31番目の妃『その後は』
***『その後1・サブリナとミミリー』
「あーら、サブリナさん。いつまで経っても上達しませんこと」
その声の主はミミリーである。サブリナはこめかみに青筋をたてながら、ニッコリと笑む。強引なる笑顔だ。
「あーら、ミミリーさん。いつでもミミズをお供にしておりますのね。ほら、足もとに」
ミミリーはヒィィィっと後ずさった。だが、そこにミミズはいない。
「私がきれいに剥いたタロ芋の皮でしたわね。てっきりミミズかと。おほほほほ」
今度はミミリーのこめかみに青筋がたった。
「お目が悪くなるなんて……もう老化ですの? ご無理をなさらずタロ芋の皮剥きは私にお任せを」
「何ですって! ミミズーごときが、私の足もとを這っていればいいのよ!」
二人は立ち上がり、互いに睨みをきかせる。両者一歩も引かずのにらみ合いはいつものことである。集まった侍女は、大いなるため息を胸のうちで吐いた。
サブリナは咎められはしなかったが、公爵によって『下働き』を命じられ、王城の台所へ放りこまれたのだ。ブッチーニ侯爵もそれに追随し、ミミリーを『下働き』に出した。同じ王城の台所へと。二人の父親の愛のムチであると同時に、フェリアが指示した二人の令嬢への処遇である。二人には伝えてはいないが。
「怠け者には飯抜きが掟だよ! さっさと皮剥きをおし!」
ケイトの声が台所に響いて、いつものように事が収まる。二人の令嬢は急いで皮剥きを開始するのだが、競争の如く競いあう皮剥きは、タロ芋の体積を極限まで小さくしてしまう。そして、互いに鼻で笑いあい、またいさかいが起こるのだ。
この二人が、『下働き』のなんたるかを理解するのはまだまだ先のようだ。
***『その後2・女官長』
「あんた! そのへっぴり腰なんとかしな!」
こん棒を手に持った女官長は、カロディアの洗礼たる魔獣倒しの最中だ。これもフェリアの指示である。後宮での売られた喧嘩のお返しとばかりに、洗礼を指示したフェリアを誰が責められようか。
女三人組での魔獣倒しに、女官長が見習いで入っている。魔獣に一撃を食らわせねば、カロディア入領を許可しないとのリカッロの命だ。
『ガルルルゥゥ』
一番の弱者女官長に魔獣は狙いを定めたのか、のそりと魔獣の巨体が動いた。女官長は『ヒエェェ』と奇声を発し、闇雲にこん棒を振り回した。
「ボコンッ!!」
振り回したこん棒が、たまたま魔獣の急所にあたり、魔獣はバッタンと倒れた。
「あんた、良い腕してんな。領主屋敷の世話なんかより、私らと組まないかい」
女官長は涙目になり、首をプルプル横に振った。声が出せていない。
「そうかい、そうかい。了承してくれるのかい。嬉しいこった!」
カロディアの女に容赦はない。女官長は引きずられていく……
女官長の行く末は険しいようだ。
***『その後3・王城では』
「お願いよ、ビンズ! どうしても欲しいの。あなたの種が欲しいのよ!」
邸から聴こえてきた声に、マクロンはピキリと固まった。
「お願い、ビンズ……内緒でお願いよ」
フェリアの懇願の声にマクロンの顔は鬼のような恐怖面だ。バーンッと門扉を蹴りあげて、邸に入った。驚いて、目を開くフェリアとビンズの元に、凄まじい怒オーラのマクロンが進んだ。
フェリアはマクロンの怒オーラは、お願いをする自分を拒むビンズを怒っていると思っている。よって、フェリアはマクロンにすがった。
「お願い、マクロン様も協力して」
「あい、わかった!」
マクロンはフェリアを担ぐと、ズンズンと邸宅に向かう。フェリアは何が起こったのかわからず、じたばたと体を動かした。
「暴れるな。欲しいなら! 我の種にしろ。しばし(たった三日)、来れなかったからといって、ビンズの子種をせがむなど!」
マクロンは、ベッドにフェリアを投げる。フェリアはマクロンの行動も発言も、全く理解できず、『ただ種が欲しいのです』と、キレ気味に発した。マクロンへの一撃も加えて。
みぞおちを蹴られたマクロンは踞る。
「ビンズったら、稀少な種を持っているのに私に分けてくれないの! この王城の土壌でも試したいって何度もお願いしてるのにぃ!」
フェリアはじたばたとベッドの上で暴れた。そして、つと踞るマクロンを発見すると、小首を傾げる。
「あれ、マクロン様?」
「……種が欲しいのだな?」
復活したマクロンは、フェリアがちょこんと座る横に座った。
「はい! マクロン様も協力くださいませ。マクロン様が言ったら、ビンズも少しは分けてくれるもの」
「では、種をもらったら、我のお願いも聞いてくれるな?」
「マクロン様ったら、もうぉっ。マクロン様のお願いは何だって聞きたいわ」
マクロンは言質をとったとニヤリと笑う。マクロンは意気揚々と邸から出ると、ビンズから種を奪い取る。いや、ビンズは差し出したようなものだ。
「王様も勘違いされましたか?」
ビンズはニヤついている。心なしか周りの騎士らもそんな顔だ。
「ええ、私も最初は同じ勘違いをしまして、肝が冷えました。私の場合は葉もの野菜の種をせがまれましたが、フェリア様は種のこととなると、何の種かということが飛んでいってしまうようですよ。ただ、『お願い、欲しいのぉ』とせがまれますので、勘違いしてしまいますよね」
ニヤニヤ
ニヤニヤ
マクロンを見る皆の目が生あたたかい。
マクロンはむずむずと這う背中の気恥ずかさに、少々頬を赤らめた。耳はもっと赤い。
「お、お前がさっさと種を渡さんからだ!」
「いえいえいえ、そちらの種は王様がフェリア様のために取り寄せた例の種です。手渡ししたい王様のために、死守しておりましたが?」
マクロンは『グッ』と喉を詰まらせた。
「……み、見つかってしまっているではないか。ビンズともあろうものが、不手際すぎるな。まあ良い。我から渡しておこうではないか」
ビンズは心の中で突っ込む。『だから、あなた様が贈りたくて取り寄せた種ですって』と。
逃げ帰るよう、フェリア邸に戻るマクロンの足が早足であることは、誰もが気づいたが誰もそれを口にはしない。マクロンはやはり背中がむず痒いと思うのであった。
その後、フェリアがマクロンからどんなお願いをされたのか……
翌朝
ニヤけ顔のマクロンが、フェリアを横抱きで邸から出てきたことが答えである。一日中、フェリアの足は地に着かなかった。一日中横抱き状態にされ、羞恥の姿をさらすことになったフェリアであった。
『その後』~完~
最後まで読んでいただきありがとうございます。
桃巴。
※ あとがきは後ほど活動報告にて。




