31番目の妃⑯
マクロンに届けられた文。マクロンはその衝撃を忘れない。フェリアの意向に不安を抱いていた心は、彼方へと飛んでいった。
「王様、フェリア様は何と?」
ビンズの問いにマクロンはそそくさと文をしまい、答えない。『二人だけが知る言葉にしたい』というフェリアの想いと、マクロン自身もそうしたいとの想いが重なる。この文のやりとりは、二人だけのものであるのだ。
「ビンズ、お前はフェリア嬢に何と言ったのだ?」
ビンズの問いには答えず、マクロンは疑問を口にした。依頼の状況だと言うビンズの言葉とは全く違う文の内容に、マクロンはビンズに問うしかない。
「えっと、『頑張り』状況をお伝えくださいと言いましたが、フェリア様は何と?」
マクロンは、ああ、なるほどと思った。この文の橋渡しであるビンズが、前回も同じように『フェリア様は何と?』と訊き、『頑張りますと書いてある』と嬉しそうに言ってしまったことを思い出したからだ。つまり、フェリアは文の内容をビンズに知られたことに、拗ねているのだろう。依頼の状況を伝えるのを忘れるほど、フェリアにとってマクロンの手紙がとても大事な物であったとの証明とも言える。もし、目前でこの文の言葉を言われたならば、マクロンは有無を言わさずフェリアを腕の中に閉じ込めたはずだ。拗ねて抗議するフェリアの口を塞いだかもしれない。
そんなことを考えているマクロンは、ビンズの二度の問いに答えていない。ただほんのり耳を赤くして、『まいったな』と先日呟いた言葉を口にする。会いたい、触れたいという欲求が増すばかりである。
そのマクロンの呟きもビンズは拾った。
「また、何かお困りで? フェリア様から難題が出たのですか?」
「なぜフェリア嬢は、31番目の妃なんだろうな」
マクロンの呟きに、ビンズは眉を下げ困ったように頭を下げるのだった。
***
お茶会は、王城の中庭で開催される。本来、夜会であるはずの催しがお茶会になったのはマクロンの意向である。夜会など開こうものなら、31人もの妃らと踊らねばならぬのだ。たった一人、手を取りたい相手まで30人もの壁を打ち砕かねばなぬ夜会など、マクロンにとっては地獄でしかない。
マクロンはあえて気軽な服装を茶会に指定した。どの招待状にもそう記した。これもマクロンの意向である。気軽な茶会に、王を籠絡させようとばかりの、ある種艶かしいドレスコードで現れる妃を見定める狙いもある。邸での交流時では許容されても、公の場で、しかも王マクロンの主催で勘違いも甚だしい格好をする野心溢れる妃を、マクロンは認めはしない。その行いを長老らに見せ、判断をあおがせようとの狙いもある。
そして、この茶会にはもうひとつマクロンが指定した催しがある。茶会と言うからにはと、マクロンは妃ら皆におすすめの茶葉を持参するように命じた。31の茶の中で、マクロンが選んだ茶の茶葉を持参した妃と、マクロンはテーブルを同じにすると通達したのだ。
妃は全部で31人。一テーブル5人で六テーブルで30人。王のテーブルに1人で31人となる。全部で七テーブルでの茶会となる。
また、連れは一人だけと指定した。
「さて、行くか」
マクロンは立ち上がる。ビンズも後に続いた。マクロンもビンズも軽装である。ズボンとシャツだけ。準正装にもならぬ出で立ちだ。
中庭が見えてくる。きらびやかな装いがマクロンの目に入ってくる。『のんびりとお茶を楽しめる軽装で』その言葉通りの王マクロンに、あのきらびやかな連中は近づくことを躊躇するであろう。マクロンの策略はすでに始まっているのだ。茶葉の持参も、連れを一人とすることも。
さあ、嵐のお茶会の始まりだ。
***
フェリアは出来立てのワンピースを着てくるりと回った。裾がふわりと控えめに舞う。ハイウエストのワンピースは、コルセットもなく軽やかな装いである。上品なレースや、ステッチ縫い、重ね布にギャザリングで、軽装でありながら手の込んだ清楚さが漂う。
「……ええ、とてもお似合いでございます。ですが、他のお妃様らはドレスでありましょう。浮いてしまいますが、よろしいのでしょうか?」
