31番目の妃*28
キュリー主催のお茶会には、滞在を決めた妃らが揃って参加していた。ミミリーはすでに退城し、このお茶会にはいない。この数日で十人余りもの姫や令嬢らが、退城している。残った者は約二十名ほどだ。お茶会で、互いの内情を探ろうと、妃らはこぞって参加を決めたのだ。たったひとりフェリアを除外して。
「キュリー様、お招きありがとうございます」
サブリナが清楚で可憐な笑みを浮かべながら、キュリーに膝を折った。
「こちらこそ」
キュリーは相変わらず、その人見知りの性格存分なる態度である。それも、気位が高い隣国の姫として知れわたっているので、存外な態度とて咎める者もいない。元より、この場でキュリーより高い地位は居ず、サブリナとて頭を下げなければならぬ存在だ。だが、サブリナは膝を折り頭を下げながら『王妃になった暁には、あなたが膝を折り頭を下げるのよ』と内心毒づいている。
テーブルは五つあり、それぞれに四、五人が座って歓談していた。キュリーが扇子を開閉する合図でテーブルの者は移ろい、また新しいテーブルで歓談する。移ろいながら、主催たるキュリーのテーブルに一度は赴き、挨拶をするといった暗黙のルールで動いている。
サブリナは挨拶後、キュリーの向かいの席に着席した。両脇には、あの日サブリナ邸に集まった妃ら二人が陣取っている。サブリナにとっては、フェリアのみならず滞在した全ての妃らが標的である。それら妃らを蹴落とさんと虎視眈々と知略を練っている。その一番の対称はキュリーであろう。
「アルカディウス様は昨日帰国なさいましたわね。キュリー様は寂しくありません?」
最初の一矢はサブリナの右隣の令嬢だ。夜会にて、アルカディウスが積極的にキュリーに接していたことをさした発言である。ダナン国からセナーダ国に鞍替えですか、との嫌味な意味合いと、ダナン国の妃を辞退したのか、との探りを入れた発言だ。
「外交の手助けは妃の役目ですから」
キュリーの返答に一矢を入れた令嬢のみならず、サブリナもまた絶句した。王マクロンから、妃の打診があったかのような物言いだからだ。サブリナは可憐な笑みのまま、『ええ、そうですわね』とこちらも打診があったかのようふるまう。
「では、九ヶ月はこちらにいらっしゃるのですね」
サブリナの左隣が確実な探りを入れた。
「(フェリア様の妃教育という)ご要望を賜りましたので」
キュリーはあえて誰が誰に何を要望したとは言っていない。しかし、サブリナらは思っただろう。2番目の妃キュリーが王妃の本命であり、31番目の妃フェリアが愛妃になるのだと。この二つの頭上を崩さぬ限り、サブリナに道は開かない。ならば、二つを一気に片づけねばならぬと頭を回転させた。
「キュリー様と九ヶ月ご一緒できるなんて、嬉しいことですわ」
サブリナはその可憐な笑みをキュリーに向け、さも尊敬しているように見つめる。この手の顔は、サブリナの代名詞のような顔だ。幼い頃より培ってきた淑女教育が、サブリナに様々な顔を身に付けさせた。王に政治力も権力もない時世であったなら、サブリナこそ王妃にふさわしいのかもしれない。公爵という後見と権力が王を守るのだから。狡猾な王妃の手腕で国が回せるのだから。
しかし、今世の王マクロンは十分な政治力や、揺るがぬ権力も持っている。王妃という力は不必要と言ってもよい。いや、反目し合う厄介な存在となろう。
「……よしなに」
キュリーは端的にサブリナに答えた。九ヶ月よろしくねとの意味合いだ。しかし、小首を傾げて見せている。なぜあなたが九ヶ月残るの? そんな風に思われるようなキュリーの態度である。『あなたを残すとは王様からうかがっていませんわよ』との印象操作である。
サブリナはドクンと胸が詰まった。王マクロンはすでに、キュリーに後宮の全権を与えているのか、そんな思いにかられる。また、王マクロンから、残す妃を聞いているのかもしれないと。それにサブリナの名はなかったのだろう。だからこそ、小首を傾げおかしいわねと思ったのではないか。サブリナの背に冷や汗が伝った。
そのとき、キュリーの扇子がパチンと閉じられた。移ろいの合図である。サブリナは優雅に立ち上がり、一礼し別のテーブルに移っていった。
「サブリナ様」
