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31番目のお妃様  作者: 桃巴


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30/43

31番目の妃*30

「誰が誰に盛るかよね」


 紫色の小瓶を手に、サブリナは発した。集まったサブリナの取り巻きの妃らは、その小瓶をビクビクしながら見ている。喉が渇くのか、しきりに紅茶を口に含んでいた。


「田舎者が王妃の席欲しさに、キュリー姫に毒を盛った。では駄目なのですか?」


 妃のひとりの発言である。サブリナはその妃を一瞥し、おもむろに小瓶を開けた。そして、その妃のカップに一滴を落とす。妃の顔は真っ青だ。


「上位の者が下位の者に一滴を盛った方が効果的かも知れなくってよ。田舎者は死に、キュリー姫は責を問われ妃を辞退する。自国に強制送還ね。その反対なら、キュリー姫は死に田舎者も処罰される。けれど、ダナン国はキュリー姫の死の責を問われてしまうでしょ?」


 サブリナは、毒を盛ったカップをテーブルの中央に移動した。妃はホッと息を吐き出した。


「でもね、誰が実際に盛るかは決まっていないわね」


 サブリナは集まった妃らを見渡す。どの妃も視線を反らしていく。手を汚したくはないのだ。自分の手を汚したくないのは、サブリナとて同じである。さて、誰に命じようかとサブリナは思案していると、そこに声がかかった。


「サブリナ様、失礼いたします。侍女の手配ができました」


 女官長である。キュリー邸での実技を終え、今からフェリア邸に連れていく侍女を伴っている。


 サブリナは満面の笑みで女官長を迎えた。なぜなら……


「ちょうど良いタイミングでしたね」


 サブリナは妃らを再度見渡した。妃らの顔が色づく。フェリア邸に行く侍女に実行させればいいのだ。その意図を汲み取って、妃らの顔に血の気が戻った。


 毒のお茶会は開かれる。キュリーのお茶会から三週間が経っている。妃意向面談から一ヶ月が経つその日、お茶会が開かれた。毒のお茶会が。


 その間、王マクロンはどの妃邸にも赴いてはいない。




***


「キュリー様、こちらでございますわ」


 サブリナ邸で開かれたお茶会に、キュリーが現れた。前回と違うのは、妃の人数である。サブリナが招待したのは、2番目の妃キュリー、7番目の遠方の国の妃、18番目の妃と25番目の妃、そして31番目の妃フェリアである。サブリナの取り巻きは、もちろん18と25番目の妃である。7番目の妃は妃辞退はしているが、悪路により城に滞在している妃だ。サブリナは、公の目として……つまり公平な証言人としてこの妃を招待していた。裏の悪巧みを知らずに参加している妃である。


「キュリー様、申し訳ありません。もう一人お呼びしているのですが、まだ来られておりませんの」


 サブリナは眉を下げ、申し訳なさそうにキュリーに微笑んだ。裏の顔を知らねば、すっかり騙されそうな、そんな表情だ。サブリナとて、自身の顔がどんなものかわかっている。大概この顔をすると『お気になさらないで』との優しい言葉をかけられるのだ。サブリナは、キュリーの言葉を待った。しかし、無言のまま時が過ぎる。


「高位の方々を待たせるなんて、やっぱり田舎者は礼儀を知らないのですね」


 18番目の妃が言葉を挟んだ。呼応するように、25番目の妃も発する。


「せっかく、お優しいサブリナ様がご招待しましたのに、遅れるなんて失礼ですわね」


 まずはフェリアの無礼な遅刻を印象づけたいのだろう。キュリーは、扇子の内側で『お馬鹿な方々』と無音で毒づいた。奥まったフェリア邸から、このサブリナ邸はずいぶん遠い。さらに、フェリアはサブリナ邸を知らない。仕込んだ侍女の案内で、こちらに来るはずだが、その侍女はわざと遅れて到着するように案内している。そのことは、女官長からキュリーに筒抜けであった。もちろんフェリアにも知らされている。あえて、サブリナらの企みにのっているのだ。


「そんな、皆さんいけませんわ。あの方は元々、妃の何たるかを知らず召し上げられたのですから。わざとじゃないのだから、優しく接してあげなくちゃいけません」


 サブリナは二人の妃をたしなめる。


「まあ、サブリナ様は本当に心根の優しい方ですのね」

「あの方をお茶会にお誘いして、遅刻という無礼までおおらかに受け入れるなんて……私、胸が熱くなりますわ」


 キュリーからすれば、茶番劇にしか見えないが、証言人たる7番目の妃には有効だろう。キュリーはちらりと7番目の妃を見る。目をパチパチと瞬かせ、その様子を見ていた。その視線がつとキュリーに移る。