ケイトは、眉間にシワを寄せている。確かに招待状には『のんびりとお茶を楽しめる軽装で』とは記されていたものの、妃らはそれなりのドレスで参加するはずだ。夜会用でなく、軽く見えながらもドレスの体を崩さないだろう。そう、ケイトは思っている。
「ええ、良いのです。私は、招待状のお言葉通りにしたいのです。マクロン様のお言葉を真っ直ぐにとらえたいのです。たとえ、それが間違っていたとしても恥ずかしくはないわ。それに、ドレスだってないのだもの」
ケイトは小さく深呼吸し、わかりましたと頭を下げた。そして、自身も着替える。フェリアのお連れはケイトである。他の妃らは、父親や兄弟を連れていくだろう。また、別国からの姫らは騎士をお連れにするはずだ。侍女であるケイトをお連れにする令嬢は、フェリアだけである。ケイトはそう確信している。それと共に、フェリアに対する後宮の女たちの洗礼も予想できた。ケイトはグッと腹に力を込める。フェリアにはきっとケイトしか味方がいないのだからと。
フェリアは、そのケイトの様子にクスリと笑った。フェリア自身もケイトの杞憂を気づいている。どんな目にあうのか、どんな事が起こるのか、心細くなるよりも、フェリアは楽しみでならない。そんなことはどうだって良いことで、フェリアはただマクロンに会いたいのだ。
瞳が重なったあの朝のことをフェリアは忘れない。トクンと胸が新な生き物になり、フェリア自身に主張し出したあの朝を。感謝の意を述べるマクロンの穏やかな笑みを。そして、丁寧な文字を。心踊らせるいたずらな台詞を。前日届けられた『二人だけの言葉にしよう』という返事も。全て、忘れない。フェリアは、これが一時の気の迷いでなければと、いつも昇る朝陽に確かめていた。
『会いたいの。会って確かめたいの』
フェリアもマクロンと同じ思いを呟いた。
「どうして、私は31番目の妃なのかしら」
次の31日までは長すぎる。フェリアの少し下がった眉と呟きは、ケイトの胸を締め付けた。こちらもビンズと同じくで、頭を下げるだけであった。
***
洗礼は嘲笑いから入る。茶会に姿を現したフェリアを、他の妃らが嘲笑っている。ヒソヒソと声を潜めながらも、その声はフェリアに届く程度の大きさであった。しかし、フェリアはそれさえも可笑しくてならない。
「ケイト、すごいわね。嘲笑いとヒソヒソ話も淑女教育の一つですの? ヒソヒソなのに聴こえる程度の大きさの声って、幼い頃から教育しないとできないわよね。それに、あの扇子。口元を隠しているのに、嘲笑いが見えるわ。あの目ってどのように教育してできるものなの?」
フェリアの発言に、茶会の場が凍る。ピタリと嘲笑いもヒソヒソ話も止まり、フェリアに憎悪の瞳が向けられた。もちろん、全員ではないが。
「王様の主催のお茶会で、そのようなみすぼらしい格好をしている31番目さん、少々お口の音が下品ですわよ」
そう言って、ミミリー侯爵令嬢がフェリアと対峙した。これでもかと言わんばかりの派手なドレス。隣に立つのは父親であるブッチーニ侯爵である。フェリアを一瞥し鼻で笑った。
フェリアの後ろで控えているケイトは、悔しそうに唇を噛んでいた。そして、フェリアに耳打ちする。
『15番目のお妃様であられる、ミミリー侯爵令嬢様です。横の方はブッチーニ侯爵様、北方鉱山の税収によりダナン国を支えておられます。また、国道の管理職もされておられます。それと、ミミリー令嬢様は先日のミミズ箱の送り主でもあられます』
フェリアは目を見開いた。その顔に、ミミリー令嬢とブッチーニ侯爵は位高くフェリアを見つめた。侍女の囁きは、自分達の地位をフェリアに伝えたのだと認識している。つまり、フェリアは恐縮し頭を下げるのだろうとの位高い態度である。
「まあ! ミミズー令嬢様ですの。先日はありがとうございます! あんな素敵なミミズを贈っていただける素敵な方ですのね。私、ミミズー令嬢様にお会いしたら、感謝をお伝えしたいと思っておりましたの! ありがとうございます、ミミズー令嬢様」
ミミリー令嬢の顔がピキリと音を出す。いや、実際音は出ないが、ピキリという表現が相応しい。
「ミミリーよ!!」
盛大な声がフェリアに降り注いだ。
次話6/21(水)更新予定です。




