挨拶すらも特別な
登校中。
てくてくと、いつもよりも晴れやかな気持ちになりながら歩く。
今日は私一人。
いつもは楓花が隣にいるけど、今日は「私、先行くね!」とだけ言って、私より十分ほど早く家を飛び出していった。
家から学校まで歩いて十五分ほどだから、もう着いてる頃だろうけど。
いつもあんなにべったりと私に付いてきていたのに、今日に限って先に出ているのは、多分だけど桃杏ちゃんが関係しているのではと思う。
一緒に登校しようと誘われたか、教室に早く行ってお話ししたいとか。
そういうことを桃杏ちゃんに言われたんじゃないかな。
だとすると、少し羨ましい。
だって、いきなり恋人らしいことをしている。
私は心音と一切そういうのは無くて……って。
……待て待て。
私たちって、まだ付き合ってないじゃん。
キスとかハグしているのに、付き合ってないっておかしいのではと思う。
いや、普通におかしい。
私の考える普通の流れというのは、まず。付き合って一ヶ月目で手を繋ぐ、付き合って三ヶ月目でハグをする、付き合って半年でキスをする。って感じ。
私と心音は飛ばし過ぎというか、いや、飛ばし過ぎなのは心音の方であって。
私は、ただ心音の思うままにやらせているわけで。
だから。付き合ってると、いつの間にやら錯覚していた。
でも心音は私と『私にこれからもキスして欲しい』と。そう言った。
その時の、彼女の声、顔が容易に思い出せる。
これってもう、彼女みたいなものだよね。
けれど心音は、自分のことを知って欲しいから。
付き合って、ではなくて、キスをしてと言ったんだ。
付き合った方が彼女のことをよく知れるのではと、今更思うけど。
そんなの所詮は結果論で。考えていても仕方のないことなのだと思う。
だから。私は、心音のことを知ってから。心音と付き合いたい。
最終的に、そういう結論にまとまった。
そんなことを思案してたら、いつの間にか学校だった。
学校の正門をくぐる。
心音に会いたい。
その思いが、私を早足にさせる。
靴を履き替えて、私たちの教室へと歩みを進める。
前のめりになってコケそうになりながら、たどり着いた教室。
後ろの入り口から、心音の席の方を即座に見た。
「──いた」
背筋を伸ばして凛として。
いつもその場所にいるはずなのに。
なぜだか、凄く嬉しくなって心臓が跳ねる。
さっきまで早歩きだったのに。
いざ、目の先に彼女がいると。足が動かない。
緊張しているらしい。
だけど。心音へと抱く思いが、私の背中を押す。
ゆっくりと。一歩一歩を確かめつつ。
私は心音の後ろへと辿り着く。
制服を着た心音を見るのは、私が好きになってから初めてだ。
女神様と謳われるのも納得の容姿だ。
ラインしている時も、心音を近くに感じているわけだけど。
実際に見てみると、かなり違うものがある。
──土曜日のキス。あの時から、ずっと溜め込んでいた心音への想い。
その想いを吐き出すように。
「心音。おはよ」
たったそれだけを。
耳元で囁いた。
微かに震えた、補聴器の存在感が際立つ心音の耳。
それを確認して、私は自分の席に着く。
キスできないのが、もどかしい。
……自分でも分かっている。
好きになるのが、早すぎるって。
でも。これが、私にとっての普通なのかもしれない。
だって、私は恋をしたことがないから。
好きって言ってもらえたことがないから。
私は。心音という沼に、ハマっていってる。
その沼に入ったら、抜け出せない。
けれど、抜け出なくてもいいんじゃないかな。
……いや、沼はなんか汚い。
だから。なんだろうな。
やっぱり……というか。
沼でもなんでもなく、心音は心音なのだろう。
それ以上でも、それ以下でもなく。
寧ろ。それがいい。




