31番目の妃*36
マクロンと伯爵の間にフェリアは進み出た。マクロンはニヤリと笑み、フェリアに場を預ける。
「我が儘をあえて口にして、ここに集う。そんな嫌な貴族を演じて、先に民に予防の芋煮を食べてもらおうとする心意気、私……感動で胸が熱くなりましたわ。公爵様も侯爵様らもすでに朝早くから広場にお並びだと言うのに、ここに集った貴族の方々は、なんと……なんと素晴らしい心意気でしょう!! ええ、ええ、ここでお待ちになってくださいまし。民全員に芋煮が配られたのち、こちらに芋煮を持ってきましょう。残っていればですが……」
フェリアの声は広間を静かにさせた。マクロンは悪どい笑みを貴族らに向けた。
「なんと、素晴らしきかな。ダナンを支える貴族らよ。民に予防の芋煮を食べさせるため自邸に引きこもり、民に残り少ない芋煮を食べさせるためここにあえて集うとは、我も感動で胸がうち震えておる。伯爵、この場はお前に任せた。では行こうかフェリア」
呆気に取られる貴族らを広間に置いて、マクロンはフェリアの腰に手を回すと、颯爽と広間を後にした。
「良いか、ここは忠義なる貴族の集まりだ。しっかり扉を守るのだぞ」
マクロンは広間に聞こえるように大声で発した。そのマクロンの手は何かを合図するように動く。広間の入り口に配置された騎士は、マクロン同様大きく返事をし、マクロンの合図の答えである錠前を素早く取り出した。そして、入り口の扉の取っ手にガチャンとかけた。
突如、中から悲鳴と怒号が聞こえてくる。
ガタガタガタガタと入り口は揺すられた。広間は阿鼻叫喚であろう。
「なかなかであったぞ、フェリア」
マクロンはクックックと笑っている。
「マクロン様だって、素晴らしくノッておられましたではないですか」
フェリアもお返しとばかりにふふふと笑った。
「お二人共にお人が悪い」
ビンズがそう呟いたのだった。
***
フェリアは自邸に戻る。マクロンも一緒である。今日の芋煮を作るためである。しかし、タロ芋はあるのだが、ダダの薬草が少ない。作れる芋煮は鍋五つがやっとであろう。
「フェリア!」
邸の門扉をくぐると、兄がフェリアを待ち受けていた。と言っても、ガロンではない。兄が増殖していた。
「リカッロ兄さん!」
大熊男リカッロは、フェリアは抱き上げた。
「しばらく見ないうちに、成長したなあ」
「は? もう二十二よ、成長するわけないでしょ!」
「ハッハッハ、そりゃそうだ。体は成長してねえが、心は成長したんだろ?」
ほんのり頬を染めるフェリアの口はパクパクと動くが、返答できないようだ。リカッロはガッハッハと笑う。
「はじめまして、義兄殿」
マクロンはリカッロに進み出る。抱き上げられているフェリアを、ひょいと自分の腕におさめ、ニッコリと笑んだ。この役目は自分に移ったとのアピールだ。
「……なるほどなるほど。義弟殿、ジャジャ馬ですが、よろしくお願いいたします」
リカッロは深々と頭を下げた。まだ、正式な妃ではないが、互いに認めあった会話である。王を前にして、リカッロはなんらへりくだってはいない。今の立場はフェリアの兄であり、両親のいないフェリアにとって兄は親代わりである。
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
マクロンとリカッロの会話にフェリアは少し涙ぐんだ。嫁ぐとはこういうことなのだと心が込み上げる。兄が丁寧な言葉で頭を下げたからだ。ジャジャ馬はフェリアにとって誉め言葉のようなもの。
「王様、タロの薬草を持って参りました。しかし、フェリアやガロンからお聞きだと思いますが、必要なものはタロ芋とカロディア特産のダダの薬草です。カロディアより、最大限持って参りました。どうぞ、お使いください」
リカッロは義兄の顔から、カロディア領主の顔になり王マクロンの前で膝を着いた。
「カロディア領主よ、協力感謝する」
マクロンも王としてリカッロに接した。
そこにドタバタとやってきたのは、ガロンである。
「兄さん、フェリア! あっ、王様」
ガロンもマクロンの前で膝を折った。
「死斑病の拡散は隔離と封鎖により、大きくは広がってはおりません。最初に発病した三名が診療所で隔離されるまでに接した者五名ほどが発病しました。ただいまの患者数は八名。この八名と関わりがある者三十七名も隔離が終わっています」
ガロンはそう報告すると、ちらりとリカッロに視線を送る。リカッロは頷いた。
