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黒霧と雷

閃光と化した焔が空の城を撃ち抜き、揺るがす。

 空は揺れない、その筈なのにその場に居る全員がまるで世界そのものが揺れたかのように錯覚した。

 

 そして……それを何よりも受けたのは黒翼の男。掠めるように放たれた熱閃に右半身を焦がされ、左舷に大きく張り出した塔を穿たれる城に呼応するかのように左翼が弾け飛ぶ。

 

 「がぐっ、あがっ……」

 

 歪める顔は、半分が溶けている。煽られた熱と圧、その2つによって皮膚が溶けて膜のようになり瞬時に固まり……無数の爪を持つ何かに引っ掻かれた痕かのように、ヒトと認識しきれない造形に成り果てている。

 

 だが、生きている。生き汚く、崩れた姿で司教は吠えた。

 

 「今更、介入ですか皇龍っ!」

 「今更……(われ)も耳が痛い事はあるものよな」

 

 だがしかし、紅の龍は形の良い唇を軽く歪めて微笑むのみ。

 

 「吾が夫が呼ぶに紅の終焉」

 

 (いやそこまで物騒な名でもう呼んでないけれどもね)

 と内心で呟くファリスを他所に、少女は服ではなく本物の大きな紅翼を拡げる。

 

 「故にの、吾は夢であろうと心得ておった。恋も愛もあろうとも、それは個人の話よな。努々(ゆめゆめ)力は振るわず、かの霊神の星の運命は其処に生きる者に委ねよう」

 

 しかし、と少女はその縦に割れた瞳を輝かせ、宣言する。

 

 「禍津気の主よ。今のソナタの有り様、有り得べからざるソラを侵蝕せし異界、その言の葉を翻すには十全たる醜さよな?」

 「抜かして、クレルゥッ」

 

 後半は最早言葉になっていなかった。超熱閃の余波で崩れていく魔王城に合わせて体が弾け飛び、司教の服の残骸が大地に落ちる中、何かが膨れ上がる。

 それは、巨大な黒霧であった。

 人の姿をした霧が、声にならない咆哮を上げて……呆然と立ち尽くす、この場に何よりも似つかわしい立場で、何よりもそぐわない心の少女へと殺到する。

 

 「食ロウテヤロウ、勇者ヨ……」

 

 それを払うように、銀閃が走る。雪色の少女が、ネズミ勇者を守るように刃を振るえば、霧は渦巻くように周囲を回るのみであった。

 

 「風雅剣・旋喰弧縁(せんくうこえん)。ボクもね、君と勇者の戦いに口出しする種じゃないとかあんまり言いたくないかな?」

 

 背丈はそこまで変わらぬ少女を背にかばい、雪色のオーラを纏ってエルフが弾き上げた霧を見上げれば、空中に漂う霧を今一度閃光が灼く。

 超熱閃、龍の放つ本来のブレスによって今度こそ跡形もなく霧は掻き消えた。

 

 それを見て、ファリスは静かに天へと剣を掲げる。

 

 「やっぱり、ね。何となく理解したよ、大司教。貴様が何者になって、生き残ったのか」

 

 オレンジ髪の青年は目を伏せる。心の内の高揚と少しの口惜しさを、まだ抑えるように。

 

 「ししょー?みなさん凄いですよししょー!」

 

 駆け寄ろうとする勇者。その肩を、雪色のエルフは抑えた。

 

 「実にお誂え向きだね。死んでないだろう、エスカ。とっとと出てこい。そうでなければ、その首、出オチさせるよ」

 

 「テキビシイ……ダガ、ムリダ。ナニモノモオワリニハトドカヌ」

 

 再度、空に霧が掛かる。黒霧と化した大司教が再び現れる。

 それを見て、剣聖は何処までも静かに、剣と残っている右手を天高く掲げて身を覆うオーラを揺らめかせていた。

 

 「そう、かな?」

 「終末ハ、ホロビハ……セヌ」

 「……な、なんで!?」

 「心配ないよ、ニア。コイツは神話に出てくる終末じゃない。勿論その転生でもない。

 勇者に討たれ死に際の魔王に乗っ取られた亡霊だ」

 

 かっ!と見開いたファリスの瞳が霧を射抜く。

 

 「元々瘴気のようなヒトだったクズを取り込んで、何とか勇者との相討ち時に復活の保険を残したって所かな。自分を生きていた頃の大司教だと思い込んでいる魔王の傀儡の亡霊と思えば良いよ」

 

 そうして、掲げた剣はそのままに、剣聖は静かに告げる。

 

 「この傀儡を壊しても、死に損ないの魔王にトドメは刺せないけれども。

 ちょうどね、ニアの親と、リガル君と……ディランに付き合いきれなかった私自身の分の恨みを、味あわせたくて仕方なかったんだよ」

 「でも、あの霧はさっきのねっせん?でも消えなかったですよ?」

 「だから、嬉しいよ。やはり魔王絡み、聖剣の力を含まないと意味が無い。だから……勝ち誇れるのも今のうちだ」

 

 だが、その瞬間、霧は大きな顔のような姿を取るとクツクツと嗤った。

 

 「剣聖……ワカラントデモ?」

 

 気が付けば、空が曇っている。空に雷雲……いや、雷で出来た太陽のような何かが浮かんでいる。

 

 「アレガ、キリフダ。ダガ」

 

 強烈な黒い嵐が天から下方向へと吹き荒れる。ふわふわと雲のように浮く雷球はそれに煽られ、地上へ落下していくと、霧を避けて青年へと降り注いだ。

 

 バチン!と大きなショート音が響き、オレンジの青年を襲う。一瞬のそれが止んだ時、手にした剣は砕け、全身は黒焦げ……青年の身体からオーラは完全に消えていた。

 

 「己ヲ、メッシタ……カ。アワレ、デハユウシャモ……」

 「え、ししょー……?」

 

 だが。勝ち誇っているのも、絶望してへたりこんでいるのも一人だけで。見た目よりも遥かに永くを生きた二人の少女は眉一つ動かさず、それを見ていた。

 

 「アワレ、アワ……」

 

 「……やはりね。貴様は見たことないから知らないだろう。

 この場の王を謳い押し通る剛断の剣。轟くは解放の鼓動、極限を超え燃える息吹の号砲。

 然して……我、悪を断つ神威(いかづち)也」

 

 黒く焦げたファリスの全身から鼓動するように迸るのは、心臓を打つたびに脈動する稲妻のオーラ。二人の少女が見覚えた、命短く生きる人間故により強く輝く命の星の雷火。それが、聖剣の加護を示す群青の片翼と共に青年の身体から湧き上がる。

 

 「故に御霊剣術 奥義ー

 王我剣・轟威火鎚(とどろきのいかづち)

 

 完全に雷に打たれ粉々になった剣の代わりに心臓と共に起動する雷を剣として握り込み、ファリスが言葉を紡ぐ。

 

 「……ハ?」

 「群青剣・断空牙!」

 

 一閃。反応の間すら無く、黒霧は再度、今度は勇者が持つ群青の聖剣の力も込められた一撃によって空間毎真っ二つになり、直後雷轟の爆発によって消し飛んだ。

 

 「バ、バカナァァッ!?」

 「最初からあれは限界を超えてオーラを注ぎ込み自分を撃って、完全にリミッターを外して暴走させる為の雷だよ。それが轟威火鎚。

 屈辱の涙で、自分の墓に備える花でも咲かせてろ、大司教。諸共に吹き散らす」

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