31番目の妃*40
「王様、お帰りください」
フェリア邸の前でビンズは言い放つ。総会後にフェリアを送ったマクロンは、しきたりによりフェリア邸へ入れない。ビンズは立ちはだかっている。
「何を言う? すでに王妃と認められたのだ。しきたりなど構うまいに」
「いいえ、お妃教育の期間は終わっておりません。残り七ヶ月中……邸に来られるのは三回でございます」
マクロンのこめかみに青筋がたった。
「二週間後に来られますよ。ええ、一日中来られますように、仕事をみっちり詰めていただいても構いません。一時の逢瀬より、そちらの方がよろしいのではと思いますが?」
確かにその通りだとマクロンは思うも、ビンズの勝ち誇ったような言い様に、素直には頷けない。マクロンはビンズの肩で腕を回すと、『ではお前も頑張ってもらおうか』と道連れにした。
「フェリア、31日は一日中一緒に居よう。それまでは文を」
「はい、マクロン様……」
答えたフェリアはもじもじとして、ちらりと上目遣いでマクロンを見ると、小さく口を開いた。
「桃色と白は、どちらがお好きですか?」
そんなことを訊くのに、なぜ顔を染めるのかとマクロンは思った。しかし、拘束したビンズがこそっとマクロンに耳打ちする。
『本日、下着商人が来られるのですよ』
ドックン
マクロンの血流が騒ぎ出す。しかし、顔を崩すことはできない。マクロンはフェリアの頭から爪先までを無意識に見つめると、こちらもまた、小さく呟いた。
「白」
そう言って踵を返す。この場にいるのは危険だとマクロンは思ったからだ。しきたりなど関係なしに腕の中に閉じ込めてしまいたいと衝動がマクロンを襲った。
数歩歩いて、振り返る。
「フェリア」
「マクロン様」
二人は互いに笑みを交わした。
***
門扉をくぐり、邸に入ると女官長がフェリアを待っていた。その顔はゲッソリと痩けている。次の間から総会へ呼ばれずに解放された後、女官長はふらふらとこのフェリア邸へ来たのだ。もちろん、騎士の監視と例の侍女がついている。マクロンとフェリアの思い通りに事は進み、女官長の出番はなかった。ただ、総会でのことは女官長の耳に届いていただろう。
女官長と女官長の甥は罪を犯した。しかし、咎められていない。王マクロンの命であったとされたから。自身の今までの行いを見返して、女官長は悔いずにはいられない。例え、マクロンとフェリアが、女官長を単なる駒として手のひらで転がしていたとわかっていても、それでも女官長は悔いた。
斬り捨て、罰していく先王の時代であったなら、真っ先に捨てられたはずだ。不要な存在だと王城から放り出されただろう。側室らを下賜したように。いや、本来なら極刑に違いない。その方が楽なはずだ。正義の剣を振るった方が簡単なのだ。だが、マクロンとフェリアはその上をいく王と王妃になろう。女官長はフェリアの前で土下座した。その横には茶が入ったカップが置かれている。
「今までのご無礼並びに、私の悪しき行いは、極刑に処しても足りぬほどです! ですが、甥はどうかお助けくださいまし! 私の指示でしたことなのです。どうかご慈悲を! 私が命を差し出しますので!」
カップを手に取った女官長は、一気にそれを飲み干した。
「……」
「……」
フェリアと女官長は無言のまま見つめあった。
「……な、んで?」
微かに溢れた声は女官長である。慌てたように懐から袋を出すと、それを開けて中のものを口に入れた。開かぬように手で押さえた口から、うぐうぐと声が漏れる。限界がきたのか、ケホッと口から溢れたそれは茶葉である。
「ねえ女官長、お茶を飲んで、茶葉を食べて何がしたいの?」
その馬鹿にした言い様とは反対に、フェリアは穏やかに笑んでいる。
「ぁっ、ああぁぁ」
