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31番目のお妃様  作者: 桃巴


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29/43

31番目の妃*29

『鞭が好きですわ』


 フェリアの返答にマクロンは少しだけ、妄想してしまったが、いかんいかんと首を横に振り、それをかきけす。


「ビンズ、フェリアは鞭を希望した。軽くて持ち運びの良い物を準備しろ」


 マクロンは文をもう一度目にしながら、フェリアの姿を思い浮かべていた。どう装備させるかと、これまた男のロマン的な妄想が浮かび、それをかきけす。


「はい、準備します。フェリア様から、鞭を使った魔獣狩りの話を聞いておりましたので、たぶん鞭を所望すると思っていました。いくつか候補を見繕ってあります」


「そうか、ではすぐに選んでもらえ。キュリー姫から、武器なしの実践実技がすでに終わっていると報告がきている」


 フェリアは筋が良い。カロディア領での魔獣狩りに比べたら、フェリアにとって背後を守る連携実技は楽なものである。フェリアが武器なしで、王と連携し敵を討てる人数は七人だという。実に頼もしいことか。実際、フェリアとマクロンで連携はしていないのだから、人数の変動はあるだろう。人数が多くなる方にであるが。


 王妃の席に野望を抱く妃らの中で、ここまで短期間で襲撃に対処する技を習得できる者はいないと想像がつく。数年かけたとて無理だ。マクロンが王妃に望むのは知識や礼儀作法、智略や美貌、公務の手腕などではない。それらは、所謂王妃たる教育の一般的なものである。しかし、今現在王マクロンだけでダナン国は回っているのだ。王妃の手を借りずとも十分なほどに。ゆえにマクロンは、ビンズが言ったように生涯の伴侶を王妃として望むのだ。心のままに望むのだ、フェリアを。


 そのフェリアに必要な王妃教育とは何か? キュリーはズバリ指摘した。ダナンのアキレス腱はフェリアになると。王マクロンの唯一の弱味がフェリアの存在であろうと。確固たる力を持つマクロンに刃向かうには、弱味を握ることが効果的である。先の荒事のようなことが、幾度も繰り返される可能性があるのだ。だからこそ、実践が必要であった。フェリアには、生き残る術を。マクロンには、フェリアを守らぬ術を。……場合によっては、フェリアを見捨てる覚悟を。それが、フェリアの王妃教育である。


「侍女の選定はどうだ?」


 マクロンのその問いに、ビンズは顔をしかめる。


「女官長が首を突っ込んできます。フェリア様の邸の侍女は自分が決めるのだとしゃしゃり出てきまして、手こずってますよ」


 ビンズはこめかみを押さえた。マクロンもビンズも女官長の動きは把握している。泳がせていると言った方がよいだろう。サブリナの動向を探る駒であるのだ。キュリーからは報告があった。


 女官長にしてみれば、サブリナとキュリーに報告するための、フェリアにつかせる侍女が必要であり、それは女官長の息のかかった者でなければならないのだろう。


 しかし、今は無理だ。武器を実装した実践が終わっていないからである。それさえ終われば、女官長の密偵を潜ませたとて、さして問題はなく、反対にその侍女を踊らせることもできる。こちら側の思惑通りに。


「女官長推しの侍女は、実技テストと称してキュリー姫の邸で一週間働かせればいい。その間にフェリアの実践を終わらせるように組め。正規の侍女もこの間に準備すればいい。フェリアにもキュリー姫にもそう伝えてくれ」


 ビンズは頭を下げて出ていった。マクロンは、ビンズの背を見ながら羨ましく思う。フェリアに会えるのだから。自身の妃でありながら会えぬとはと、マクロンはハァと息を吐き出した。


「後、二ヶ月か」


 フェリアに会えるまでの期間を、マクロンは呟いたのだった。




***


「なんてこった?!」


 リカッロは屋敷が震えるほどの大声で発した。隣でうたた寝をしていたガロンは、飛び起きる。


「何だよ?!」


 キレ気味にガロンが問う。リカッロは届いた文をガロンに渡した。ガロンは訝しげにそれを読み、リカッロと同じく『なんてこった?!』と叫んだのだった。


『リカッロ兄さん、ガロン兄さん、お久しぶり。先ずは野営箱のことを報告するわ。十分に役に立ったわ。私の邸の土壌が、あの種を試すのに期待できたから、少々蒔いたわ。それと、言いにくいのだけど……荷物が全部焼けちゃったの。野営箱も種も、服も全部焼けちゃった。だから、適当に何か送ってくれないかな? 薬草とか薬草とか薬華もいいわね。後、種とか種とか種も。すっごく良い土壌よ。じゃ、よろしくね。


