外伝・猫魔導士は寝取られた鼠幼馴染の奪還とざまぁを誓う(Ⅰ)
「畜生……畜生!」
海辺の村。名前すら村民にとっては必要なくなった、小さな集落。四天王を自称する魔物に襲われるも、剣聖によって事態は終息し平穏を取り戻したはずのそこの郊外……魔物が近付けてしまうギリギリの距離で、一人の少年が杖を握りしめていた。
「ニアぁぁぁっ!」
頭頂の猫耳をきゅっと絞り、怨詛の声を絞り出す少年の名はリガル。勇者フェロニアの幼馴染であった。
群青の聖剣に選ばれた幼馴染ネズミが剣聖と共に村を出ていってから、はや一月以上。圧倒的な力の差を見せ付けられ、置いてけぼりにされた少年は村の見張りがのんびり屋なことを良いことに、連日鐘の力が届く限界点近くまで出てきていた。
目的は一つ。強くなる為。
自信はあった。村の中では、リガルは魔法の力において負けなしだと思っていた。父を救ってくれた剣聖の話に幼馴染は眼をキラキラさせて夢見ていたけれど、あくまでも剣士であるそいつに魔法を使う自分が負けるかと、直ぐに追い抜けるんだと信じていた。
だが、それは一挙に打ち砕かれ、フェロニアは居なくなった。
ずっと居ると信じていた。村に結婚相手なんて自分しか居ない。ちょっぴりからかうと嫌そうに尻尾を垂らしたりすることもあったけれどそれもポーズで、フェロニアは自分と必ず結婚するのだと確信すら覚えていたのに、だ。
自信も、幼馴染も、何もかも奪われた。あの脱け殻のようだった、武器すら盗んでも何も言わなかった生きゴミに。
それが許せなくて、怒りを抑えきれなくて。リガルはずっと外を目指す。
けれども、魔物相手に戦えば強くなれる訳ではない。実戦の中で目覚める何かは間違いなくあるのだろうが……
魔物を倒しても経験値なんてものは手に入らないし、それを貯めればそれだけでレベルが上がって超人になれるなんて旨い話はない。雑魚を狩り続けても強くなんてなれず、鍛練とセンス、努力と才能がものを言う。
そんな世界で、安全圏の端で、今日も猫少年は……自身の主観で、最愛の幼馴染を奪った理不尽に吼えていた。
何時もは、そのまますごすごと尻尾を垂らして家に帰るのだが……
「おや?」
今日は違った。
家路につこうとしたところにふわり、と空から掛けられるとても優しげな声。
足を止めて猫耳少年が振り返れば、ゆっくりと黒い翼を羽ばたかせる青年が空から降りてくる所であった。
穏和な表情とアルカイックスマイル。全然知らないが、何処と無く村にも飾られている天使の絵……『群青』の楽園とされる青年にも近い青と黒のゆったりとした服装。
どこか黒い司祭を思わせる彼は、降り立つとにこりとリガルへと笑みを浮かべて手を差し出した。
「珍しいね、君のような少年が外に居るなんて」
「……え、あ」
黒い翼……は別に良い。黒い翼の人類だって居るだろう。寧ろ鈴猫種の黒猫人であるリガルにとって、カラスのような彼は親近感すら覚える存在であった。
されど、こんな場所にのんびりとしているのがまともな人類かは怪しいところだ。
が、警戒するリガルに敵意の欠片も見せずに青年は降り立つ。
コツン、と硬い音がした。
「君は、この辺りの村の人かな?
私はエスカ。冒険者だよ」
と、青年は己の胸ポケットから一枚の冒険者証を取り出した。それは、少年にとって憧れのもの。それも……
「え、A!?」
あまりの驚愕に眼を見開き近寄るリガル。
所々燃えた証に刻まれていた記号はA。Aランク冒険者。かの先代勇者ディランのような、実力と人格共に規格外の文句無しの英雄にのみ与えられるものである。
あの剣聖も、勇者と共に行動していた時期はA。即ち……
「あのクソと、同格……っ!」
血と煤で汚れたカードを穴が空くほど見つめながら、耳を倒して少年は唸る。
「あのクソ?私は司教でね、君のその苦しみを……教えてくれないか?」
「は、はいっ!」
びくんと尻尾を立て、リガルは一も二も無く頷いた。
だって、相手はAランク冒険者なのだ。疑う方がどうかしている。全世界合わせても2桁居ない英雄なのだから。
そう、身分証である冒険者証を光らせられるのは当人。ならばAランクというだけで、無限に信頼できるに決まってるのだ。
もしかしたら、この人なら。希望に溢れるリガルは気が付かない。
そのカードが一部焦げている意味を。ランクの横にある小さな焦げ痕の存在を。
幼い猫少年は、本来の光りかたとは異なる妖しい光と差し出された希望に眼を眩まされて……見落とし続ける。
Aの横の焦げ痕にギリギリ見える小さな記号の切れ端。その意味は+……A+ランク。現存するとしたら、いまだ処分されていない先代勇者ディランのものただ一枚。
そう、彼……大司教エスカが、持っている筈の無い勇者の冒険者証である証。
目の前に優しく……寝てないが心境的には無理矢理寝取られた最愛の幼馴染を取り戻す為に手を貸してくれそうな英雄という名の超高級カツオブシを吊り下げられた猫の瞳は、その矛盾を映さなかった。
「話してくれるかな、リガル君?」
「はい、エスカさん!」