「王様、発病者と関係者に関しては私とガロンで食い止めましょう。私たちカロディアの者は日頃から芋煮を食べて万全の予防をしておりますから、発病者の処置はお任せください」
リカッロはそう言ってから、ガロンと共にフェリアを見つめる。顔はニッと笑っている。フェリアもニッと笑い返す。
「私は……いえ、私たちは、発生地への芋煮の配布ですね」
そして、フェリアはマクロンを見つめた。
「なんと心強いことか。皆、聞いたな! カロディア領主と、我が未来の妃に従え!」
マクロンの命が、邸に響く。騎士や工人、近衛や文官、はては重臣や長老らも邸に集まっており、皆が『御意』と返答したのだった。
***
一週間が経った。
発病者は増えたものの、隔離された者の発病であり、発生地の拡散はなく死斑病は終息の様を見せている。隔離された者も、発病者はタロの生葉で治療され、それ以外の者も芋煮によって健康を保っていた。
広間に集まり、フェリアとマクロンから手厳しい対応をされた貴族らにも、その日のうちに芋煮が配られた。食した後に、逃げ帰るように退城した貴族らは、また自邸に引きこもっている。
フェリア邸は今日も賑わっている。なぜかというと、騎士のみならず重臣や長老が訪れるようになったからだ。フェリアの淹れる薬草茶の虜になっているのだ。そして、薬草茶を欲するほど、頭痛の種となっている国の主である王の愚痴をつらつらとフェリアに聞かせている。
「……というわけで、私たちはお妃様選びのしきたりを持ち出しまして、王様のこちらの邸へのご訪問は禁止にしました」
長老らはふへへと笑っている。一旦聞くと、フェリアに対する陰湿な処遇に聞こえるが、そうではない。王マクロンへの日頃のうっぷん晴らしであり、フェリアにそれを告げているのだ。
「ええまあ、そうして王城に帰りましたら、王様の前でフェリア様の邸でのことを話します。王様の悔しそうなお顔……ふへへすみません、フェリア様」
フェリアはクスクスと笑って、長老らの話を聞いていた。
「まったく! あなた方のせいで今度は私たちがとばっちりですよ」
フェリアと長老らの語らいのテーブルに現れたのは、重臣らである。
「あれやこれやと、王様からうっぷん晴らしに仕事を押し付けられ、体が持ちません。フェリア様、薬草茶を飲まなければやってられません」
数人の重臣らのその言い様にフェリアの背後のケイトは、思わず笑った。要するに、ここに来て休みたいのだろう。そして、また長老らと同じく王マクロンへ出来る最大級の仕返しである。仕事が大変で、フェリア邸で一服してきましたと、晴れやかに王に言うのだろう。全くもって長老らと同じである。
昨日やっと、芋煮の配布が終わり、死斑病の対応に奔走した皆がフェリア邸で慰労会をしているようなものであった。
しかし、そこにマクロンは参加できない。ここは31番目の妃邸である。王マクロンは、フェリア邸で命を発して以来ここには来ていない。死斑病の対処は、現場だけに終わらないのだ。隣接する各国への周知や、フェリアらが行った対処法をまとめること。さらにはそれを、各国の妃候補らに授けること。今後増えるであろう、カロディア領のダダの薬草の取り引きなどの対処を考えている。仕事は山ほどあるのだ。今ごろ、王の元に残っているビンズは、こめかみを押さえていることだろう。
***
「……じゃあ、あんたらはその毒を作ったのだな。その数日後から斑点が出始めたと?」
男らは頷く。ガロンは顎を擦った。死斑病の原因を探っているガロンは、最初の発病者の口を割らせた。
最初、男らは口をつぐんでいた。毒の精製は禁忌である。それを口にすればどういうお咎めがあるか、男らはわかっている。だから、単に毒沼を通ってから斑点が出たと言っていたが、火災後の調査に毒沼を通った騎士は発病せず、それ以降に通った男らが発病した現象をガロンにつかれ、騎士らとは違う行動があったのではないかと、思い出してくれと何度も頭を下げられたのだ。
恩人であるガロンが必死に死斑病の原因を調べている。死斑病の原因が今まで明らかにならなかったのは、発病者が毒の精製を口にできなかったからだろう。男らとて同じだ。ただ、男らはガロンによって助けられた。斑点も少しはあるが、さほど目立つものではない。何より痛みもない。昼夜看病してくれたガロンに、男らの心が限界に達した。
ガロンは死斑病の原因が毒の精製であるとほぼ確信した。そして、作られた毒が誰の手に渡ったのかと、男らに問う。その答えにガロンは慌てて王城に走った。
次話明日更新予定です。