先に一矢を入れた令嬢が、サブリナを小声で呼んだ。サブリナは令嬢に視線を移す。
「このお茶会は、もしや王妃打診を皆に知らしめるためではないでしょうか?」
「ええ、そうね」
先ほどの会話からは、それ以外の答えはない。五ヶ月もの期間、王城に居ながらもお茶会など開いたことのないキュリーが、意向面談の数日後に開いたお茶会である。それが意味する答えはそれしかないだろう。サブリナは笑みを崩しはしないが、内心沸々と怒っていた。悔しくてならない、その思いはキュリーに向けられる。サブリナの頭からフェリアの存在が離れた。
***
そのフェリアであるが、試練に耐えていた。キュリー邸に妃らが集結しているうちに、フェリア邸では王妃教育が行われていた。キュリーのお茶会は、妃らの視線をフェリアから離す目的で行われているのだ。
「立ち位置ですが王様の左隣、つまりフェリア様の右に王様となります。王様の右手は剣を持つためにあります。その右手側をフェリア様が立ちはだかっては、もしもの場合に王様は剣を持てません。寝屋においても同じでございます。王様の右手側には必ず剣がベッド脇に、もしくはベッドの下に忍ばせてございますゆえ、王様の右手を塞ぎませんように」
フェリアの耳が少し赤いのは、寝屋の文言に反応したからだ。だが、内容はマクロンの身にかかわること。フェリアは頭にしっかり刻み込む。
「実践をいたしましょう。ケイトさん?」
キュリーの侍女は、フェリアの横に控えるケイトを呼んだ。本日の講師はキュリーの手駒の侍女である。キュリー自身もこのベテランの侍女に教育を受けている。王の代わりをケイトに指命した。
「私が王様の役割でございますね」
ケイトの発言に侍女は頷く。
「では、私が不埒者の役割で動きます。フェリア様、まずは立ち位置の確認を」
はじまった実践で、まずフェリアが驚いたのは、不埒者が前から襲ってきたとき、フェリアは王を庇うために前に出たのを、しこたま怒られたことだ。
「言ったはずです。フェリア様が王様の剣の妨げになってはいけないのです。王様の実力ならば、ひとりで五人程度は相手できましょう。フェリア様は王の前を守る立場にありません。周辺の敵を見極める立場にあるのです。特に背後、王様とて背に目はございませんから。王様の視界の死角をフェリア様の目が担うのです。安易に前へ出て、王様を背後から狙われるような浅はかさはお捨てください」
痛烈な教育であった。フェリアは真剣なまなざしで心に刻み込む。体にも刻み込む。実践は、不埒者ひとり、次に不埒者二人と言ったように増えていき、五人を相手にするとき、ついに王の背後にも不埒者が配置された。前の三人を王が相手する。背後をフェリアが受け持つ。と言っても戦うにあらず。
「まずは人数を報告!」
ベテラン侍女の声がとぶ。
「王様、背後二名です!」
王役のケイトが三人を倒すふりの間、フェリアが二人に対峙した。背後の不埒者役の警護騎士二名である。
「十分引き付けて、目眩まし!」
そう発した侍女の指示を忠実に守り、フェリアは胸元から砂袋を取りだしぶちまける。その間に王役のケイトは三人を倒すふり後に、フェリアと入れ替わる。その連携を何度も練習した。六人以上ではまた違う連携になるが、本日はここまでですと、ベテラン侍女は実践の終了を告げた。
「どうです、辛うございましたか?」
「いえ、魔獣相手に比べたら、全く苦ではありません。ただ、武器を持てぬのが辛いですね」
侍女は、目をパチクリさせた。まず、魔獣を比較にあげるフェリアに。フェリアは武器を扱えるのかとの意味合いで。ベテラン侍女の困惑にゾッドが答える。
「フェリア様は、薬草守りで魔獣と戦うそうですよ。カロディア領では、それが普通らしいのです。ゆえに、女性とて小刀を持つのだそうです」
「……できうれば、武器を持っていただきたかったので、訓練の時間が短縮できました。次回からは、砂袋だけでなく、武器も併用いたします。フェリア様は戦える妃様であらせられるのですね」
キュリーでさえ、武器での鍛練はできていない。五人までの襲撃に対する連携で止まったままだ。
「なるほど、ですからあのボヤの日に、侵入者から逃げ切ったのですね」
侍女は、納得したのか、しきりに首を縦に揺らし『なるほど』と呟いていた。
次話本日午後更新予定です。