あ、忘れてた。私、妃になるわ。


フェリア』




***


 フェリア邸に届けられた荷物は十箱にも及んだ。フェリアはそれを運び入れた人物を知っている。背が高い、ボサ頭でわかってしまう。


「ガロン兄さん」


「おぅよ! ここの土すげえな」


「あ、うん。じゃなくて! 何でわざわざ兄さんが運んだの?」


「ああ、あの種の状態を見てこいって大兄さんに言われてさ。土壌が良いなら、芽吹きが早いんじゃないかって。気になって仕方ないからって、俺がかり出された」


 種蒔きをしてから一ヶ月が経とうとしている。毎日、様子は見ているがまだ芽吹いてはいない。


「この土壌なら、二ヶ月はかからねえな。二週間ぐらい早く芽吹きそうだな」


 ガロンは土壌を直に触り、確かめている。フェリアもガロンと同じ意見だ。


「芽吹きまで町にいるからな。大兄さんからさ……少しでいいから婚礼品持たせてやれって、町で購入すっぞ。俺のセンスに文句は言わせねえからな! カッハッハ」


「ぁ、ぅん……ありがとう」


 フェリアの瞳が揺れた。ガロンが優しくフェリアの頭を撫でる。ポロリとつたった頬のしずく。邸にいる騎士らはとても美しい涙を見たのだった。




***


 ヒュン


 ヒュン


 バシッ


 ゾッドは感嘆した。フェリアの鞭さばきの精密さに。的に全て命中するそれに。ただその鞭を、おもむろにスカートをたくしあげ太腿のベルトにくくるのは止めてほしい。騎士のみならずケイトも真っ赤な顔になって視線を反らした。


「フェリア様!!」


 ケイトは慌ててスカートを下げる。フェリアはキョトンとした顔でケイトを見つめた。


「鞭、鞭、鞭は、そんな場所に携えるのではなく、腰にお願いします」


「え? それじゃあ、武器の存在が丸わかりじゃない」


「はい?」


「私の武器は秘密であるからこそ、もしもの時に役に立つのでは? 私が武器をさらしてそれなりに扱えると知っていたら、襲撃人数は増えるのではなくって?」


 ケイトは閉口した。ゾッドら騎士も、その通りだと思った。隠し持つ武器だからこその効果を、最初から手放すことはない。だが、あの適度に筋肉のついた健康的でスラリとした腿を、毎回見せられるのは勘弁願いたいと伝えたい。目の毒だ。いや、王の逆鱗に触れるやもしれない。そうゾッドは悩む。思ったことを伝えればいいのだが、自身がフェリアの腿をそのような目で見ていたと知られるのも……羞恥である。


「フェリア様、せめて生足はやめましょう。生足は王様だけの特権ですよ」


 その声はキュリーである。フェリア邸にキュリー来訪の知らせはなく、それは突然であった。


「キュリー様! どうしてこちらに?」


「動きがありました」


 キュリーのひと言でフェリアの顔がしまる。フェリアは邸宅へキュリーを案内した。キュリーが直にフェリア邸に来たことから、動きの度合いが危険だということがわかる。


「毒を入手したようです」


 フェリアは顔を強ばらせた。まさか、そんなまさかとの思いが沸き起こる。


「なぜです? 妃候補であろう方々が、なぜそのような馬鹿なことをなさろうとするのか……」


 フェリアは呆れ返り、言葉を止めた。首を横に小さく振りふぅと息を吐き出す。


「魔獣と戦うフェリア様と同じだとお考えくださいな」


 キュリーはニヤリと口角を上げた。


「あの方々にとって、フェリア様は魔獣的存在なのです。驚異の存在、負ければ自身が滅ぼされるかのように感じているのでしょう。まあ、正にそれがフェリア様の格でしょうし、妃の器であると肯定しているようなもの。お馬鹿な方々ね、その行動でフェリア様の格を認めたのですから」


 フェリアは、『私が魔獣?』と呟いた後、クスクスと笑いだした。キュリーも扇子を開き内で含み笑いをする。


「ならば、魔獣らしく接しましょう。人ならば毒の効き目はありましょうが、魔獣ならどうでしょうか? キュリー様、ひと泡ふかせましょう」


「ええ、面白いわね」


 二人は楽しげに話し合う。毒のお茶会に招待されるだろうに、二人に恐怖はないようだ。それを見ているケイトは、身震いした。『これが妃の器』感嘆と共に背に感じる冷たい何かに、ケイトは身震いしたのだった。二体の雌の獅子がそこにいたのだから。

次話7/10(月)更新予定です。

次週更新予定は、月・水・金・土です。

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