新たなる星
「で、出来ましたよししょー!」
難しく額にシワを寄せていた少女の顔がぱあっと華やぐ。
ぶんぶんと手にした蒼剣……伝説にも残る群青の聖剣ティル・ナ・ノーグを棒きれのように振り回して、ネズミ勇者は近くに控える師に向けて喜びを表現した。その毛の無いネズミ系統の亜人特有の尻尾は犬かなにかのようにぶんぶんと剣とは別方向で振り回されている。
「ストップ。当てると危ないよニア」
「あ、ごめんなさいです!でもでも、出来ましたよししょー!
ニアにも聖剣使えました!」
そそくさと聖剣を背中の鞘ー腰だと背の低い少女では鞘が床を擦ってしまうーに聖剣を納めて、少女は跳び跳ねる。
聖剣の所有者である勇者の名を持ちながらも、あまりそれらしい事が出来ていなかったフェロニア。無力を感じていた少女は、勇者特有の事が出来た事実に全身で喜びを示す。
それをほっこりと眺めて、ファリスは……
「エーミャ」
と、龍少女を呼ぶ。
今度は、門はかつて襲来した伝説を阻むことはなかった。
「難儀、否や殊勝なものよな」
「んまぁ、じゃれに来た時に、やらかしてるからねー」
うんうんとファリスの横で雪色のエルフが頷いて、ほらと亀裂を指で指し示す。
其処に残るのは、深々とした爪痕。かつて降り立った紅龍ヴリエーミアが残した、大地を裂く銀爪の轍である。その先にある石の東屋はというと、壊れてるなら使わないだけだし良いかなーとばかりに、まっぷたつに割れたまま残されている。
「……治らぬのか?」
「え?直す必要ある?」
怪訝そうに聞く紅の少女に、不思議そうに銀のエルフは言い返して、微笑みながら数歩前へ。
「ま、立ち話も何だしねー。お茶とか出してくれるだろうし、まずは皆のところ行こっか」
そして、年格好は変わらないが10倍は生きている少女は、小さなネズミ勇者を手招きする。
「ネズミちゃんには、エルフチーズもあるよー。うん、10年前くらいに作ってあったと思う」
「それ腐ってないかい?」
「え?100年程度なら持つよ?」
「人間よりチーズの方が寿命が長いのか……」
ぽつりと呟きつつ、ファリスは弟子の肩を優しく軽く押した。
「さあ、行こ……」
その瞬間、剣聖の耳は大きな羽音を捉える。
「ネージュ、聞こえる?」
「あ、天蛇の羽音?どうしたの弟くん、知り合い?」
その言葉に、ファリスはうなずきを返して空を見上げた。
「天蛇というなら、きっと」
「へ、蛇さん!?」
びくりと肩が震えて、猫の他に蛇も苦手な少女勇者は師匠の背に隠れる。
「蛇さんにがてです……御免なさいですニアは隠れてます……」
「大丈夫だよ、ニア。今から来るのはAランク冒険者の一人だから、多分ね」
そんな弟子に、私もそう得意じゃないよと笑いかけながら剣聖は呟く。
「汝よ、エーランクとは何ぞ?吾と関係有や?」
とてとてとした足取りで寄ってくるのは『エー』ミャ。
「いや、冒険者の最上位。トップの地位の事。エーミャとは……
そうだね、頂点という意味でだけは似てるかな」
「然りな」
何処と無く上機嫌に紅の髪がふわりと温風に揺れる。50度近い体温に、感情の揺れによって当然のように吹く風。人の姿に押し込められていても、その存在は大きく……
その背の大きな緑翼を羽ばたかせて空より来るは長さにして50mはあろうという大蛇。その胴は太く、その頭には足を組んで一人の男性が座り込んで……
『グギュウ!?』
あ、逃げたな、とファリスは内心で思った。
流石は天蛇、聖地周囲に何人も潜む馬鹿どもには全く気にせずに降りてきたと思ったら……主を此方へ向けて振り落としたと思いきや全身全霊で逃亡を図る。
ぽーんと頭の上から飛んでくる知り合いを眺めながら、脱兎の如く聖地から逃げ出す強大な怪異を見て、ファリスは溜め息を吐いた。
「あれ?蛇さん来ないです?」
ひょいと顔を出す弟子の前で、足を組んだ座禅姿のまま、一人の男性が壊れたままの東屋に墜落した。
石の屋根が崩れ落ち……
「で、何が起きた」
黒髪に付着した石の破片を払いつつ、何事もなかったように男性が立ち上がる。
相変わらずの硬さだとファリスは苦笑して……
「ロウウェンさん。私の友人の関係だと思うよ」
と、声をかけたのだった。
「ろーうぇん、さん?」
「そう、彼はロウウェン。亀士王と呼ばれるAランク冒険者だよ」
あ、おっす?ニアはフェロニアです。
と、とりあえずししょーが無事で良かったです……
けど、
「そうか。私たちを安全圏に引きこもらせてはくれない、か」
新たな問題が、ニア達に襲いかかるです。
「ししょー、今度はニアも頑張ります!」
それは、ニアを狙うこわいこと
「どうして、リガルくん?なんでししょーを……」
次回、ニアのドキドキししょーと二人(願望)旅
『鼠を寝取られた猫魔導士、幼馴染勇者の奪還を誓う』
「……思い出の中で朽ち果てて欲しかったよ、大司教エスカ」




