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聖印と覚醒

若々しい黒い男の背には漆黒の翼。見覚えのある因縁の相手が、ファリスの前で猫少年を護るように立つ。

 

 「……冒険者さま!」

 

 リガルが彼をそう呼び、ファリスは苦笑した。

 終末を唱える教団の大司教。つまりはテロリストの親玉だ。当然そんなものが冒険者資格など本来取れる筈もないのである。実際彼が味方面でパーティに割り込んできたあの時、冒険者証は持っていなかった。

 幾らなんでも、ドヤ顔で差し出せる範囲の……Bランク以上の冒険者証を入手出来なかったのだろう。

 

 「冒険者、ね」

 「そうだぞ剣聖!この方はこの村に来てくれた凄い冒険者さまなんだよ!」

 「ランクは?」

 「聞いて驚け!Aだ!」

 「Aランクなら全員知ってるよ。その中にこんな薄汚い犯罪者は居ないし居る筈もない」

 

 それと同時、ファリスは彼の持つものの正体に気が付く。

 

 「……随分と余裕な事だね、大司教」

 「戯れ言は幾らでも言わせてやる主義なもので。どうせつぶされるのだから、好きに言わせてやろうと」

 

 くつくつと男は笑い、その胸元の神を模した……そして逆さにされた紋章が揺れる。霊神の否定、それこそがこの存在だと言わんばかりに。

 

 だが、だ。詳しくなければ見落としてしまうだろう。中身の一部意匠が抱き締める下向きから怒りの上向きになっている、霊神の紋章と終末論者達のそれにはその差しかない。

 ファリス自身、ネージュから聞くまで違和感はあれど見分けがぱっと付かなかった程だ。リガルが気が付かないのも仕方はない。

 だが 

 

 「リガル、向こうに既に隠す気がないのは分かるだろう?それでまだ騙されているのはどうかと思うんだけどね」

 

 オーラを纏い、臨戦態勢を解かずに剣聖は唯一生き残っているだろう少年に声をかける。

 

 「ニアが心配しているよ。早く……」

 「お前が」

 

 静かに龍少女がファリスの半歩後ろから、一歩前へ。

 

 「お前がニアを奪っておいて!」

 

 降り注ぐ魔法。だがそれはファリスに当たる前に全て蒸発する。少し龍少女ヴリエーミアが身を震わせ翼を拡げただけで、拡がる熱気は雨のように落ちてきた無数の細かな氷の針の全てを、水滴すら残さず蒸発させたのだ。

 

 「んなっ」

 「下らぬ。汝よ、吾は汝のやることに口出しする気は毛頭無いがの」

 

 静かに龍の縦に裂けた瞳が少年を睨み付けた。

 

 「汝を襲う不届きものをなればと見逃しては、夫婦(めおと)として龍道に(もと)る。払うが構わぬか?」

 「あまり怪我、させないでくれると助かるよ」

 「加減は難しいがの。心掛けようとも」

 「ふざけるな!」

 

 少年が叫ぶ。

 

 「力を得たんだ。冒険者さまがくれたんだ!

 お前を倒し、ニアを取り戻すために!」

 

 少年の胸元に輝く紋章のペンダント。

 勿論霊神あーちゃんのものではなく、意匠は怒りを現す上向き。そう、それは……

 

 「リガル!」

 

 初めて怒りを込めた声が、猫耳少年の耳を打つ。

 

 「それは、幾らなんでも最低の……っ」  

 「はーっはっはっ。そうだとも剣聖。

 お前は最初から手遅れだった。隠す必要すら無かったのだとも」

 

 輝く終末の聖印。

 

 「そうだ。この世界が可笑しいんだよ!ニアが横に居ない、奪われている!こんなふざけた世界が!」

 

 猫耳少年を闇が覆う。終末の力が顕現する。

 

 「そんな世界!ニアと過ごす正しい世界の為に滅びてしまえ!」

 

 そうして、何かの姿が、爛々と輝く三つの眼が闇の中に浮かび上がり……

 

 「この、馬っ鹿野郎!」

 

 大地から天を射抜く雷轟と迸る熱光がそれを貫いた。

 

 パキンと壊れ、大地に転がる聖印。後に残されたのは、一人の猫耳少年だけ。

 

 「王我剣・遡月裁(さかつきのたち)

 リガル。君の生きる世界はそこじゃない。ニアは君を見捨てていないし、まだ君に……塵芥と煮込まれるのは早すぎる」

 

 同時、ファリスの纏うオーラが消えた。

 王我剣・遡月裁。纏うものを祓う剣は発動者自身のオーラすらも吹き飛ばす。再発動には少しの時間を擁する諸刃の剣。

 

 「……それを待っていた、剣聖!」

 

 刹那、黒翼から放たれた黒い霧の腕が守りを解かざるをえなかったファリスへと伸びた。

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