剣聖と焦り
「ニア、大丈夫かい?
……そうか」
少し大きめにそんな言葉をかけながら、オレンジの髪の青年は大きな何かを背負い道を行く。
大荷物の一番上からは、ネズミの耳のような膨らみのあるフードがちらちらと覗いていた。
周囲を吹く風に煽られてフードが取れないよう警戒して抑えながら、常にオーラを纏い早足で駆け抜けて、朝方にはファリスは小さな洞窟へと辿り着いた。
内部には何も居ないこと、その洞窟が何処かへ続くトンネルではなく行き止まりがあるだけなことを確認し、漸く青年は一息吐いた。
「……汝よ、疾風のごとき行軍、吾は構わぬが……」
そんな青年に声をかけてくるのは、服装含めて完成していた美とも言えるからこそ着替えること無く振り袖の服のままに着いてきた龍少女。
少し息を荒げたファリスとは異なり、その呼吸は欠片も乱れていない。
「エーミャはまだ歩ける?」
「汝との競走遊戯であれば、これより7昼夜程度なれば」
「それは私の方が持たないし、もそもそもそこまで時間は掛からないよ」
人の姿となっても、龍は龍。多少能力は落ちているのだろうがそれでもファリスにどうこうできる相手ではない。
それを突きつけられて苦笑しながら、ファリスは荷物を起きつつぽんぽんと叩いた。
「第一、ニアが持たないからね。冗談さ」
「汝は心配性よな」
と、龍少女はいつの間にか己の尾で拾っていたのだろう薪にふぅ、と熱い息を吹き掛けた。それだけで発火し、簡易の明かりが出来上がる。
「まあ、これから昼なんだからそこまで必要はないけれど」
「されど、人は火の民であろう?」
「確かに、料理なんかが軽く出来ると有り難い点はある。といっても……」
青年の瞳がそとを向く。
ファリスの眼には隠れ潜む者達の姿がしっかり見えた。
「彼等がどこまでゆっくりするのを許してくれるかだ。ニアを休ませてやりたいけれどもね」
広げた簡易テントのような布で視界を覆いつつ、ファリスは告げた。
「吾が居れば、心砕くことも無かろうよ」
そう相槌を打ってくれる出会って日が浅いが夫婦を名乗る龍に笑いかけて、ファリスは漸く本当に息を吐いた。
今までのは演技である。当然だが、勇者フェロニアは姉弟子であるネージュに任せて別行動を取っている。直接向かうのがファリス達であるならば、転移等を駆使してしまえば良いというのがネージュ達。
本物の勇者から目線を逸らさせるために、ファリスは不要な量の荷物にフードを被せて勇者に見立てつつ、ちょっぴり派手にオーラを纏いながら直行することを選んだのだ。
「されど、汝よ、かくも急くこともあるまい?」
少しでも休もうかと花の蜜を溶かした湯を口に運ぼうとしたファリスを上目に見上げながら、紅の少女は問い掛ける。
「多少なれど命を削る強行軍。急ぐ価値など無いとは、汝自身の言の葉であろうに」
その言葉に、周囲の聞き耳に引っ掛からないかとファリスは気配を探り……
「あああれ嘘だよエーミャ」
安全を確認してからあっけらかんと告げた。
「何と」
「確かに本当の事は混じってるよ。彼等は人質を取るからニアが来てくれないと意味がない。だから殺すはずなんてないんだけど……」
ファリスは己の手を強く握り込む。
「だから捕まえてあんまり食事を出さないとか、そんな程度で終わらせるような奴等じゃないよ、あの廃棄物は。
ニアの父親の肉体を中から食い破るように魔物の卵を体内に仕込むとかそれくらいの事は平気でする」
かつて助けてと言ってきた冒険者の相棒が目の前で触手を生やしながら死んでいった事を思い出しながら、ファリスは苦々しく告げた。
「だからね、無事だ何だは嘘。既に手遅れになってるはずだよ。間に合わない。
だから、こうしてニアと別行動なんだよ」
寂しげにファリスは笑う。
「あの子に辛いもの、見せたくないからね。ニアが来る前に決着を着けないと」




