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雪色エルフと昔の話

「そっちかぁ……」

 

 しみじみと呟く少女エルフ。それを見て、小さな勇者は小首をこてんと傾げた。

 

 「ししょーのそばに女の子がいたら変です?」

 

 ニアは居るですよ!とふんすと鼻息荒く、ネズミらしい禿げ尻尾をピン!と立てて弟子たる勇者はその小さな手を握った。

 

 「いや、私は確かにかなり昔は女っ気が無かったというか……」

 「うん、ぜんっぜんモテなかったよね、弟くん。不思議なくらいに」

 

 それに対して昔のファリスを知るものは二人してうんうんと頷いた。

 さも当然の事だよねとでも言わんばかりに。

 

 「……ほぅ」

 

 意外そうな声をあげるのは紅の龍少女。

 その瞳に不思議な光を湛え、興味が湧いたとばかりに取っていた距離を詰める。その動作は優雅かつ華麗であり、ゆったりとしたものではあったが……

 刹那の時の最中に、まるで時が飛んだかの如く。その優雅さとは裏腹の人智を越えた速度で少女は頷く二人の間に割って入っていた。

 

 「(なれ)よ。それは真なるか?」

 「まあ、あの頃はディランが居たからね。あっちの方がよっぽど女の子達にとって魅力的だったんだろう」

 

 何たって、群青の勇者で、人間なんて劣等種でもないからね、と少しだけ寂しげにファリスは微笑む。

 

 「ししょー……」 

 「まあ、仲良しだったのはボクも良く知ってるしねー」

 

 そんな呑気なエルフを、こいつら馬鹿かと言わんばかりの表情で男は眺めていた。

 

 「天然だったか」

 「天然です?」

 「いやな、当然の話になるんだが……」

 

 と、男ロウウェンは昼の太陽のようにニコニコ顔の剣の神姫と、少し黄昏た剣聖を呆れた目で見詰める。

 

 「何かあると当然のように出てきてボクのものだと主張の激しい異性のエルフなんてコブ付きが異性に意識されると思うのか」

 「ん?ボク気にしてないよ?」

 

 はぁ、と更なる溜め息。それを聞きながら、ぽんと剣聖は手を打ち合わせた。

 

 「言われてみれば、ネージュは何だかんだ私を定期的に見に来てくれたし、端から見れば付き合っていると勘違いされても可笑しくないのか」

 「そもそも付き合って無かったのか……」

 

 がくりと肩を落とす大男。

 

 「弟くんは弟くんだよ?弟弟子でボクが面倒見る相手だけど、別に恋人とかそういうんじゃないかなー」

 

 のんびりした様子で雪色エルフは呟いた。手を組んで伸びをして、完全にリラックスしたその様子からは全く敵意も何も感じない。

 付き合っている説が流されても完全に自然体。

 

 「だから、別にボク、勝手に弟くんと夫婦名乗る龍が出てきても怒ってないでしょ?

 付き合うとかそういう方向ならさ、普通にキレてると思うんだよねー」

 

 その長い耳を揺らして少女は同じく割とのんびりした様子の伝説である龍を眺める。

 距離こそ詰めたがそこで止まっている龍少女は、何を反応するでもなくほんの少し緩めた顔で話を聞いていた。

 

 「それにしても、結構騒がないね」

 「それは必然であろ?」

 「そうなんですか?」

 

 ネズミ勇者の問いに、紅の龍は高らかに無い胸を張った。

 

 「然りとも。かつての(なれ)が如何様な恋模様なれど、かくの如くはもはや還らぬ過ぎ去りし時。求むるは不可解な事よ」

 

 ちらりと龍の瞳が揺れる。その先の二つに分かれた舌が桜色の唇の間から一瞬見えた。

 

 「ああ、(われ)とてその最早還らぬ遺物の中に(なれ)の輝く愛の光あれば尊重もしようが……」

 

 くすりと微笑って、紅の皇龍は豪勢な袖に包まれた小さな掌をファリスへと差し出す。

 

 「言の葉を信ずれば、浮き名はその一切を持たず。遠慮など必要あるまい。

 故に、苦悩も要らぬ。かつては敬遠され浮き名のひとつも得られなかろうが、此度は吾が居ろう?」

 

 意訳すると……恋人が居るかと不安になったがそうではないらしい。なら夫婦名乗りに行っても良いだろう?という事であろう。

 言葉こそ無駄に難解だが、寂しがりの龍少女だと理解すれば言葉の意図に面倒さはない。

 

 「……そう、かもしれない。

 私自身、恋愛とかそういった方向は全くの部外者で素人だからどうこう言えるものでもないけれど……」

 

 と、ファリスは周囲を見回した。

 

 「一人じゃないだけで、上向く気持ちもあるよ」

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