女官長は泣き崩れた。フェリアから女官長に贈られた茶葉に、毒が仕込まれているかもしれないと伝えるように言ったのはフェリアである。女官長はそれを鵜呑みにしていた。懺悔して、フェリアの前で飲んだのだ。しかし、毒など入っていない茶葉である。死ぬわけがないのだ。侍女が女官長の背を擦りいたわった。
「あなた、疲れているのね。それでは、女官長は勤まらないわ。良い機会ね、引退なさったらどうかしら?」
王マクロンが咎められぬから、フェリアが行うのだ。それは、なんと優しい処遇か。引退すれば良い。その程度の罰で済むことでは本来はない。フェリアに嫌がらせをし、フェリアを拐おうと荒事を起こし、フェリアに毒を盛って暗殺しようとした者に下す罰ではない。しかし、同じく毒を盛ろうと画策したサブリナは、皆の前で醜態をさらさせただけで罰せられてはいない。だが、社交界の地位は地についたも同然だ。令嬢サブリナにとっては十分な罰であろうが、きついお灸程度で済んだとも言える。よって、フェリアも女官長に甘い処分を下した。
「この後宮に使えない者なんていらないの。何処へなりともお行きなさい!
ああ、そうだわ。ガロン兄さんは死斑病の研究を続けているのよね。発病者の症状も研究したいはずよね。カロディアはいつも人手が足りないわ。リカッロ兄さんとガロン兄さんで屋敷は綺麗に保てるかしら? 芋煮会の準備だってきっと大変よねえ? あーあ、ただ働きしてくれる奇特な者はいないかしら?」
フェリアはわざとらしく女官長を見る。
「あら、いやだ。私ったら、最近独り言が多くって、お恥ずかしいわ。……あなた、まだ居たの? さっさと王城を去りなさいよ。引退じゃなく、追放を命じるわよ!」
フェリアはまたもわざとらしくツーンッとそっぽを向いた。
「ありがとうございます……ありがとうございます。一生(カロディアの繁栄のために)お仕えいたします」
女官長はそう言うと、深々と頭を下げた。フェリアはツーンッとしたままだ。こんなに意図のバレた演技はないだろう。しかし、邸にいたケイト、ゾッドら騎士もそれを指摘はしない。優しい笑みで見つめるのみだ。
「では、失礼いたします」
「言い忘れたわ。牢屋の侍女もいらないから、あなたが口を塞ぐ処置をなさい。天空の孤島カロディア領なら、紡ぐ言葉はここ後宮までは届かないでしょうね。とっても良い口の塞ぎ方でしょ?」
フェリアはツーンッとした方向のまま発している。女官長の顔など見ないのだ。
そのフェリアに、女官長は『はい……はい……そうでございますね。口を塞ぐにも答えはひとつでなく、それが長という者が持たねばならぬ手腕と度量、人としての格でございましょう。私にはないものでした……』と心の負の魂を解放した。再度深々と頭を下げてから、女官長が門扉をくぐり出ていった。
フェリアはそこで、やっとツーンッを解いたのだった。
***
「フェリア様、落ち着いてください」
二度目の31日がきた。フェリアは朝から落ち着かない。先ほど、ビンズが王マクロンの訪問を告げてきた。もうすぐ、やって来るだろう。
「やっぱり外で待つわ」
フェリアは立ち上がり邸宅から出ようと、扉に手をかけた。動かしていないのに、スーッと開く扉に持っていかれ、体が前のめりになる。フェリアの小さな悲鳴は、大きな胸板に吸い込まれた。
「熱烈歓迎だな」
すっぽりとマクロンの胸におさまったフェリア。同時に扉に手をかけた結果である。フェリアはすぐに離れようとしたが、マクロンがそれを許すはずもない。
「さあ、フェリア。お忍びデートに行こうではないか」
次話&おまけ一話明日更新にて完結となります。
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