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降臨、魔王城

「ししょーししょー!あれ、あれ何なんですか!?」

 

 身を乗りだし、小さな細腕をいっぱいいっぱいに伸ばしてネズミ勇者が天に浮かぶ偉容を指差す。それを見ながら、ファリスも肩をすくめるしかなかった。

 

 「あれは魔王城。本来はコアである魔王の消滅と共に消え去る筈の……おぞましき異界(ダンジョン)

 

 ファリスは内心の同様を出来る限り隠しつつ、事態の呑み込めない弟子を守るようにしながら思案を巡らせる。 

 

 そもそも、本来は消えている筈なのに城は残っていた。それが第一に可笑しいのだが、確かに魔王は倒された筈だ。魔王……一万年に一度?顕れる瘴気の王は既に居ない。だからこそ、魔王城の背後の夜空には星の光が見える。

 魔王が居る限り瘴気がかかった曇天は晴れないのだから、それもまた間違いない。

 

 「ししょー、まおーのお城って空飛ぶんですか!?」

 「魔王城が……というかダンジョンが移動したら困るよニア」

 

 ダンジョンとは異界だ。瘴気に支配された別法則の世界だ。好き勝手世界を移動侵食してきたらたまったものではない。

 

 「ええ、ついぞ聞いたことは無いでしょう。無知蒙昧の人間共」

 

 よろよろと起き上がるのは大司教。切り落とされた翼を闇霧で覆い、血走った瞳をオレンジ髪の青年に向ける。

 

 「ならばそれを、教えて欲しいものだ、なっ!」

 

 その瞬間、ファリスの姿はブレ……一瞬後には青年の顎を剣の腹が跳ね上げていた。

 両刃剣の切れない面。しかし、それはそれとして鋼の塊は男の頭を大きく揺らす……筈だった。

 

 「っ!朧雅剣・天雨映(あめのうつし)

 

 剣の腹に打たれた顎からぐにゃりとへしゃげ、大司教エスカの頭が異様な風船のように膨れ上がっていくと……剣に歪められ、()ぜた。

 その頭であったモノから噴き出すのは黒煙。それは斬りかかった剣聖を呑み込み、周囲に伝播し……

 

 「っ!腐食がキツい!」

 

 違和感から当に距離を取っていたファリスは、想定外の範囲の広さに巻き込まれそうになっていた猫耳少年を抱え上げ、その隙に左腕に煙を浴びて咳き込んだ。

 

 「弟くん、大丈夫かな?」

 「ししょー、腕、腕!」

 

 ほんの少し、煙に触れた。ただそれだけなのにスカスカする。そう思って自分を見下ろしたファリスの目に飛び込んできたのは、茶色く変色した骨であった。

 

 

 「骨?ってこれは!」

 

 その見覚えの無い骨の正体に、一瞬剣聖は思い至らなかった。それだけ、有り得ないものであった。

 

 「そう、貴方の骨。全身同じ目に遇わせて上げようと思ったのに、しっかり呑み込んだ筈ですが、本当にしぶとい」

 「……大司教っ!」

 

 煙が固まり、再び黒髪の男が黒気翼を広げて君臨する。

 

 「どうです、この力……これぞ我等が終末論(エスカトロジー)。神話に語られる魔神、封印されし《意義》の終末エスカトロジーの力!」

 

 両腕を拡げ、誇らしげに男は語る。

 

 「ちっ!」

 「もっと悔しがり、そして命を果てなさい剣聖。

 その為の終末を与えよう。このエスカトロジーの転生が!」

 

 目を見開き、黒髪の男は叫ぶ。

 それは、絶望的な宣告。神話に伝わる伝説存在、封印された筈の世界を終わらせる終末の魔神の転生体こそ己であるという地獄そのものの発言の筈であったが……それをものともせず、剣聖は笑う。

 

 「え、えすかとろじー、さんが……」

 「ニア、臆することはないよ」

 

 そうして、任せてねーとばかりに手を振っているエルフの姉弟子に向けて少年の肉体を片手で投げ飛ばして、空になった手を握る。

 

 「そう。魔王城は消えない。この私……魔王を産み出した終末の魔神エスカトロジーが在る限り!

 元々は勇者と魔王を用いて残りの魔神を解き放つ算段ではありましたが、魔王が倒れても真の意味で問題はなし」

 

 その刹那、何して良いのか分からずおろおろするばかりの弟子に向けて、ファリスはただただ優しく微笑む。

 

 「ニア、勇者なんだからちゃんと聖剣を構えて」

 「あっ……は、はいです!」

 

 その直後、魔王城から一条の漆黒の光が大地へと降り注いだ。

 

 「無駄です!」

 

 「そうでもないさ、エスカ!

 初代勇者の、マグ・メルの想いは!消えやしない!

 群青聖壁!」

 

 が、聖剣の加護を弟子から受け、背に群青色の翼を生やしたファリスは左腕を振るい、その光を群青の障壁で消し飛ばした。

 

 「防いだとて!力は潰えず、消えず!終末をもたらすまで」

 「げに、愚かよな。

 言の葉を繰らねば……(われ)すら記憶の果てか。(なれ)よ……吾へ託した責、あまりにも軽い。傷を負うより、語り頼る者があったのでは無かろうか?」

 

 それでも不敵に男が笑った瞬間、極限まで凝縮された熱閃が、男ごと天空に聳える城をぶち抜いた。

 

 「……は?

 こ、こ、皇龍っ!?この怪物がぁぁぁあっ!?ごはぁっ!?」

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