31番目の妃*33
その知らせは一気に王マクロンまで報告された。
「騎士の緊急召集。発病者の隔離と発生地の封鎖。王都全域の診療所、薬屋との連携。民には隠すことなく伝えよ。ただし、恐怖心を煽るなよ。皆笑顔で対応せよ。それだけで、民は安心する」
マクロンは集まった重臣らに命じた。その重臣から声が上がる。
「薬は確保できますでしょうか?」
マクロンは王城の医師に視線を移した。医師は、難しい顔で首を横に振る。
「タロの生葉が必要ですが、今は時期ではなく、入手は困難でしょう。斑点に触れぬように、白布を巻く以外今できる対処はありません」
いっそう青い顔をしている重臣が、医師にくらいつく。発生地に邸宅を構えている重臣だ。
「何か手はないのか?!」
医師は無言で応えた。会議は重苦しい雰囲気に包まれた。
死斑病のことは、マクロンもよくは知らない。遠く離れた国の村が最初の発生地で、終息してはまたどこかで発生する。原因はわかっておらず、治療も確立していない。各国の医師を悩ませている病である。ここダナンにおいても、先代の王の時代に村で発生しているが、他国に比べ広がることなく終息した。その時の治療記録に、タロの生葉が効くと記載されている。
タロの生葉とは、タロ芋の生きた葉っぱということだ。タロ芋は苦味のある芋でダナンではあまり生産されていない。薬草として、幾つかの領で栽培されているだけだ。今は栽培の時期ではなく、生葉は期待できない。葉を乾燥させて作った薬草は、切り傷には効くが死斑病にはあまり効かず、少々痛みが和らぐ程度である。
しかし、無いよりはましだろうと、マクロンは栽培している領に伝令を出したのだった。もちろん、カロディア領にも。
***
フェリアは夕食の準備をしていた。大鍋にはグツグツと美味しそうな根菜が踊っている。夕刻まで続いた本邸工事の工人と助っ人の騎士らに振る舞うためだ。邸がほぼ完成し、それを労うためでもある。
フェリアにとって大変忙しい日であった。午前中はいつものように畑仕事、午後にお茶会、夕刻に労いの夕食会と続いている。そして、女官長からの動きは今のところない。今頃、キュリー邸かサブリナ邸であろうとフェリアは予想した。
そこに、ビンズが険しい顔でやってくる。いち早く気づいたのはフェリアだ。
「何かあったの、ビンズ?」
ビンズの顔は、険しいだけでなく青ざめていた。フェリアの前で膝をつくと、苦しげに発した。
「フェリア様、騎士の緊急召集です。城下町で伝染病患者が出ました。王城にまだ発病者はおりません。邸から出ずに身を守ってください」
と。騎士らはいっせいに動き出す。ビンズと同じようにフェリアの前で膝をついた。
「フェリア様、くれぐれもご注意ください」
ビンズと騎士らは立ち上がった。邸から退こうと動き出す。しかし、フェリアは行く手を阻んだ。
「私がどこの出身であるか、お忘れかしら? 伝染病の病名を言いなさい!」
「死斑病だ、フェリア」
フェリアの問いに答えたのは、ガロンである。
「兄さん!」
王城への報告後、診療所へ戻り医師を激昂したのち、思うところがあり、ガロンはフェリア邸に来たのだ。
「やるぞ、フェリア。タロの生葉は無くとも、タロ芋は何処かに貯蓄されているかもしれない。ダダの薬草を混ぜて芋煮を作れば、死斑病の予防になる。カロディアでのいつもの芋煮会だ。俺はタロ芋を何とか調達してくるから、フェリアは芋煮の準備をしてくれ」
ビンズは驚く。医師でさえそのようなことは言っていなかった。それで本当に予防できるのかと、ビンズの視線はガロンに向かった。しかし、その答えをフェリアが発する。
「兄さん、タロはここにあるわ。ここ、この庭園の畑で収穫済みよ。ついでに言うわ。今日の夕食はタロ芋の芋煮なのよ。ダダの薬草を入れたら完成よ。やっと、父さんと母さんの努力が役立つのね。ビンズ、ダナンの死斑病が広がらなかったのは、父さんと母さんが研究し、その予防に芋煮が有効だとわかって対処したからよ。やるわよ、カロディア領の威信にかけて!」
それには、ビンズやガロンのみならず、邸の騎士らや、工人も驚いた。
フェリアはガロンに向けて指をさし、その指をスーッと動かす。その指の行き着く先をじっと見たガロンは大声を出す。
「タロじゃねえか!!」
踏み荒らされてはいたが、それは正しくタロ芋の畑である。荒事時に荒らされてしまった畑である。ガロンが邸に荷物を運んだときには、収穫されていたため気づかなかったのだ。
