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策略

「……剣聖と神姫」 

 「に、ニアも居るですよ?」

 

 真横の自分を男に無視され、ぷんすかと頬をチーズを頬張った時のように膨らませて少女が抗議する。

 

 「やはり、此処に勇者を」

 「ああ、此処ならばあの糞尿信者はニアに手出しは出来ないからね。

 ニアが自力で彼等に手出しされなくなるまで……は無理でも、少なくともそうそう襲撃されても困らないくらいになるまで、聖地に居させて貰おうかと」

 

 その言葉に、男はそれがな……と目線を下げた。

 

 「ん?別にボク達は気にしないよ?

 エルフは勇者を歓迎する。なんたって、霊神の選んだ者だからさ」

 「そうではない。そうではないのだ」

 

 男は勇者と呼ばれて尻尾を揺らす少女に近付き、膝を折る。

 

 「ロウウェン、どうしたんだ」

 「辺境の地に、彼等が集まっている」

 「それが?」

 「剣聖。幼い勇者を拾ったのは何処だ?」

 

 その問いに、ファリスは何でわざわざ聞くのかと思いつつ、軽く答えた。

 

 「この大陸の端、海辺の小さな……

 まさか」

 「そう。恐らくだが、終末論者(エスカトロジスト)達は……勇者の故郷を目指している」

 「あの糞尿論者(スカトロジスト)共が」

 

 奥歯を噛んで、ファリスは呟いた。

 

 ファリスだって分かっていた筈だった。彼等の悪辣さを。

 何故ならば……かつて先代勇者と共に世界を終わらせる魔神を復活させんとする彼等に幾度と無く手を焼いてきたのだから。だからこそ、勢力が戻っていると気付くや否や、やりたいことを探させるという弟子との約束も何もかも諦めて姉弟子も師も居る聖地へ向かう道を選んだ。

 

 だが……

 

 「そこまでやる()きゴミだと、私はとっくに分かってた筈だったんだけれどもね……」

 「え、え?」

 

 事態が飲み込めないのか、渦中のネズミ勇者は混乱した表情で師を見上げる。

 その尻尾は垂れ、良く分かってはいないものの、何か不穏なものを感じてか耳にも元気がない。

 

 「ししょー、ニアのおとーさん達に何かあるです?」

 「フェロニア。彼等は分かるね?」

 「えっと……お外に居る怖い人達の事ですか?

 ししょーが殺しちゃった、あの」

 

 びくりと震えながら、少女が問い掛ける。

 

 「そう。終末の魔神の封印を解き、蘇らせんとする黒翼の大司教を主としたこの世界の汚い部分。

 彼等が、ニアの故郷を狙ってる」

 「な、なんで!?」

 

 驚愕に目が見開かれた。

 

 「ど、どうして関係ないリガルくんやお父さんが狙われるんですか!?」

 

 その言葉に、ファリスは簡単には答えられなかった。

 けれど……

 

 「ニア。彼等が狙うのは勇者。

 正確には勇者の持つ群青の聖剣なんだけど、今はニア以外には扱えないからね。だから、ニアを狙ってる」

 「なら、ニアを狙ってくれば良いですよ?」

 「それはそうだよ。だから彼等は虎視眈々と君を狙ってた。

 でもね、聖地に居る限り上手く手出しが出来ない。なら、ニアがもしも彼等だった場合どうする?」

 

 剣聖の問いに、無垢で無邪気な少女は首をかしげた。

 

 「えっと、出てきて貰う必要があるですけど……

 楽しそうなお祭りとかやって、興味を引くですか?」

 「ははっ、それは良い。そういう平和的な事をやってくれたら、確かに気になるかもね」

 

 無邪気な答えに微笑みながら、ファリスは弟子の帽子を被った頭を撫でる。

 

 「でも、そんな平和な答えじゃないよ、アレは。

 目の前で人が殺されていったらニアはどう思う?」

 「助けなきゃダメです!」

 「そう、その通り。そうやって誘きだしたいんだろうけど……」

 

 と、ファリスは周囲を見回す。

 何事かと見に来た師匠、何時でも行けるよー?とのんびり構える姉弟子ネージュ、吾は無関係であろう?と大人しく銀爪を磨いている皇龍ヴリエーミア。

 あまりにも、聖地には戦力が多すぎる。

 

 「でも、聖地近くで勇者を引きずり出そうと殺戮しても、エルフに止められてしまう」

 「ニアも行きたいですけど、それが酷い人の思うつぼなら我慢です」

 

 きゅっと拳を握り、耳を立てるネズミ。

 それに頷いて、ファリスは更にでも、と続ける。

 

 「じゃあ襲われているのが……君の故郷だったら?」

 「い、行かなきゃです!」

 「それこそが、彼等の狙いだよ?

 故郷を、大事な家族を殺そうとして君を安全な場所に隠れていれなくする。そうして、出てきた君を……」

 

 ファリスはパチン、と両掌を打ち合わせた。

 

 「こうしてネズミ取りみたいに捕まえちゃうんだ」

 「う、うう……」

 

 途端に涙目になる13歳の勇者。

 まだ幼い彼女には、残酷な話。

 

 「これは罠だよ。君を誘い出して酷い事をするための罠。

 その為に、彼等は君のお父さん達を狙っている。助けに行きたいのは当然分かるけど、それこそ、酷い人達の願いを半分叶えてやることだよ、ニア」

 

 真剣な表情で、ファリスは弟子と目線を合わせる。

 

 「全ては君次第。私は君の師匠で、勇者を育てる為に居るんだ。

 ニア、君はそれでも……自分の手で大事な人達を助けに行きたい?それとも、此処で待ってる?」

 

 暫く迷って……ぽつりと、少女は疑問を口に出した。

 

 「昔のゆーしゃさまは?」

 「ディランなら行くよ。その為に強くなったって言ってね。

 まあそもそも、故郷はとっくに彼等のせいで滅びてたから、有り得ない仮定だけれどもね」

 「なら、ニアも行くです。大事な人達を守りたいですから」

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