瞬きパチパチ、パチン、扇子傾げ

『面白い、お茶会ですね』


 さすが、姫である。瞬きの後に、扇子を三人に向け傾げた。瞬きの会話を送ってきたのだ。キュリーも応じる。


瞬きパッチン、扇子閉じ

『同意』


 そんな会話など、気づいていない三人の妃らである。


「失礼いたします」


 フェリアの侍女が邸の門扉で声を上げた。


 さあ、毒のお茶会のはじまりだ。




***


 フェリアは意気揚々とサブリナ邸に現れた。自身が最後であることなど気にもせずに、集まった妃らに挨拶をする。


「皆さん、ごきげんよう」


 軽やかに、爽やかに、元気よくといった挨拶に、妃らは唖然としている。『遅れてしまい申し訳ありません』との文言ではじまるかと思いきや、『皆さん』との声かけに、『皆様』ではない声かけに、先制攻撃を受けたかのように面食らってしまったのだ。


「あ、あなた! 何という言葉遣いなのです!」


 18番目の妃が声を荒げた。


「こういう言葉遣いですよ?」


 妃はわなわなと震えている。顔は真っ赤だ。息を吸い込み、何か口にしようとしたのだろう、口が開きかけた時にそれを遮る声。またもフェリアである。


「サブリナ様、お招きありがとうございます。前回は、お誘いいただきましたのに、王様に『騎士らへのお茶の振る舞い』を仰せつかってしまい、こちらのお茶会に来れませんでしたの。ごめん遊ばせ。ですが、またこのように、どうしても……ええ、どうしても私とのお茶会を熱望されるなんて、サブリナ様ったら、うふふ、どんなに私が好きなのです? 私楽しみにしておりましたの」


 さすがのサブリナも、このもの言いに口もとをヒクヒクさせた笑みを浮かべている。感情を何とか抑えようと踏ん張っているようだ。


 それを、キュリーが扇子に内で『素晴らしい先制攻撃だわ、フェリア様』とほくそ笑んでいた。7番目の妃に至っては、目を爛々と輝かせてフェリアとサブリナを見ている。18と25番目の妃はいかり肩で、フェリアを睨んでいた。


「え、ええ。私も、ええ、楽しみにしておりましたのよ」


 若干、声を震わせサブリナは答えた。サブリナが何とか気を保っていられたのは、フェリアの背後に立つ侍女の存在があったからだ。『どうせ、あなたの命も後少し』その思いで何とかフェリアの存外な態度に、怒気をおさめることができた。


 そのサブリナの表情の内面を、フェリアは十分に理解し次なる一手を指示する。


「お招きいただいたので、贈り物を持って参りましたの。サブリナ様、こちらを」


 フェリアは侍女から小さな箱を受け取ると、サブリナに差し出した。サブリナは自身の侍女に目配せする。受け取りは侍女がするものであり、侍女は小箱を受け取った。


「私、この後宮ではじめていただいた贈り物が、とっても素敵な贈り物でしたので、お裾分けをしたくて、本日お持ちしましたのよ」


 侍女の手がビクンと動いた。フェリアが受け取ったはじめての贈り物が、あのミミリーからのミミズであることは、誰しもが知っていることである。あれだけ盛大に王とのお茶会で披露したのだから。


「サブリナ様、どうぞご覧なさってくださいまし」


 フェリアはうふふと笑った。


 ーーパキッーー


 サブリナの手の扇子が軋み悲鳴を上げた。


「まあ、それはそれはありがとうございます。では、皆さんで見ませんこと?」


 侍女が小箱をテーブルの真ん中に置く。サブリナは、軋んだ扇子を25番目の妃に向けた。


「開いてくださいまし」


 25番目の妃はプルプルと首を横に振る。涙目になっていた。


「……」


 サブリナは無言の圧をかける。妃の手がゆっくりと小箱に向かう。小刻みに揺れたそれを、フェリアの手が止めた。


「お裾分けの良い土ですの。贈り物のおかげで良い土ができまして、こちらの花壇に良い土を撒きましたらきっとお花にも良いかなと」


 フェリアは妃の手をやんわりと退けると、自身で小箱の蓋を持ち上げた。


「ふわふわの土でございましょう、サブリナ様」


 フェリアは満面の笑みをサブリナに向けた。たかだか土を怖がっていたのですか……との意味合いも含んだ笑みだ。正に後宮の女の戦いである。

次話7/12(水)更新予定です。

今週は多忙なため、更新時間がいつもより遅い場合もあります。

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