「踏まれているけど生葉も少しはあるんじゃない? リカッロ兄さんの野営箱の種を拝借したから、ここの畑はほとんど薬草なのよね。本当にここの土壌はすごいわ。時期でないのにタロまで育ったわ」
フェリアとガロンは右手を高く掲げ、パーンッと互いに叩きあった。
「やるじゃねえか、フェリア。よっしゃ、やるぞ!」
「兄さんは、発病者の対応にあたって。私は予防の芋煮を担当するわ! ビンズ、王様に報告を。ゾッドはガロン兄さんに着いて。ケイトは私と芋煮よ。皆、芋煮を一杯食べてから動きましょう!」
フェリアの号令で皆が結束した。
***
フェリアは後宮の入口を四ヶ月ぶりに出た。
背後には、芋煮の大鍋が五つほど荷車にのせられている。その荷車が三つ。工人らが芋煮を運んだ。騎士らは、ガロンとともに発生地へと向かった。
フェリアの戦いがはじまる。
「皆、行くわよ!」
一行は城門を出て城下町に下った。町の広場で芋煮を配るのだ。ダナンの国旗を掲げ、広場に向かった。
「フェリア様!」
フェリアを呼んだのは、ガーベラのお見舞いをフェリアに贈った騎士らである。広場ではすでにその騎士らが民を誘導し、予防の芋煮を振る舞うと伝えている。民はひしめき合っているが、殺伐とはしていない。王マクロンの指示で、対応している者は笑顔で民に接しているからだ。
「皆さん! 王様のお妃様であるフェリア様が、皆さんに芋煮を配ります! 安心してください。この方は、あの薬草領のカロディアから来たお妃様ですから!」
騎士の発言に、民はさらに安心の顔を見せる。皆、フェリアを期待の瞳で眺めている。フェリアはニッコリと微笑んだ。その笑みにさらに民は安堵の表情を見せる。
芋煮が配られる。フェリアは受け取る民ひとりひとりに優しく声かけをした。十の大鍋の芋煮を深夜までかけて配り続けた。それでも、やはり王都であるからして民の人数はさばききれない。残り五つの大鍋となって、フェリアは追加の芋煮を作るため、数人を連れて後宮に戻っていった。
後宮の入口で待ち構えていたのは、サブリナを筆頭に辞退をしなかった妃らと、女官長である。
「ここから先は通せません!」
女官長が声を張り上げた。フェリアを位高く見ながら、さらに続ける。
「退城した者が戻れるわけないのです!」
確かにフェリアは城から出た。自らの意思で退城したと言えるだろう。
「それに、民と接触した者を後宮に入れて、もし! 死斑病が移っていたらどうするおつもり?」
サブリナが、フェリアに言い放った。
フェリアは後宮の入口に位並ぶ者を一瞥し、怒りを胸におさめながら、工人に指示を出す。
「私の邸に行き、タロとダダ薬草を持ってきて。入れないのなら、ここで作るしかないわ。そこの愚か者に構っている暇はないの! 皆、私の命を受けなさい!」
フェリアの号令に工人は後宮の入口にたむろする妃らの脇をすり抜けていった。次に騎士らにここで火をおこすように指示する。
「十の鍋を作るわ。一気に作るから火力は強めでお願いね! 野営だと思えば何てことないでしょ?」
「我も手伝おうぞ、フェリア」
その声は王マクロンである。妃らになど目もくれず、フェリアを労るように見つめる。
「マクロン様……」
フェリアは、胸の怒りが涙に姿を変わったのを自身でわかった。マクロンはフェリアの怒りを受け止めるように、フェリアを優しく包んだ。
「大丈夫だ。間違っていない。今重要なのはダナンの民に最善を尽くすこと。よく頑張ってくれている。正にダナンの妃に相応しい働きよ。そこの愚者どもになど目もくれぬ、その清廉なる姿に、我はまた惚れ直したぞ」
妃の座に固執するあまり、フェリアを蹴落とすことばかり思っているサブリナらは、民を蔑ろにしていることに気づいていなかった。ダナンの妃たる役目が何であるかを、見落としてしたのだ。王マクロンの言葉に、フェリアを抱く王の姿に、サブリナらは立ち竦んだ。
「フェリア様、私どももお手伝いさせてくださいまし。そして、母国にこの死斑病の予防策をご教授くださいませ」
キュリーが現れる。
キュリーを筆頭に、王城に残っていた他国の姫である妃らが、フェリアに膝を折った。それは、フェリアをダナンの妃だと認めたものである。ダナンの正式な妃であると。
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