猫耳と推測
「……リガル」
静かにファリスは見えた人影の名を呼んだ。
幼い猫耳魔導士リガル。フェロニアの幼馴染だ。あの日ずっと黄昏ていたファリスが何するでもなく腰掛けていた場所で項垂れる彼に錆び付いていた頃の自分を感じて苦笑しながら、駆け寄ることはせずにファリスは周囲を探る。
「……往かぬのか?」
と、横に立つ紅の龍少女は静かに問いかけた。
その言葉にファリスはそうだよと軽く頷く。
「ふむ、汝がかくのごとく決めたのであれば、吾に口を挟む気など毛頭無いがの。されど、何故かは聞かせてくれぬか?」
その瞳がファリスをじっと見上げた。が、ファリス自身にはしっかりとした回答がある。幾ら歳を重ねようと、ファリスの寿命の遥か上の時間引き摺る宣言が出来る程の寿命を持とうとも、彼等と抗争してきた経験はファリスの方が何倍……いや、何百何千倍も上なのだから。
「リガルが無事なのは良い。彼一人だけでも助けることが出来るかもしれない」
寂しげに、ファリスは沈んだ笑顔を浮かべた。
「なれば」
「そう、救えるとしたらね、『彼だけ』なんだ」
「それの何が問題か、吾には分からぬのだがの?」
「簡単だよ。もう手遅れだ、皆もう救えない。怪しい気配が漂っていて、鐘も壊されている以上……もうこの村は全滅してる筈なんだよ。
……分かるよね、エーミャ。これが一番の答え。他の住民が全滅してるだろう状況なのに、どうしてリガルだけ無事なんだい?その原因を理解しなければ、足元を掬われるってことだよ」
鋭く周囲を観察しながら、ファリスは告げる。
そう、もう手遅れだ。それが分かっていたから、ファリスはフェロニアを置いてきた。どれだけ急いでも……既にもう間に合わないだろうと理解していたから。先代群青の勇者と共に、幾度と無く墓を立ててきたファリスには、そんなもの痛いくらい分かっている。
だからこそ、幼く純粋なネズミ勇者に故郷の滅亡を見せたくはない。見るとしてもとっくに滅び去り元凶すらも討ち滅ぼされた廃墟のみであるべきだ。
目の前で鐘を破壊され、終末論者に故郷を滅ばされたファリスは、そう信じていた。目の前で父が(人格的にはとっくに死んでいて乗っ取った化け物が同じ姿を取っているだけだとしても)死ぬ姿など見せて、この先の人生全てに影を落としたくなどなかった。
故にファリスは彼を見詰める。何故リガル少年は生きているのか。どうして終末論者に占拠され既に滅びていると言えるあの場で正気で過ごせているのか、ファリスには到底理解できなかったから。
だが……
「汝よ、時の砂は当に落ちきろうよ」
龍少女はそう呟く。
何時しか、彼等の周囲を何者かの気配が取り囲んでいた。
「そうだね、エーミャ。思考していたって、結論が出ると決まった訳じゃない。ならば!」
閃く雷轟。オーラの剣閃が周囲を貫く!
「ぐはぁぁぁっ!人殺しいぃぃいぃぃっ!」
断末魔の叫びと共に散りゆく終末論者達。彼等の残す言葉は、全てがファリスを責めるもの。対峙した彼等が……次の襲撃への対応を躊躇させるべく告げる罪悪感を呼び起こす為の呪い。
だが、そんなもの当に聞き飽きた。ファリス自身はそれをガン無視して、少年の元に歩みを進めた。
答えは出ない。勇者相手に救える可能性があるからと人質として使いたいのか、或いは裏切り者なのか、幾らでも可能性はあるし、ファリスが一人で幾ら考えても真実になど到達出来はしない。
だから、仕方ないなとオレンジの髪を揺らし、ファリスは罠と手遅れの知っている相手の死骸と、そしてリガルが待つ屍の溜まり場であり元フェロニアの故郷へと足を進めた。
「エーミャ、気になるなら来なくても」
「ふむ。汝よ、吾を何と心得る?吾は皇龍、真に心の内を晒すならば……斯様な断末魔が快き事は勿論有り得ぬが、汝の側を離れるような事は無きよ。案ずるな、吾は常に汝の横に居る」




