31番目の妃*27
フェリアが邸に戻って最初に確認したのは、薬草畑である。あの稀少な種を蒔いた畑だ。まだ芽吹きはないが、荒らされてはいないようでホッと安心する。広がる畑は、侵入者との追いかけっこで、所々足跡で踏み荒らされている。
「根菜で良かったわ」
収穫までが短い野菜を育てていた甲斐があり、すでに踏み荒らされた畑は収穫時期であるため、さほど問題はなかった。ただ、一部葉もの野菜の畑は大損害だ。
「フェリア、もう一度服を作ってくれぬか?」
マクロンはフェリアを仮設の邸に促す。入り口の扉が開くと、こじんまりとしたサロンがフェリアを迎えた。テーブルの上に生地がたくさん並んでいる。
「お忍び用の服ですよね」
フェリアは『ふふふ』と笑った。
「失礼します!! 王様、お戻りを」
そこにビンズが現れた。ビンズはぎろりとマクロンを睨んでいる。
「お妃様選びの規則はお守りください。31日以外は邸で会うことはなりません。他の令嬢にそこをつかれます。ただちにお戻りを」
しきたりがフェリアとマクロンを割く。
「マクロン様、また文を出します。お会いできる二カ月半後を楽しみにしております」
フェリアは少し眉を下げて笑んだ。無理に笑んでいるわけではないが、ほんの少し切なさがこもっている。そんな笑みである。
「すぐに戻るゆえ、しばし、後しばし、時をくれビンズ」
フェリアと同じような顔のマクロンに、ビンズは黙礼し邸を出た。切なさを殺さずの笑みは、二人の信頼を表しているようで、ビンズはこの二人の幸せを願わずにはいられない。感情に無理をさせないが、わがままや横暴にならず、ただ信頼し、互いに会えぬ寂しささえも二人の糧とするのだろう。
「フェリア、キュリーから学べ。我のみならず、他の令嬢らにフェリア自身を認めさせろ。その力をつけてほしい。それでこそ、我の妃として立てるのだ。
愛を囁くだけの妃はいらん。
愛を求めるだけの妃もいらん。
権力しか持たぬ妃もいらん。
欲しいのはフェリアだ。守られるだけの存在にはなってくれぬなよ。我が守れるのは先にあったような外的な危険から身を守ってやるのみ。後宮の洗礼などからは守ってやらぬぞ。その程度のこと、ミミズ箱同様実力であしらえ。さらなる力を、キュリーから学び身に付けろ」
「はい、マクロン様。必ずあなたの横に立てるような妃になってみせますわ。天空の孤島カロディア領の田舎者ですので、ひとりで生き抜く力は持っておりますの。ひとりで戦う力を身に付けるのは苦ではありませんわ。
愛は互いの心で繋がっているモノ。
実体がないのに、惹きつけられるモノ。
この胸のモノはマクロン様にいただきました。
私の心を満たすのはマクロン様だけです。私を弱い者にはしないでくださいませね。女官長が言っておりましたの、女の園でのことは口外しないのが掟であり、美徳であると。今ならわかりますわ。洗礼など、あしらってこそこの後宮の主になれるのだと。学びますわ、マクロン様の横に立てるように」
「抱きしめても良いか?」
「温もりを私に刻んでくださいませ」
マクロンは強くフェリアを抱きしめた。フェリアもマクロンの身に寸分の隙間もなきようにすがる。想いは溢れ、形ないモノであるのにそこに確かに存在した。
その抱き合う二人の影を、外のビンズやケイト、警護騎士らは、胸が詰まる思いで見つめる。二人の幸せを強く願った。
***
その頃、女官長はある邸の前で呼吸を整えていた。意を決して邸の扉を叩く。
コンコン
扉が開き侍女が女官長を確認する。
「何かご用ですか?」
侍女の問いに、女官長は深々と頭を下げて願い出た。
「キュリー様のお耳に入れたき事がございます」
と。
「……以上にございます」
女官長がさらなる力の元につこうと選んだのはキュリーである。サブリナのことを洗いざらいぶちまけていた。もちろん、フェリアへの恨み節も、王への不忠も。
キュリーは扇子を開き、口元にあてがう。力強い目だけを女官長に向けていた。
