初めていっぱい。
だからしっかり。それらを記憶をしていこう。
今日はいろんな初めてに溢れていそう。
とても。とーっても楽しみ。
※
………………………。
放課後。部室で心音と二人きり。
結論から話せば。今日は特に何もなかった。
新しいことがあったと言えば、遅刻を二人仲良く叱られた。それくらい。
その後は。休み時間も何もないし、昼休みも。昨日妄想したようなことは全く起こらなかった。私が恥ずかしかったからっていうのもある。
そしたらいつの間にか放課後だ。
部室に来る時、いつも手を繋いでいたけど。
それがいつもよりも、めっちゃくちゃに恥ずかしく感じてしまった。
さて。今日は心音と付き合ってからの初部活。
最近は色々あって安らぎの時間が無かったけど。
久々に部室でゆっくりできそうだった。
二人仲良く部室の隅っこで体育座り。
ラインをするでもなく。会話をするでもなく。
ただ。そこに座っている。
話しかけたいけれど。
うーん。やっぱり恥ずかしいかもしれない。
昨日、ベッドの上であったことを思い出すだけで顔が沸騰してしまう。
しばらくずっとこの沈黙を貫き、大体十分ほどが経過する。
ちょうどその辺りでコンコンと、ノックの音が聞こえた。
来客かな?
いつもは億劫に感じるそれも、今日はちょっとありがたい。
心音との沈黙は、居心地はいいけど気まずさもあるから。
なんて思いながら。
「はーい。どうぞー」
向こう側の人物に呼びかける。
「はい」
頷くその声は、ちょっと聞き覚えがあった。
ガチャりとドアが開かれて、そこから出てくる人物。
ちゃんとその人のことは知っていた。
「朱里ちゃん……だよね? 今日はどうしたの?」
美結ちゃんのことを気にかけてくれていた少女だ。
私は重い体を「よいしょ」と上げて、椅子に座るよう促す。
私もいつも通りにそこに対面に座る。
心音に一瞬目を向ければ、ちょっとほっぺを膨らませているような気がした。
せっかくの二人の時間に割り込まれたのが嫌だったのか。
さっきまで何も話して無かったのに、客が来た途端に話を始めることに怒っているのか。
後で謝ろう。
「…………」
問いかけたはいいが、少し黙り込む朱里ちゃん。
何拍かの間を空けた後に、こう切り出してきた。
「今日は。……その、お礼を言いに来ました。あの校内放送とかの」
なるほど。
この子がここに来た理由に合点がいった。
「あーいやいや。お役に立てたならこっちこそ嬉しいけど」
「本当にありがとうございます。……今日。Eクラスの人に謝られました。あの、美結さんの悪口を言ってた人ですね。……私、その人たちに口止めとかされていましたから。と言っても、謝ってくれたのは一人でしたけど」
その謝った人というのは。
先生が言っていた、この事件について告白してくれた人だろうか。
「一人しか謝らなかったっていうのはひどいね。……まぁ。ここで謝れない人はもう、堕ちていくとこまで堕ちていくでしょ。……もう、大丈夫そうなの?」
「はい。クラスで美結さんのことを無い存在として扱っていたのも公となって、出席停止を喰らっているみたいです。クラス皆が説教を受けてしまいました」
「なるほど。なら、大丈夫そうなのかな?」
「はい。……それで、なのですが」
言うと彼女は少し俯いた。
何かを恥ずかしがるかのように、ほのかに赤面している。
「どうしたの?」
「えっと。……美結さんに、私から五月のことを謝罪したいなって。……それと……私のことを、友達だって認識してくれていて。凄く嬉しくて、それのお礼も兼ねてと、思いまして……」
「美結ちゃんのこと、好きなの?」
「違います!」
私の遠慮の無い質問を、食い気味に否定してくる。
朱里ちゃんの赤面を好きだという意味で捉えてしまったけど、違うみたいだ。
お礼を言うのが、単に恥ずかしいだけなのかな……?
