雪色エルフとネズミ亜人
「ししょー、だいじょぶでしょうか……」
鐘に護られた聖地を出て二人、少女だけで荒野を進む。
エルフの聖地は霊神の地。けれども……当然ながら楽園の鐘に護られていない周囲までは人類の生存圏ではない。結果的に周囲は荒れ果て、聖地だけがぽつんと偉容を残す。
そんな聖地に背を向けて、尻尾を丸めたネズミ勇者は幼い顔立ちを不安に曇らせながらぽつりと横を歩く少女に告げた。
「ま、弟くんだし、ボクは全く心配してないよ」
あっけらかんと返すのは雪色エルフ。向かうのは、本来行くべき道とは真逆の……大陸中央方面。海辺の村である勇者の故郷とは関係のない方向へ、フェロニアとネージュは二人で向かっていた。
そう、二人。剣聖ファリスは同行していない。彼は紅の龍少女と共にフェロニアの故郷へと向かった。夜の闇に紛れ、馬鹿馬鹿しいかもしれない程の大荷物を背負って。
その大荷物の頂点には、即興で作ったネズ耳カチューシャが揺れる。
そう、勇者は何処だ作戦である。
そうして再び師と離れた勇者は、帰ってこないかもしれないと思っていた今日の朝までの不安をぶり返して震える。
今度の敵は、伝説の皇龍等ではない。人間だ。
それでも13歳の少女は縮こまり、横の雪色エルフの手を握る。
「ま、ボクも弟くんに言われた以上キミは絶対に護るから、心配しないで」
「は、はいです……」
こくこくと頷くネズミ勇者。頭の大きな耳が揺れる。
「それにしても、ししょーがあんなに怒るあの人達って、どんな人達なんでしょう?」
それから暫くして、ぽつりと疑問が漏れた。
「ん?弟くんから聞いてないの?」
「聞きましたけど、『ニアは知らなくて良いんだよ。あれは私の敵だ』って事が多くて……」
しょんぼりと耳を丸めるフェロニア。
「うん、弟くんらしいね」
「ニアだって、先代さんとししょーの故郷を滅ぼしたーとかは知っててゆるせないですけど、詳しくどんな人達なのか分からないと上手く怒れないです」
「オッケーオッケー。じゃ、創世の話からしよっか」
ニコニコ笑顔で告げるエルフに、スミンテウス種の少女は何度目か首を捻った。
「そーせいからですか?」
「うん。終末論と勇者……っていうか、その群青の聖剣の大元になってる群青の楽園」
その言葉に、少女はぴくりと耳を震わせる。
「あれ?マグメルさんじゃ無かったですか?」
「ま、多分だけど二人居るからね、群青の楽園って呼ばれる存在は。
一人はネズミちゃんの言うマグ・メル、初代勇者だね。そして……もう一人が、ティル・ナ・ノーグ」
「へー」
ちょっと興味薄くネズミ勇者は頷く。
実際、ちょっと知りたいとは思うものの、あまり深く知りたいほど、神話には思い入れがないのだ。
「で、そんな彼女等が封印したのが、『意義』を初めとした7体の終末の魔神。
弟くんから名前聞いてるかな?」
その言葉に少女はんーと、と頭を巡らせる。
が、
「分かんないです!」
「あはは、そっか。考えたら弟くんも良く知らなかったからあんまり教えられないね」
と、楽しそうなエルフにネズミ亜人は横の神の似姿たる存在を見上げた。
「エルフのネージュさんは、知ってるですか?」
「勿論。ボクは普通に本くらい読めるからね。5年程度あれば、文字くらい読めるようになるよ」
「ご、5年……」
ニアのじんせーの半分に近いです……と恐れ戦く勇者に向けて微笑みながら、外見同じくらいで年齢は10倍以上のエルフは続けた。
「じゃ、とりあえず名前は良いかな。リーダーが『意義』。後は……『救済』が有名かな」
「いぎ、さんときゅーさい?」
こてん、と首を傾げるネズミ勇者。
「ネージュさんネージュさん。きゅーさいなんてわるい人を示す言葉じゃないですよ?」
「うん。そうだよ。
でも、彼等はそういう存在だよ。神話にある、封印された終末の魔神。世界を終わらせることを良いこととする化け物達。だから、彼等は『意義』や『救済』って終末を正しいこととして喧伝するんだ」
「へ、へーです……」
その思想の訳わからなさにぶるっと体を震わせて勇者は呟いた。
「そして、弟くんが戦ってるのは……そんな世界を終わらせることが正しいって思想に共感して、こんな世界滅びてしまえって思ってる人達なんだよ。
そうじゃなきゃ、勇者なネズミちゃんを手に入れて、魔神を封印から解き放つなんて考えないって」