その強さに女官長は惹かれたのだ。サブリナよりも権力を持ち、王と渡り合える妃としてキュリーを選んだのである。夜会での、他の妃に釘をさしつつのフェリアを蔑む行いや、隣国王子と対等に話す様、フェリアに次ぐ長き時間の王との接見、それら全てが女官長のお眼鏡にかなっていた。次なる主はキュリーしかいないと。
キュリーは、その女官長の思考を読み取っている。口元は笑っていた。女官長には見えるまい。
「私の駒になりたいと言うことかしら?」
キュリーは無感情に声を紡いだ。
「はい、いかようにも」
女官長はいかにもの歪んだ笑みを、隠すことなく晒しだしていた。
キュリーは扇子をパチンと閉じ、侍女らに視線を送る。瞬きで会話を行った。キュリーは女官長を残し、別室に向かう。女官長は焦った顔でそれを目で追った。その間に侍女のひとりが入り込む。
「キュリー様が欲しいのは最高の誉れです。女官長のご尽力に期待します。先ずは、サブリナ様と主だった方々をお茶会に招待いたします。お茶会の開催日は二十日ですわ。招待状を女官長つてで送ってくださいませ」
侍女が優しく女官長に語りかける。一緒に頑張りましょうとの笑み付きで。女官長は息吹を取り戻したかのように、血色が良くなった。あの詰問府からずっと青白かった顔色が。
女官長が思う最高の誉れとは、王妃のことだろう。しかし、キュリーの思う最高の誉れとは、ダナン国の次期王妃の教育係ということ。秘密裏にその役割を全うすることだ。侍女の言いようも、女官長が勘違いするようなもの言いである。これこそ、一国の姫の侍女であり、サブリナの侍女との違いでもある。
女官長を見送る侍女らは最後まで、優しい笑みを崩しはしなかった。
「キュリー様、女官長は下がりました」
「王様に報告するわ。あの女官長にして、この王城の不出来な侍女たちというわけね。妃のいなかった今までなら良くても、これでは後宮が荒れてしまうわ。王様は、女の園に関心が無さすぎだわ」
王の無関心が女官長や侍女らを放任させてきたのだ。ダナンの身分制度の砦たる後宮。身分とは身の役目を分けることにより、滞りなく社会や生活が回っていくためにあるものだ。
女官長や侍女らの役目は妃選びに首を突っ込むことではない。妃選び中も王城での仕事をまっとうしながら、妃の世話も行うことである。常の仕事より役目が増えたとて、滞ることなくお世話と仕事が両立できてこそ、その技量に誉れが与えられる。評価されるのだ。
「何を勘違いしているのかしらね。妃選びは王の役目。王の役目に口を出すなど、それこそ身分にふさわしくないわ。そんな勘違い者がフェリア様の身分を蔑むなんて、おこがましいわね」
***
「サブリナ様、あのような田舎者が王様の妃になるなんて、あってはならないことですわ」
ミミリーの配下であった令嬢らがサブリナ邸に集結していた。
「王様はお疲れで、毛並みの違う者が良く見えているのですわ。そのうち飽きて見向きもしなくなりましょう」
「私たちはサブリナ様を応援いたします。皆でそう決めましたの。後宮を出るにしても、あの田舎者の陥落を見ずには出られませんから」
令嬢らは自国の妃候補筆頭のサブリナにつくようだ。皆、口々にフェリアの悪口を発した。
サブリナはその清楚な顔を、少し悲しげに眉を下げて令嬢らに微笑みを向ける。健気に見える表情だ。
「私、……王様のためにできることは何でもしたいの。王様のお力になりたくて。あの方を悪くは言わないで。きっと後宮の美徳など知らない方よ。私たちが王様を思って、あの方に何か言えば言うほど、いじめているように見えるのですわ」
サブリナは悲しげに、それはもう悲しげに発する。その健気さに令嬢らはサブリナ様こそ妃にふさわしい方だと口にした。
「サブリナ様、そのお心の美しさのままに。後は私たちが……ですから、どうかお心を穏やかに」
私たちが……何をすると言うのか? サブリナとてわかっているが、そこは知らぬふりをして、『皆さん、励ましてくれてありがとう』と令嬢らを優しく見渡した。
令嬢らは頷き合う。次なる洗礼がフェリアを待ち受けていた。
次話7/8(土)更新予定です。




