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31番目のお妃様  作者: 桃巴


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23/43

31番目の妃*23

「王様自ら詰問なさったのですか?」


 ビンズは呆れ顔だ。


「ああ、餌を仕掛けた。やられてばかりでは気がすまんからな」


 女官長はマクロンの命令通りに動くだろう。侍女はもしもの時の切り札だ。だが、女官長が命令通りに動かなくともかまわないとマクロンは思っている。全てこちら側の算段が筒抜けになれば、身を引くことを判断するはずだ。どう言い訳しようが、マクロンの信頼は得られない。妃選びの最後の判断は、マクロンの最大限の意向を汲むことである。マクロンが名を上げねば王妃どころか、側室にもなれず王城を追い出されるのだ。意固地な令嬢と揶揄されて。そんなことを、誇り高き公爵令嬢が受け入れるものか。騒ぎ立てず、静かに身を引けば、マクロンとて深追いはしない。女官長も侍女も善きに計らうこともできる。


『しかし、簡単には退かんだろうな』


 マクロンは心の中でそう思った。強かな娘である。この五ヶ月間、可もなく不可もなくの対応を見せている。問題あれば長老会議で辞退の申入れを提言できるが、それは塞がれている。至って慎ましやかで洗練されている令嬢の仮面は、彼の侯爵令嬢のようには崩れたりはしない。


「いずれにしても、今は夜会の準備を」


「あい、わかった。ビンズ、我が発することに表情を変えるなよ」


 ビンズはこめかみを叩く。王マクロンの何らかの企みを示唆され頭痛がはじまったのだった。




***


「で?」


 サブリナは女官長に視線を合わせない。夜会の準備で忙しいのだ。女官長は部屋の隅で立っている。


「侍女の口は塞いだの? あの田舎虫の居場所はわかったの? 田舎虫に侍女をつけろと言ったわよね」


 女官長は顔色を失い、なお感情さえ落としたかのように能面だ。王マクロンの圧が猛獣獅子の牙ならば、サブリナの牙は豹であろう。女官長はどの牙に従うのか。


「侍女は詰問府で気がふれておりました。まともな言葉は発しておりません。居場所は、確認できておりません。王城の侍女はいっさい動いておりませんので、お世話の者が他に用意されたのでしょう。探っている最中です。その状況ですので、侍女をつけることの進言は控えました。時期を見極めます」


 サブリナは滑らかに発する女官長の方へ顔を向けた。違和感を感じたからだ。


「……ねえ、それ誰の入れ知恵?」


 女官長は能面の顔をサブリナに向けた。石台がちらつく。同じ猛獣の牙でも、石台への権限を持つ牙と、そうでない牙とでは雲泥の差だ。しかし、女官長の心は動く。もうひとつの牙をあの田舎娘が持つのかと。そうなれば、女官長はすぐに牙の餌食になるのではないかと。では、王妃というもうひとつの牙は、このサブリナ公爵令嬢であるべきか。女官長は頭の中でぐるぐると思惑を巡らせた。


「王様」


 ぽつりと溢れる。女官長はそう言葉にした。


「そう……王様の入れ知恵。そうなの……王様は私が黒幕だと勘違いなさっているのね。ね、そうでしょ女官長」


「そのようかと。騒いだ侍女の復讐だと思っている……そう伝えろとおっしゃいました」


 サブリナの眉がピクッと動いた。頭はすごいスピードで回転している。


「サブリナ様」


 そこにサブリナ専属の侍女が二名戻ってきた。今朝がた、フェリアの居所を探らせた侍女である。サブリナが視線で発言を促した。


「31番邸に騎士が十名ほど配備されました。匿われているのではなく、その邸から動いていない可能性もあります。確認はできておりません」

「騎士ビンズの動きですが、辞退の妃邸を回ってから、31番邸の再建の指揮をし、その後王様の元で夜会の準備をしている模様です。出向いた中に31番の妃が居るものと思います。私も邸から動いていないのではと感じております」


 二人の侍女の報告を聞き、またもサブリナは考え出す。最高の密偵であるこの二人の侍女が、その姿を確認できていない。その状況下での侍女の判断は正しいのではなく、間違っているのではないか。王は女官長をどう動かそうとし、ここに向かわせたのかと、サブリナは考え込んだ。見えてくる何かを掴もうと手を伸ばすと、そこに矛盾が姿を出した。


「夜会はどうするのかしら?」


 サブリナが掴んだ矛盾はとても簡単なものだ。


「邸が焼けて、服もない者がどうやって夜会に出るのだと思う?」


 サブリナの頭は高速で回転し出した。


「辞退の妃邸に居るわ」


 その答えしかサブリナには見えなかった。辞退の妃は公にはなっていないが、自国の情報は掴んでいた。妃候補筆頭たる公爵令嬢に情報が集まるのは当然である。


「高位な令嬢は田舎者など受け入れない。低位の妃なら、王の命に従いお世話するはずよ。夜会の準備も含めてね。20から30番目の辞退した妃……全員に労いの品を贈りなさい。こちらの味方につけるのです」


 妃邸に居ることまでは、サブリナの勘は当たったが、そこからは身分意識が邪魔をした。公爵令嬢からの労いの品に、きっと令嬢らは困惑するだろう。何の意味があるのか勘ぐらずにはいられまい。先の妃邸のボヤと関連付けて。


 女官長は息を潜めて立っていた。まだ迷っている。どちらにつけば立場が守られるのかと。


「女官長、もう一働きしてもらうわよ」


 女官長は頭を下げる。能面だった顔がニヤリと歪んだ。しかし、その顔はサブリナからは見えない。


『共食いすればいい』


 女官長はそう思っていた。公爵令嬢にもフェリアにも……王にさえつかず、別の主をたてればいいと。公爵よりも高い位の妃候補は十人もいるではないかと。




***


 フェリアはキュリーと共に着飾られている。慣れないドレスに戸惑ってはいるが、嬉しさが顔に現れていた。ドレスに憧れない女性はいないだろう。いつだかの、ビンズがドレスを用意すると言った時とて、心は動いていた。あのとき、それをはねのけたのはフェリアの誇りだ。あの邸で過ごしたままのフェリアでいたかったのだ。付け焼き刃のようなドレスを着たって、心は躍らないだろうとわかっていたからだ。そのフェリアに、王マクロンは翌朝微笑んだ。着飾らないフェリアに気づいた。名を名のってくれた。フェリアの心が動いた。熱くなり、加速し、動揺し、惹かれ、求めてしまう。それを何と言うのか、フェリアはわかっている。


「恋しちゃった……」


 溢れ出た言葉は、鏡に映る自身の言葉だ。三ヶ月前のフェリアとは違うフェリアがそこに映っていた。


 扇子が開く。キュリーが口元を隠していた。目は弧の字を描いている。フェリアの呟きに対しての反応だ。


「書き取ったかえ?」


「はい、確かに」


 そのやり取りでフェリアは気づく。溢れた言葉は心の中でなく、現実に溢れたのだと。真っ赤に熟れた頬と、パクパクと動く口。キュリーと侍女らの生ぬるーい笑みがフェリアをさらに羞恥に追い込んだ。


「報告はしないでください! 自分で言いますから!」


 言ってから気づく。さらにとんでもないことを溢したのだと。

次話明日土曜日後半予定です。

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