「まぁ。そういうことだったら。多分、美結ちゃんも許可出ししてくれるかな……」
「そうですか。ありがとうございます。……では美結さんの家を教えて貰えますか? 今から行くつもりなんです」
にしても。美結ちゃんを気にかけてくれる人がいて良かったと思う。
後から思うけど。やっぱり美結ちゃんは多分、私と会いたくないだろうし。
「分かった。……ここからめっちゃ近いんだけどね。えーっとね──」
そんな訳で、道を教えてあげた。
と言っても簡単に『この道を真っ直ぐ行けば「白河」っていう札があるから』みたいな感じの雑な説明だ。
えっと、後は「ありがとうございます」と部室を立ち去る朱里ちゃんに、履いてきたスリッパを持たせて「これ、美結ちゃん家のだから返していて!」と頼み、適当に見送ったところで自分の帰る時に履く靴がないことに気付いて。
親に迎えに来て貰えばいいか、と。私は部室へ舞い戻った。
「ただいま、心音!」
ドアを開き。
隅っこに体育座りしっぱなしの心音に声を飛ばす。
一瞬だけ私を嬉しそうに見たかと思えば、すぐにそっぽを向いてしまった。
やはり怒っているらしかった。
てこてこ。心音の傍へ寄る。
私もしゃがんで、顔を覗く。
すると、逃げるように逸らされてしまった。
逸らした方を追って、また顔を覗く。
逸らされる。
覗く。
逸らされる。
覗く。
逸らされる。
「こ、心音。ご、ごめん」
逸らした横顔に謝罪をぶつける。
と、心音はその横顔すらも隠すように、膝に顔を埋めてしまった。
……これは。どうしたものか。
「心音。本当にごめんってば」
……その言葉に心音は何も反応をくれない。
沈黙が続き、しばらく経つ。
何十秒経っただろうかと、思って。
気付けば心音は顔を埋めながら、声を発し始めた。
「なんで私が怒っているか分かりますか?」
「えっと。それは。……私が他の女と話したから?」
「惜しいですね」
「じゃあ。美結ちゃんの話を出したこと?」
「惜しいですね。……このままだと答えが出なさそうなので、私が言います」
「お、お願いします」
心音に私は見えないと分かっていはいたが、頭を下げて、お願いをする。
「怒っている理由は。朱里さんが来る前に、伊奈が私と話してくれなかったこと。ノックの音が聞こえた時にすぐにそっちに意識を向けたこと。なんだか楽しそうに話していたこと。美結さんのことを話したこと。距離が近かったこと。私に何も伝えずに朱里さんをお見送りに行ったこと。それで、それらの全てを何も理解してくれていない伊奈に怒っています」
「……うぅ。本当にごめん。……反省してる」
だよね……。
付き合った初日に、やっぱりこういうのは良くない。
これの立場が私と心音で逆だとしたら……。
考えるだけでも心内にモヤがかかってしまう。
「今回に関しては、ハグをしてくれるだけで不問と致します」
それだけで許してくれるなんて、心音は女神だなと思う。
……いや、本人は女神と呼ばれるのは嫌って言ってたっけ。
今は女神じゃなくて、ちゃんと彼女という称号を得ている。
そっちを大事にするべきだ。と、勝手に提起し勝手に解決した。
「うん。優しいね。それに……私もハグしたい」
答えると、心音は顔を上げてくれた。
少しだけ目が潤んでいた。
立ち上がって。続くように心音も立ち上がる。
目が合い。心音が瞬きをした。
その時に、潤んだ目から細い涙が伝った。
「ごめんね」と心の底からの思いを伝えて、その涙を親指で拭う。
その涙にハッとしたように気付いた心音は、そのまま私を抱きしめる。
私も心音に手を回した。
「心音。ごめんね」
「はい。……これからは、私だけですからね」
ちょっと重い。
けど。それもありだと思えてしまう。
「分かってるよ」
「却下される前提で言ったのですが、そういうことなら話が早いですね」
「うん。……じゃ、じゃあ。心音も! 私だけだからね! ……というか、心音って人気者だし……その人たちに気を向けちゃダメですよ!」
「私が見てるのは伊奈だけ、ですから」
「それ。信じてもいい?」
「すっごく信じて大丈夫です」
「……じゃあ。すっごく信じる」
「うん……」
……沈黙が私たちの間に訪れる時って、こういう時が多い気がする。
恥ずかしい沈黙というか。言えるのは、決して気まずくない沈黙で。
幸せの沈黙と名付けるのもありかもしれない。
今の会話を思い返す。
私が見るのは心音だけで、心音が見るのは私だけ。
互いに見つめ合うこの関係は、私の理想なのかもしれない。
これからは。心音から目を逸らさない。逸らすわけがない。
少なくとも、これから一年くらいは心音と相談部で一緒だ。
けど。大学とかどうしようかな。
……まぁ。心音が行きたいところに、私は着いて行こう。
こういう時、心音は「伊奈に着いて行く」とか言いそうだし。
頭が良い心音が、私に合わせるというのはなんだか違う気がする。
私が、勉強を頑張らないといけないよね。
「…………」
暫く経つ。
心音の身体がまるで私に吸い付いていると感じていた。
そういう思考のちょっと後に、心音の熱い息が耳に吹きかかる。
その息を、言葉が追う。
「伊奈。大好きです」
沈黙を破る、心音の囁きが神経を痺れさせる。
私もお返しに「愛してる」と、むず痒くなる言葉を返した。
触れた心音の肌の温度が上がっていくのを感じる。
「心音って。意外と分かりやすいよね。あったかいよー」
「好きな人だから。別にいいじゃないですか」
「……う、うん。そだよね」
「伊奈。すっごく熱くなってるね」
「す、好きな人だから! 別にいいでしょ……」
「うん。……未だに夢みたいですよ。伊奈から好きって言われてるのですから。それに、この片想いは生涯ずっと私に付き纏うものだと思っていましたから」
「そっか。でも、これからは生涯ずっと両想いだね」
「嬉しいです。……けど。重いですね」
心音は笑う。
凄く可笑しそうに。
私も「確かに」と、つられるように笑う。
生涯ずっと一緒。それは揺るぎないけど、ふと思う。
十年後とか。私たちはどうなっているかな。って。
とてもいい未来が待っているとしか、私は思えない。
けど。それまでに乗り越えなければならない茨の道に出会いそうな恐怖もある。
一番の懸念要素は、親かな。心音ママは多分大丈夫そうだけど。
同棲とか、認めてくれるかなって、そう思ってしまう。
……大丈夫だよね。
絶対結婚するんだーって、確固たる意志が私にはあるし。
心音だって、そう思ってくれている。
例え道中で、障壁にぶつかったとしても。
結果良ければ全て良しの精神で。
心音と共に、これからも──。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
脳内プロットではここで完結です。
後日談とあとがきを書きますので、そこまで読んでくだされば幸いですm(_ _)m




