31番目の妃⑱
自分の頬が尋常になく熱いのを自覚しているフェリアは、両手で頬を覆った。その行いもマクロンのツボであることなど、フェリアは気づいていない。
「王様!」
その時……マクロンがフェリアを優しく見守っている時、またも声を上げたのはミミリー令嬢である。
「皆が懸命な想いで持ち寄ったお茶にございます。どうぞ、他も試飲くださいませ!」
恥も外聞もなく、ミミリー令嬢は感情のままに発していた。それを、高位の姫らである妃は、眉を寄せて一瞥した。王マクロンがフェリアのお茶を選んだことに、納得しているのだ。緑茶の存在を知っているから。自身の茶の完敗を潔く認めているからである。
「31杯を試飲しろと?」
マクロンはミミリー令嬢をいっさい見ない。長老やビンズにそれを問うた。
「王様、失礼しました。ミミリー、止めなさい」
ブッチーニがミミリーをいさめる。しかし、ミミリーは感情を抑えられず発してしまう。
「そんな田舎娘の青臭い茶が、私のお茶より劣るなんてありませんわ! 父上、どうか王様を目覚めさせてくださいまし! 王様の目は濁っておいでです!」
「……今、何と言いましたの?」
その発言に真っ先にキレたのは、フェリアである。
「ミミズー令嬢! 今何と言いましたの!? 王様は、睡眠時間もままならない忙しさで、公務をなさっているわ。それに加え、このようにお妃様選びで心身ともにお疲れよ。その心身はダナン国を背負っているのです! どこが濁っていると? 目覚めていないのはミミズー令嬢、あなたでしょう!」
一介の若き領主の妹が、国の重鎮たる侯爵の令嬢に啖呵を切った。王マクロンが不敬罪で侯爵家を廃する事ができるほどの事態であったものを、フェリアがはからずもマクロンよりも先に発することで防ぐ事になった。
ブッチーニ侯爵が深々と頭を下げた。その行為がミミリー令嬢をさらに熱く激高させる。
「父上! なぜです、なぜ田舎娘ごときに頭を下げるのです。お止めくださいませ!」
「王様、申し訳ありません。甘く育ててしまいました。お妃を辞退させます」
「嫌よ! 私は王妃になるのよ! 今までだってそうだったわ、私の願いが叶わないなんてこと絶対にないんだから!」
ブッチーニ侯爵の辞退に、ミミリー令嬢が食って掛かる。その我が儘こそ、ブッチーニ侯爵が甘やかして育てた証明の文言であった。
「ほおぉ、お前の願いが叶わないことは絶対にないのか」
マクロンはフェリアをビンズとケイトに預け、ミミリー令嬢の前に立った。凄まじい気迫で、瞬きもせず彼の嬢を睨んだ瞳は、怒りで射殺さんばかりの烈火であった。
「お前が王妃になりたいと言えば叶い、
お前が王になりたいと言えば叶い!
お前が1番目の妃の国を欲すれば叶い!
お前が2番目の妃の国の滅亡を願えば叶い!
お前以外は全て価値なき者だと言うのだな?
お前のために世界があると言うのか!?」
「あ……ちがっ、違いま……違います。私、そん、な……違う、違うのです! マクロン様ぁぁ!」
ミミリー令嬢は膝を崩し泣き出した。ブッチーニ侯爵はその傍らで片膝を着き、首を差し出すように項垂れた。
ここまでの事態になったことで、マクロンは侯爵家を廃することを余儀なくされた。それほどの事態だ。マクロンは口を開く。しかし、それはフェリアに阻まれた。
「まあ、ミミズー令嬢様は初めて願いが叶わないのね。普通なら、二、三歳で味わう挫折を知らないで育ったなんて……(お可哀想に)、ミミズー令嬢様はやっと今、最初の成長期ですのよ。『世界はわたち中心に回ってるぅ』なんて、お子様の特権よ。ブッチーニ侯爵様、なんとゆっくりな育児でございましょうか。さあ、ミミズーちゃん立ち上がりなさい」
フェリアは、泣き崩れ恐怖に震えるミミリー令嬢の肩をソッと抱いて立ち上がらせた。頭を撫で撫でし、持っていたハンカチでグチョグチョの目鼻を少々乱暴に拭う。
「ブッチーニ侯爵様、全くあなたともあろう方が……国の重鎮たる方が、何をとち狂って二、三歳の幼児をお妃様に出したのです? 『世界の中心はわたちぃ』なんて方を『間違えて』お妃様に召し上げるなんて、おっちょこちょいもほどほどにしてくださいましね」
フェリアは、ブッチーニ侯爵にミミリー令嬢を差し出した。
「さっ、お家に帰りなさい。ちゃんと、世界をお父様に教えてもらうのよ」
そして、フェリアは振り返ってマクロンを見た。凛とした真っ直ぐな瞳は、マクロンに訴えている。マクロンはフッと笑い頷く。
「二、三歳の幼児の戯れ言である。大目に見よう」
その発言に、フェリアは大きな大輪の華のような笑みをマクロンに向けたのだった。
***
嵐のお茶会は、閉会、解散となり、中庭には王マクロンとフェリア、ビンズとケイトが残っている。フェリアが最後になったのは、お茶をマクロンに選ばれた特権である。
「フェリア嬢、次の31日を楽しみにしているよ」
マクロンは、フェリアの髪に手を伸ばす。その手は、スルリとリボンをほどいた。髪には触れていない。触れる時は二人の時がいいのだと、マクロンは己の欲を抑え込む。
「貰って良いか?」
フェリアの口が小さく開き、小さな吐息のような声の漏れを出す。『ぁっ』そんな吐息にクラクラと吸い込まれそうになり、マクロンはその代わりと言わんばかりに、ほどいたリボンに口づけをした。
「そ、そのように、……お使いになっているのですか?」
叱責のような発言も、耳まで赤く染まり潤んだ瞳で言われては、マクロンは答えるべき言葉をいじわるせずにはいられない。男とはそういうものなのだ。
「触れられぬ代わりだと、わかってはくれぬか?」
ボンッと噴火のようになったフェリアの顔に、マクロンは満足げに微笑んだ。
「わ、わ、私には、代わりはありませんのに! ずるうございますわ!」
フェリアはいっぱいいっぱいであったようで、くるりと背を向けケイトにすがる。チラリと王マクロンの顔を見たケイトは、ニヤリと笑った後にフェリアに耳打ちした。それに反応するように、フェリアの体がピクンと跳ねた。
フェリアが振り向く。
「いつかは、触れてくださいましね」
潤んで羞恥に震えた声、そして紡がれた言葉は、マクロンを石化させるには十分な威力であった。恥ずかしさのあまりか、早足で去るフェリアの背が小さくなって、やっとその状況に気づいたマクロンは大声で伝える。
「我は手紙を書く! 我の元にリボンが増えることを願う!」
フェリアが止まった。振り返り、綺麗な一礼をマクロンに送ったのだった。
次話6/24(土)更新予定です。




